お侍の国、トードー国でも私たちはマイペース

 荒れ野から少しだけ草を刈ったような道を、三人は歩いていた。




「二人がもう少し気合いを入れてくれればな」

「わかったよー」


 馬の耳に念仏、兎に祭文。

 ついでに耳に胼胝だとわかっていてもその言葉がやまない。

「聞いてるのか!」

「ああ聞いてる聞いてる」

「って言うか日下もさ、毎晩毎晩シンタローを振り回しすぎだよー」

「シンタロー言ってたよ、ここ数日ようやく肩の荷が下りたってのにまた乗せられたってさー」

 ほんの少しハイコボルド狩りに振り回しただけでテンションがガタ落ちした二人への愚痴をこぼす日下だが、その二人の返答に気が入っていないのは誰の目からも明らかだった。

 何べん気合を入れようとしても空振りする。そのたびに不安が増す。

 さらにミタガワの影が肥大化し、強く出る事も出来ない。


(私はただ、どうしても、どうしても……)


 普段からほんの少しだけでも気合を入れてもらえばいいのにという叶わぬ夢と胃痛を抱えながら歩く日下であったが、そんな悲壮ぶった顔をしたリーダーを二人のメンバーは白い眼をしていた。

(「リョータイが、リョータイがって……ああもう三田川恵梨香、いやあのミタガワ!」)

 ペルエ市と並んで大都市であったはずのリョータイ市にてギルドに入ってランクアップの申請を行い日下はWランクからVランク、神林と木村はともにZランクからXランクに上がり、そのまま何もせずにまっすぐ通り抜けたのは二人なりの日下への復讐だった。


「足音が大きいよ」

「すまない。ミタガワの事を思うと恥ずかしくて仕方がなくてな。できれば一発ぶん殴ってやりたいぐらいだ」

「って言うか米野崎がここにいるのにさー、無駄遣い厳禁だからねー。それもこれも辺士名のバカのせいだよねー」


 上田の功績もありその気になれば会いに行けただろう存在に会おうともしない。確かに辺士名義雄が謀反人として入牢しているという恥ずかしい情報もあったが、だとしてもこれまでのように当地を楽しむこともなくほぼ無言で去る二人は正直異常だった。強いて言えば一晩泊まった宿で歌を芸を披露していたが、二人にとってそれは仕事であって遊興ではない。


「あ、ああ……」


 それ以上何も言えないまま、日下は李徴のように眼光をいたずらに炯々とし、敵の出現を待つようになっていた。

 ギルドに行った際に出会ったゴロックという中年冒険者に陰気くさくて辛気くさいと言われた際にも、内心ずいぶんと能天気だなとか言う上から目線そのものの言いぐさをぶちまけていた少女は、この上なく孤立していた。


「そなたらは冒険者か?」

「はい」


 そんな少女に向かってそれなりに丁重に声をかけたつもりだった一人の兵士が、少女に向かって槍を突き付けそうになったのは運以外何も悪くない。


 戦いを恐れているというより求めているようにも見えた少女は自分なりに目いっぱい平静を装ったつもりだったが、顔も声色もまったく追い付いていなかった。


「ちょっと月子!そんな顔しちゃダメ!」

「そうだよ、もっとただの冒険者だって事を見せなきゃ!ほらライセンス!」

「ああ、いや、はい……」


 眼光を隠すようにうつむきながら冒険者ランクを示したカードを差し出す日下の手は震え、今にも倒れそうなほどになっていた。







「まったく、何があったか知らないけれど、どうしてそんなに暗い顔ができるの?」

「前田か……」


 そんな死にかけの客を放置するほど、トードー国は薄情な国家ではなかった。

 髪色と名前からウエダユーイチやヒラバヤシリンコの仲間であることに気づいた兵士たちにより、一人の少女が召喚されていた。


「本当にさ、まるで誰かとんでもない人をなくしちゃったような顔をしてさ、まさか本当に誰か」

「死んでなどいない。だがどうしても不安が抜けなくてな……」

「不安って何」


 畳敷きの床の上に敷かれた布団に寝そべり、体を起こした日下の背中を、前田松枝は優しくなでていた。その「病人」に、早熟茶が運ばれて来た。


「ああ、前田、いや、前田殿……」

「ちょっと細川、いつから二人はそんな関係に」

「今はいいから、ほら飲んで……」


 まるで従者のように茶を運んできた細川忠利の存在に日下が目を白黒させようとすると再び背中を叩かれ、再び寝かされる。そして湯気が立っていた早熟茶に軽く風が当たり、日下の頭が少しだけ軽くなる。

 

「はあ……」


 これまでになく、甘露な一杯。まるで学校終わり家に帰って宿題を片して何の憂いもなく眠りに付けそうなほどの味。

「ちょっと、あの二人は」

「ああもう、どうしてそうなるかなあ!」

 だが今の自分はどうしても戦闘能力の乏しいお気楽な二人を守らねばならない。そんな事ばかりが頭の中を駆け巡り、心を休めきる事ができない。


「あの二人なら元気よ!すっかりしょぼくれちゃってまともに眠れもしないで目の下に隈作りそうになってるとかって言ってるしさ」

「私はただ単に、もう少し危機感を持ってもらいたいだけだ」

「細川が失敗したのってそういう所だよ。これからこの国がどうなるのか、正直分からないんだから。細川のせいでさ」

「何やったのよ!」


 他人を責められる機会になると声を張り上げられる自分に再び嫌悪感を抱き、頭を抱えたくなる。 

「私って駄目だな」

「どうして」

「もうずっとお金はどうしよう、下手すれば即死、二人はまるで分ってなくって悠長って、それで下手に物を言えばミタガワみたいになるって……」

「細川と同じだね」

「細川……」


 再び日下を横にしたそのクラスメイトの顔は、正直日下そっくりだった。


「俺はさ、自分こそがこの国を救えると思っていた。何とかして、若殿様というか王子様を救わなきゃいけないと思っていた。だからこそ強者を集めて、王子様を操っていた魔物を討たなきゃいけねえと思っていた。そして自分の手、自分の力ですべてを救わなきゃいけねえと、もちろん日下も含めて」

