南ロッド国の実情
「すごーい!まさにリゾートって感じ!」
「確かにそうだが、水着なんてないぞ」
ノーヒン市からブエド村を抜け、シンミ王国ではなく南ロッド国へと入った三人が見たのは、開けた海と漁港と、海岸だった。
「しかしさ、ここって国なんだよね」
「失礼な!」
「だって正直小規模でさ、あんまりこれだって建物ないし」
「それは………………認めるべきだろうがな」
ノーヒン市を見て来たからでもないが、やけに建物の背が低く視界も広い。
よく言えば素朴、悪く言えば田舎じみた町。
「しかしなぜまた南ロッド国へ?」
「正直さ、あのブエド村見ちゃうとね……」
日下月子は、また暗くなっていた。
ブエド村の住人は無気力を極め、神林の歌も木村の芸も気持ちを上がらせる事ができない。
その元凶が仮にも仲間であった存在かと思うと、暗澹たる気持ちになって来る。
「なんていうかさ、可哀想だよね三田川って」
「可哀想、か……」
「私の勘だけどさ、三田川の両親ってたぶんそんな厳しくないと思うよ。三田川が自分自身でああなるって決めちゃった感じで、それにみんな引きずられてるって感じでさ」
「勉強してたんだろうな、自発的に……」
「体にいいと言って青汁とか飲みすぎるようなお話だと思うけどね」
自発的行動。実にいい言葉だ。
だが毒親とかヘリコプターペアレントとか言うが、もし何かによって引きずられた結果だとしたら哀れであるがそれと引き離すことで解決はできるはずだ。
それが自発的となると、その行動を動かす事はかなり厳しくなる。
親も事実上支配下にあるのかもしれないが、だとしてもその結果がああでは誰も報われない。
「結局さ、ゼゼヒヒって奴じゃないの?」
「簡単に言うな。だがまあその通りだ。何が良くて何が悪いか、教えてくれる人間がいないとああなるって事だな」
「一流声優、一流歌手、一流ビジネスマン……それも誘惑だよね」
誘惑に負けるなとか簡単に言うが、世の中における「成功者」の地位もまた十分な誘惑である。
そしてその魅力に取り憑かれ、そのために前後を顧みなくなるのもまたある種の暴走である。
「こんなとこを歩いてたら、三田川ももう少し幸せになれたかもな……」
シギョナツやトードー国でもなかった、潮の香り。
それだけで鼻と口が幸せになり、胃が海産物を求める。
「まあ先立つ物ありきなんだけどね、こういうとこの人っていろいろ激しいって」
「おいやめろバカ」
「漁師ってのは死と隣り合わせだから、遊ぶ時は派手だって赤井君が言ってた」
「確かにそれはそうだが、この雰囲気は明らかに違うぞ」
ウミネコらしき鳥が鳴き、町人も穏やかに談笑している。
海岸を見ても、日焼けした人間はいてもさほど筋骨隆々とした人間はいない。
漁師とか言っても、目立つのは岩に座りじっと釣り竿を海に垂らしている存在ばかり。
漁師と言うより釣り人。
この国には、激しさも厳しさもない。
「って言うかさ、なんで南ロッド国なのかなー」
「そりゃ北ロッド国があるからじゃん」
「この北はシンミ王国でしょ」
ロッド国という国がどういう国か、三人ともこれまでの旅でそれなりにはわかっていた。
かつてシンミ王国・キミカ王国・マサヌマ王国と共に世界を治めていた国。
しかし敗戦により領土を大きく減らし、事実上南北に分割されている国。
一応ブエド村で繋がっているが、そのブエド村がほぼ廃村状態である上に村人たちにロッド国への忠誠心と言うか気力がなく、復興事業など起きようがない事も知っていた。
「ってかさ、一応ブエド村の領国なのに援助をうんたらかんたらって話聞かなかったよね」
「ちょっと!」
「それは向こうが断ってるんだよ」
「そんな簡単に……!」
それでも国情のかなりデリケートな部分をデリカシーもなく話す木村に日下が声を荒げると、いつのまにか四人目の少女が話に加わっていた。
「あなたは!」
「大丈夫大丈夫、噂を聞いてるから、冒険者のお姉ちゃんたち」
