ノーヒン市の少女たち
「まったく、本当においしい物ばっかり食べたよね」
「おいしいご飯は人を笑顔にする。それどこでも変わんないよね」
日下の顔からもこわばりがなくなっている。
あの後数日かけて食べ歩きをした三人は、異世界だというのに懐かしさに包まれていた。
古き良き和風の料理。肉・野菜・魚、そして甘味。
「そのために使うことができるのも余裕があるからだよね」
「良い方向ではないかもしれんがな、下を見ると安心できるのだ」
「月子は悩むのが趣味だって前田が言ってたけどさ、実際そうだったんじゃないの」
「否定できんな」
自分が頑張らなければならないと思いこむ事により、成長できそうな気がする。
神林と木村という手間のかかるお荷物を抱えてなおこの場を乗り切れている自分に、陶酔していなかったか。
実際には神林と木村は金策と言う大事な分野において相当に重要な役目を担っているし、住民からの人気は明らかに二人の方が高かった。
「でもさ、私たちも日下には感謝してるんだよ。私たちがこの場でパーッと使えるのは全部日下が節約してくれたからだしさ」
「…………」
「思い悩んでくれている存在がいるからこそはしゃげるんだよね、私はアホだからその日その時が楽しきゃいいって考えちゃうけどさ、まあ私は元の世界に戻って女子高生出たらお笑い芸人事務所に行くけどさ、そこからはもう文字通り体を張った身一つで生きる世界だよ。神林だってそれは同じだし、そん時になって絶対一度は思うよ、日下みたいな存在はありがたいって」
神林も大きく首を縦に振っている。
そうなのだ。
神林も木村も、決して日下の事を嫌っていたわけではない。
ただあまりにも肩肘を張って堅苦しくなっていた日下を案じていただけだ。
「それで三田川の話を聞いたか?」
「うんうん、本当、こんな世界に来てまで倫子をいじめてさ、って言うかお殿様って三田川のオキニだったじゃん」
「それだけでも三田川ってアホだって言えるよね。悪いけど」
「平林はきちんと夢を持っていた。だからこそああしてその夢に向かって進んでいたはずだ」
「相談、いや愚痴でも言えば聞いてあげたのにね」
三田川恵梨香が他者に対等な口を利く事はない。
オキニであった細川でさえも認めてやっているという上から目線なのがバレバレであり、市村や遠藤だって内心軽く見ていたかもしれない。
「私がああならなかったのはひとえにお前たちのおかげだ。正直学内では親しくなかったのにな」
「一蓮托生でしょ」
「とにかくだ、次へと進もう。もう腹ごしらえもしたしな」
日下月子もまた、確かに強くなっていた。
月子自身、小中学校時代から友人は多くなかった。
そんなに厳しい親でもなかったつもりだが、それでも教師を両親に持つ身として両親に恥をかかせまいとしてきたつもりだった。
その結果そのつもりでもないのにいつの間にか友人を選ぶようになり、言葉少なになっていた。
「しかしノーヒン市ってどんな場所なの」
「私たちならばすごくよくわかるだろうって言われてたけど」
「前田も言っていたな、かなり覚悟が必要な場所だと」
「そういうとここそ日下にお願いだよね。万一の時にはその炎の剣でビシッと頼むよー」
「サポートを頼む」
戦闘でさえもこうして柔らかくなってしまったのに内心複雑な思いになりながらも、日下たちはトードー国を出た。
「私たち、元の世界に帰ったの?」
その南の国へと入った木村のマヌケなはずの物言いに、神林も日下もツッコまなかった。
アスファルトの道路に、街路樹。ガラス窓にコンクリート製の高層ビル。
懐かしさを覚えるような大都会ぶり。
「だが、相当に荒れている」
「って言うか静かすぎない?」
なのはいいが、どうにも静かすぎる。
都市部相応の喧騒はまるでなく、正直ゴーストタウンという文字が似合ってしまいそうだった。