「ちなみに細川って何ができる」

「分身魔法ね。ちなみに私は風魔法よ」


 多数の「細川忠利」が現れ、六畳一間の部屋を狭くする。

 細川の力に感心するとともに、自分の力の矮小さが知れてくる。


「細川もこの国に来てずっと自分でなんとかしなきゃなんとかしなきゃって懸命になって、それで何もかも背負い込んで……」

「…………」

「でもそれってさ、結局他人が信用できないって事じゃない?そんなのはええかっこしいであって正直恥ずかしいとさえ私は思ってる」

「恥ずかしい!?」

「あの二人、ここに運んでくるまで言ってたよ。カイコズで慎太郎君にずーっと愚痴ってったって」


 そんな簡単に恥部をぶちまけるだなんてとか言う気力も意味も、今の日下にはなかった。


 実際、八村慎太郎に向けて二人や遠藤、三田川らへの愚痴をぶちまけていると胸が軽くなって行ったのだ。

 自分の悩みをどちらとも共有できず、そして悩めば悩むだけその悩みに反する事態が発生し、さらにその先にあるのが三田川恵梨香という名の重大犯罪者である事を知り、ますます追い詰められて行った。


「私は、正直大した展望もいなかった。なんとなくこの世界をめぐり、それで何かいい事あればなぐらいにしか思っていなかった」

「上田君たちと合流したいの?」

「正直、な。だが神林に赤井の事を聞いても赤井君だから大丈夫でしょの一点張りでな。その大丈夫の根拠がわからんのだよ」

「私が見た赤井君はずいぶんとしっかりしてたよ。元々そんなに弱虫でもなかったし、なんか自信がついて大きくなった感じがしてさ。あれなら大丈夫だなって思ったよ、上田君もいるし」



 目の前にいない存在に対しての、信用、信頼。



 自分には持てなかった感情。



「私は、初めてこの手で敵を斬ってから迷って来た。その時自分の手で死体にした、というか消し炭にした存在の事を思い、ここがとても過酷で危険な地だと言う事を認識した。その上でなおも陽気にはしゃぐ二人の危機感のなさにいらだち、そして二人の能力を思えば戦いに駆り出す方がバカだと言う事に気づき、自分が守ってやらなければならないと思うようになり…………」

「俺と同じだ」

「細川……」

「今俺の作った分身がお客様への歓待役を呼んでいる。この国では平林と上田は英雄だ、その英雄の仲間と言う存在であるお前たちは立派な存在だ。もちろん三田川や遠藤のように歓迎されないやつもいるが、三人は問題ない」

「分身魔法……」

「まだ前田と一緒ならばなんとかなったかもしれないのに、俺は拙速に満ちた行いで若殿様の運命をぶち壊した。わがままをわがままで矯正できるわけないのにな」

 魔物に操られていた若殿様の頸木を断ち切るために、三田川恵梨香の暴虐を阻むために。自分が総大将となって全ての仲間たちをかき集めようとしていた。決して自分の力におごる事なく修行を重ね、いっぱしの冒険者として名を上げたつもりだったのに、あまりにも大きな、取り返しのつかない失敗をした。

「あの二人は今頃若殿様と一緒にこっちに向かっている。二人の特殊能力は本当に役に立つよな、と今の俺なら言える」

「そう、今の細川ならね」

「………………」


 あまりにも大きな失敗談。

 ひとりのあやまちで王子様を異形の存在にしてしまうと言う、国一つ壊すほどの打撃を与えてようやく反省したとなっても今更どうしろと言うんだとしか言いようのない結末。


 その時の細川ならあの二人がどんなに良い歌を歌っても良い芸を見せても「で、それは魔物を倒すのに役に立つの?」でしかなかっただろうことを細川自身がいちばんよくわかっていた。


「……って言うかさ、王子様を分身に呼び付けさせていい訳?」

「今はもう王子様でも何でもない。ただの見世物小屋のメンバーだ」

「この国では犬や猫の耳をした女性たちが多くいてね、それが南のノーヒン市に連れ去られていたんだけど最近帰って来たのよ。これも上田君たちのおかげね」

「俺が取り戻そうとした平林も無事らしい。まったく、上田たちは本当にすごい、ひとりぼっちだったはずの上田なのに……」

「見世物小屋の一員って」

「ああ、ずいぶんと早いな」


 見世物小屋って何よとツッコミを入れようとしたその直後に、重たい足音が鳴り響く。


 体を起こした日下の目に、ゴリラのような体躯をした生き物の姿が入った。

 

「ああ呼びつけてしまい申し訳ございません」

「いいんだ、もうオレはただのテイキチだ。そんな言葉使いをされる身分じゃない」



 その生き物はテイキチと名乗っている。




 あれが王子様だと言うのか。




「どんな格好でも王子様は王子様だと思うけどなー」

「俺は大きな過ちを犯した。今はこうして国民に尽くすことが精一杯の恩返しだ」

「これからさ、私と木村とテイキチたちでちょっとみんな楽しませてくるから、三人もエールちょうだいよー」




 ようやく体を起こした日下は、前田と細川に抱えられながら、三人たちの舞台を見た。




「すごくみんな楽しそうだね……」




 声援を送り、素直に活躍を認めること。それがたったひとつ自分ができる善行かと思うと寂しくもあったが、同時に楽しくもあった。

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