三人の女子高生をお姉ちゃん呼ばわりするには少し背の高い、貫頭衣のような素朴な服を着た少女。
右手に釣り竿、腰に魚籠と言ったいかにもな漁師の格好をしている彼女を、神林は好奇心旺盛な目で、木村は楽しそうな目で、日下は警戒心をむき出しにした目で眺めていた。
「見た所この国のお方のようですが」
「やだもう固いなあ、クサカツキコさん」
「何!」
「知ってるんだよ、冒険者だって。お父さんもさ」
「私の父は日下雄大、四十五歳、教師……」
「ギャグならよそでやってよ!」
その警戒心がそんな言葉を言わせたのかどうか、日下本人もわからない。
木村にツッコまれても顔はノーリアクションのまま、いざとなればいつでも抜くぞとばかりに右手の腰に手をやろうとしてしまう。
「ちょっと何やってるの!」
「いや、その、つい、これまで……!」
「もういい加減にしてよ!何べんその頭は熱くなってるの!」
「ええ、その……ですが、ですが……!」
二人から容赦なく責められても体の震えが止まらない。
「ミタガワエリカが頭の中に住み着いてるの!」
そう木村から言われて肩の力を失い、安堵したように木村に横抱きにされた日下は顔中から汗を流していた。
「ご、ごめんなさい……」
「いいのいいの、日下って思い詰めるのが趣味になってるから」
「だが、それこそ人を見たら泥棒と思えと思わねば、冒険など……何せ険を冒すのだぞ、危険の険だぞ……」
これは日下がずっと前から言って来た事だ。異世界にやって来た旅だ冒険だとのほほんと口にして来た二人を見るたびにどうしてそんな認識でいられるのか不可解でしかなく、その危うさがどうしても日下は許せなかった。
「海の水を見て水死体を連想しちゃう想像力は私にはないよ」
少女の言葉に日下はとどめを刺されたように力を失い、スライムが流れ落ちるように木村からはがれ落ちた。
「あの、本当に、申し訳ございません、ですから……」
「ちょっと、そういう所がいけないって言ってるのに!命令よ、背筋を伸ばして直立して!」
目を覚ました日下が玉座の前で土下座するのに辟易した少女は、少女らしく命令を下した。
「しかしさ、お姫様がどうしてあんなとこを」
「今はお兄様もシンミ王国行っててね、私はもうちょいでシンミ王国の執政官様の所にお嫁に行くからさ」
南ロッド国王・リョウタの妹、ミユの家に連れ込まれた日下たちは兄不不在をいい事に玉座に座る少女の前でじっと自分たちなりの礼を取っていた。
「姫様はいつもああやってるんですか?」
「ええ、この南ロッド国は平和ですから」
「しかし戦争で」
「戦争の最中も国王様は食糧を供給し続けていただけです。そんな国王様を先王や北ロッド国王はよく思っておらず、食糧供給ぐらいならできると軽く見られていたのです」
「思い詰めるのが趣味だって本当なんじゃないの?」
神林と木村が悪い事をしている子どもをあやすように日下の頭を撫で、その度に日下はため息を吐く。
「ですが、その、私の仲間が」
「私にすり寄って来ないで」
「そんな!」
「この国はほどなくなくなると思うよ」
それでも自分の必死な気持ちを表明しようと躍起になる日下に対し、目の前の国家の中枢たる存在はあまりにもあっけらかんととんでもないことを言い放つ。
日下はその発言に驚き、そしてさしてリアクションを取らない兵士や大臣たちにさらに打ちのめされ、また体勢を崩しそうになった。
「しゃんとして!」
「え、でも、いやそれはなんとなくわかってるんですが……!」
「どういう風に!説明して!」
「ええと、その、兄上様が、わざわざシンミ王国へと赴くと言う事は少なくとも大変友好的関係であり、それであるいは、でもそこまでとは……」
「シンミ王国に吸収されたがってると思うけどな、今の王様って」
味方かもしれないと思っていた
「そういう事。正直さ、北ロッド国のやり方ってもううんざりなんだよね」
「うんざりって」
「かつての戦争によりこの国は事実上真っ二つになったの。