「でもさ、ここたぶん上田君たちが大立ち回りを繰り広げた場所だよね」
「って事は死体とか」
「ああ、だろうな……」
「じゃその時は私頑張ってレクイエム歌うからさ、火葬をお願いできる?」
恐れ知らずなのではなく、修羅場に慣れて来ている。
以前は暖房器具扱いしていた武器にある種の使い道を求める。
その事に対する安堵と嘆きが、日下の頭を縦に降らせた。
「でさ、これ買う?」
「自販機がなついと思っちゃうってさ、えっと銅貨十三枚って」
「いや、やめておこう。この世界に冷蔵庫などないぞ」
自販機に少しだけ驚きながら冷静を決め込んだ日下は、においのしない大都会を歩く。
横断歩道も信号もあるが、車はない。まるで都市を模して作った模型のような街。しかも戦いがあったと言ってもそれはおそらく剣と魔法の世界のルールでの戦い。
「何か大きな町だけどさ、正直なんて言うか、あんまり面白みがないよね」
「面白みがないって言えるのも私たちの特権よ、トードー国の人たちから見ればこんなに面白い町はないわよ」
「無駄遣いするなよ」
「わかってるって、でもさ、ここには寄っておきたいんだよね」
木村が指を差したのは、アパレルショップ。
およそ冒険者らしからぬ存在に少し眉をひそめそうになった日下だったが、それでも付いていくことにした。
————そして、また裏切られた。
「本当さ、丈夫でいいよね。たくさん入りそうだし」
「本当今までありがとうね、これが銀貨四枚だって言うから安いよね、二個買っちゃっていいよね」
丈夫そうなリュックサック。今の今まで風呂敷同然の布や粗末な布かばんで物を運んでいた三人からしてみれば金銀財宝に等しいお宝だった。
やけに服の量が少ない店の中で、日下はまた肩を落とした。
なぜまだ信じる事ができないのか。
「大丈夫だよ、今回目的を言わなかった私らが悪いんだし」
「いやいいんだ、気にするな……」
「でもさ、仮にもアパレルショップなのに服ぜんぜんないんだよねー、私らぐらい向けの」
「ああ申し訳ございません、実はかなりの量がこの前売れてしまいまして」
「誰が買った……のですか」
「北から来た冒険者さんたちです。西の方に捕まっていた子たちのためにとかって私財を叩いて……」
上田裕一たちが、この町で、何をして来たか。
三人はようやく知る事となった。
平林倫子を救うために、町のボス気取りであったゴッシとその部下のナクヨを討ち取り、さらに西からやって来た魔物の幹部であるノイリームとやらも河野速美なる存在と共に打ち破ったと言う事を——————。
「うわー、改めてすごいね赤井君たちって」
「赤井君って」
「間違ってはいないからな、それで連れ去られていた獣娘たちのために」
「まあお金をくれるのならばいいんですけどね」
ドライなのかウェットなのかよくわからない話ではあるが、いずれにせよ自分の仲間がこの地に大きな足跡を残していただけで神林は満足だった。
「しかし久しぶりに背負うとやっぱり重いね」
「二つ買ったのに一つに詰め込むからだ」
「だって日下に持たせると万一の時さ、私なら歌うたうだけだから」
「だから私も持つって言ってるのに、本当神林ってそういうとこあるよね」
「って言うかあれは」
これまでの荷物を全部神林のリュックサックに詰めた一行は町を巡るべく南へと進み、すぐさまアパレルショップ以上に見慣れた店舗を発見した。
「いらっしゃいませー……」
すぐさま立ち入った結果、まったく愛嬌のない店員が猫耳を垂らしながら三人を出迎えた。
頭に生えている猫耳も立ち上がることなく垂れており、見るからに歓迎していない事が丸わかりである。
「……えっと……」
「とりあえず食料を買っておかないとな……」
「窃盗禁止ー」
ごく当たり前の事を平板に言う店員に一瞥をくれた三人は、数か月ぶりに入ったコンビニエンスストアで商品を漁っていた。
日持ちのするスナック菓子に菓子パン、汎用性の高そうなペットボトルに、さらにペンとメモ帳。
「しかし品揃えって変わらないもんだね」
「本当だな」
「これももしかして上田君たちのおかげかな」
「……ウエダ?」
こんな所でコンビニが利用できるなんてと浮かれていた三人に対し、猫耳の店員はますます不機嫌さを増した。
「私はね、ウエダが今でも嫌い」
「そんな、さっきあなたみたいな子は」
「私はトードー国でもひとりぼっちだった。だから大事にしてくれたゴッシ様が好きだった。でもあいつらはゴッシ様を殺した」
「でも平林はさー」
「ヒラバヤシは優しかった。でもそれが気に入らなかった。せっかく仲間になるはずだったナカシンを必死に手なずけ、サテンって子も持って行ったから」
そのクタハと言う少女が語った「ゴッシの温情」は正直テンションを落とすそれであり、日下は体から力が抜けそうになった。
「ナカシンって子は」
「幸いここにいる。今ではホテルで掃除係やってる、って言うかやらされてる。まったくトードー国のお殿様ってずるいよね、ここで生きるんならばここのやり方に従えって」
冷たい顔をしてお客様をにらむクタハだが、神林と木村の顔は変わらない。
そしてその顔のまま神林は歌い、木村は神林を能力で持ち上げた。
「……あなたたち、どうして」
「なんか本当疲れた顔してたからさ、私らが何とかしてやんなきゃって思ってさ」
「私はね、この町がどうなろうがどうでもいいの。ただ愛してくれる人がいれば」
「一刻も早く見つけろ。さもないと私のようになるぞ…………」
それでも反応の薄かったクタハだったが、日下の言葉の細かった目が大きく見開かれ「ひっ」と言う声が口から飛び出した。
「いや、私ならまだいい。ミタガワエリカのように」
「で、でも!」
「誰でも心の中ではミタガワエリカが住んでいる。それを忘れるな……」
その日下の口から出たミタガワエリカという単語はもはやノーヒン市でも、自分の正義に酔った恐ろしい殺戮者として広まっていた。
無表情だったクタハが震え出し、足元がおぼつかなくなった。
「私は、私は……」
「だったら決して後ろを向くな、自分の正しさに酔うな」
「は、はい…………あのお会、計は……」
「頼む」
すべて言い切ったとばかりに買い物かごを差し出す日下に対するクタハの目からは、もう不機嫌さも冷淡さも消し飛んでいた。
「ぶっちゃけクレーマーに類すると思うけど」
「わかっている……!」
「でもさ、赤井君と一緒とは思われたいけど三田川と一緒には思われたくないよね
ー」
「印象とはかくもいい加減なものだ……」
教室内ではほぼ真反対だった二人の逆転に、日下は妙に感心していた。
「しかしトードー国に未練もなさそうなのに、悪行が広まってるなんてね……」
「とりあえず悪いことはしないようにせねばな」
「で、どうする?ホテルとか行く?」
「やめておこう。正直シンミ王国に行きたい」
「賛成。まだ日も高いしね」
コンビニで買った荷物を背負いながら、三人はノーヒン市をすぐさま後にした。
そして、この選択を三人は後悔する羽目になってしまった。
その先に会ったブエド村の住民たちは、ひどく無気力だった。
聞けば、あのミタガワエリカによって強引に労働させられ、反逆した老人が殺された。
さらにミタガワエリカがこの前やって来て、自分たちをさんざん非難して去っていったと言う。
神林の
日下は数か月ぶりに投げつけられた銅貨や銀貨を拾いながら、改めてため息を吐いた。
(私自身、こうなっていない保証はどこにもなかった……)
あのクタハなる少女にぶちまけた尊大な言葉に負けることなく生きねばならないという思いが、日下月子という名の少女の笑顔までも奪っていた事に、
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