って言うかそれってシンミ王国に領土の大半を渡して生き延びたんだけど、その時北ロッド国の王様がシンミ王国になんか従わないって立てこもっちゃったんだよね。困ったおじさんだよ、そのせいでシンミ王国とひとつになれないってみんなぶつくさ言ってるのに」
北ロッド国のギウソア王——この姫の父の弟——は旧ロッド国王都ミワキ市を失った後も逗留していた北方の山地に立てこもり、シンミ王国との徹底抗戦を表明。
王城を二年占拠されるという状況から一気に巻き返したシンミ王国に余力はなく、また魔王軍との戦いもあったためにシンミ王国は和睦をするしかなかったと言うのだ。
「その際のあの王様の支配下にあった土地だけをロッド国として認めるってなったんだけど、したらブエド村も支配下にないし、さらにこの辺りも兵を進めてないから無効だとかってごねてさ、面倒くさくなったんでこんな形になっちゃってさ」
中央をえぐり取られた馬蹄型の国を、はたして一つの国と呼んでいいのか。
「でも南ロッド国って」
「私たちが自称してるだけ、でもシンミ王国はそれを認めてる。でも北ロッド国は自分たちが正統だって信じて疑わなくて、ああちょっと見て」
ミユがふてくされた表情で三人に見せたひらがなとカタカナばかりの書状を、「北ロッド国王ギウソア」の口に直して言えば以下のようになる。
「仮にも先王の王子として国家を思う心あるのであれば、南ロッド国とか言うふざけた名称を騙る事すぐさまやめ、正統なるロッド国復興のために軍備を整えるべし。我々こそが魔王軍を真に屠れる存在であることを世界に示し、我々の手でシンミ王国のみならずトードー国、キミカ王国をも服従させ、ミワキ市を再び世界一の都に戻すべく戦え。これ以上の逡巡は忍従ではなく卑屈であり、先王のみならず歴代の王を汚す行いである」
呆れるほど上から目線の書状に、三人とも目を白黒させた。
「これが自分の国だって思いたくないよ。だからこそお兄様も、今は積極的にシンミ王国の一部になろうとしてる。私もほどなくシンミ王国の国王の次男で今はミワキ市の執政官をやってる人に嫁ぐことになってるから」
「私もそれぐらい気軽に捨てられたら楽なんですけどね」
「あの彼女の味方だと思えるだなんて度胸、私にはないけど」
度胸。
確かにその通りだ。
「悪いけど同感だよ日下、ブエド村で聞いたでしょ三田川がやった事」
「私はあんな人を仲間だと思いたくない……」
神林と木村が同じように「ミタガワエリカ」に見切りをつける中、それでもなお日下は「三田川恵梨香」を諦めきれなかった。
「性格だとわかっていてもつらいんだ……」
教師の両親を持つ一人娘だからとか言う気もないが、救えるものならば目の前の存在全てを救ってやりたかった。
それが贅沢なのはわかっていた。
それでも目の前の二人だけでも救いたかった。
(彼女は全てを救おうとしたのかもしれない、できっこないのに……)
三田川恵梨香が、村人自らに復興の喜びを味合わせようとしたのかもしれない。
自分を含め誰にも厳しかった彼女の、理想を叶えるとはどういうことか。
それができてしまう可能性があると言う、三田川恵梨香の不幸。
「二、三日ほど客人として滞在していてもいいよ」
「そんな!」
「お姫様らしいことをさせてほしいんだよ、ねえいいでしょ」
「悪くはありませんが、それでも兄上様が」
「兄上様は今、ウエダユーイチさんって冒険者たちと一緒にミワキ市にいるんでしょ?だったら大丈夫だよ。三人はウエダユーイチさんのお友達なんでしょ?」
「そうですね、ありがたく頂戴いたします」
そこに向かわないためにどうするか。
それはあまりにも唐突な好意を、受け入れる事。
弱みを見る事を許されるようになる世界へと、帰るために。
日下月子は、王宮の客人として過ごす事を誰よりも先に決めた。
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