カイコズとハチムラ商会
「ずいぶんと日下も素直だったよね」
「金策だ」
それから延々半月近く、三人はサンタンセンに滞在した。
宿に泊まっては朝から晩まで働き続け、金を稼いでは財布を膨らませた。
「しかし結局はそれか」
「日下も買えばよかったのに」
「本当これきれいだよねー、あースマホで残しておきたいなー」
もっともその金の半分近くが神林と木村の衣装代に消えたのもまた事実であり、食費や宿代のためには働けなくともそういう物のためには動ける二人が日下は改めてうらやましくなった。
「三田川はな、お前たちを腑抜けていると思っている。そういう存在を徹底的にしつける事が自分の正義だと思い、向かってくる可能性がある」
「聞き流しとけばいいんじゃないの」
「それができないから問題なのだ。この半月で私たちは何匹の獣を殺した?」
「くどいよ日下」
「この世界の事を言ってるんじゃない、三田川と言う存在の危険さを言っているだけだ。下手に知っているから逆に怖いのだ」
「生兵法は大怪我の基って奴ね、あかてんで見たから知ってる」
「だからそれが生兵法なのだ」
ラノベなどと言う架空の存在を持ち出す神林の危なっかしさに閉口する暇もなく、日下はサンタンセンの門をくぐった。
木村が跳ねるように付き従い、神林は目を皿にしながら付いて行く。
見る物全てにおびえないでと言う言葉など無視し、自分こそがなんとかしなければならないのだと背筋を伸ばす。
四方八方に目を動かし、いつでも来いとばかりに不意打ちに備える。ええかっこしいだの、気にしいだの、やり過ぎだなと言われても気にならない。
次の目的地はリョータイ市、さもなくばその前の宿のカイコズ。
「で、カイコズってどんなとこ?」
「サンタンセンとリョータイ市の貿易の拠点であり、商会の本拠地の一つだ。距離にしておよそ徒歩五時間だな」
「ふーん」
徒歩五時間などと言う言葉がまったく日常になってしまったことに恐れを持ちながらも、日下は歩く。
この世界に来てから、途方もないはずの時間の移動にも慣れた。不思議なほど足が疲れる事もなく、息が切れる事もなかなかない。
「そのカイコズで私たちのマジックと歌でガッポリ稼ごうじゃない」
「そして日下にもいい鎧、いやいいドレス買ってあげるからさー」
「いらぬ」
「ったく、銀貨七十枚、いや金貨一枚ぐらいなら出せるでしょ」
「いつ何時なくなるかわからないのだ、だいたい宿代三人分で銀貨四十枚は下らないんだぞ」
「そういう所なんだよ、日下ってさ」
神経質。しまり屋。堅苦しい。つまんない。財布のひもを締めている時が一番生き生きしている。
そんな風に言われるたびに、ごく自然なことをしているだけなのにとなる。
(まったく、三田川ってのはどこまでも迷惑をかける気なのかしら……)
日下は三田川恵梨香というクラスの支配者からすれば比較的お気に入りであった存在であり、三田川内のスクールカーストにおいては上位の扱いであった。
ちなみに三田川のスクールカーストにおける最上位はもちろん自分で、上位が市村・細川・そして日下、中位が遠藤・剣崎・田口・八村・前田、後は下位である。
その時はよくも悪くも無関心を気取っていられたが、今になって思うと三田川が自分を好いていたのは真面目に努力していたからだというのを認識できていた。
三田川に言わせれば授業とは仕事であり、その仕事に精を出さない人間が社会人として使い物になるのかどうかとなる。さらに世間受けしないような趣味嗜好を持った、いわゆるオタク系の人間も評価は高くならない。
日下はその点自分なりに真面目だという自覚はあったし学業成績も平均以上だったせいか三田川の評価も高かったが、そんな自分が好きではなかった。
何かが違う。何かを変えなければならない。自分の夢とは何か。
そんな風に迷っていた所に、こんな運命に巻き込まれ、考える暇もなくこうして生きて来た。
「あなたたちがもうちょっとしっかりしてくれればね」
「やだもう、そうやって人さまの責任にするのってよろしくないよ。そりゃ私たちが全部正しいだなんて言わないけどさ、すぐさま人に八つ当たりするのって良くないよ」
「私が手綱を引き締めないとあなたたちがすぐさま飢え死にするわよ!こんな所でどうやって生き抜くつもり?って言うかあなたたちバイトとかした事あるの」
その苛立ちが心をさいなみ、舌を動かす。何度でも何度でも目の前の二人を言い負かすために、言う事を聞かせるために時間を使ってしまう。
その間にも足は止まらず、というか止められず、太くはないが長く視界の開けた叢と低木ばかりの道をただただ前へ向かって惰性のように歩き続ける。足を止める事など許されないと言わんばかりに日下は歩き、二人の口を強引に塞いだ。
「うわー、ますますミタガワそっくりになって来てるじゃん……」
「どこがミタガワ」
その三人組に変化をもたらしたのは、一個の石だった。
木村がチート異能でその石を受け止めると、草むらが道と反対方向に揺れ、そこから赤い尻が見えた。
「何だ!」
日下の声にひるむ事なく真っ赤な尻は走り出し、そのまま倒れこんで足の裏を三人に見せつけた。
「ちょっと落ち着いて、取って食おうとしてるわけじゃないんだよ」
「何があったか知らないけど、怒ったりしないからさ」
尻の主を追いかける神林と木村を止める気にも怒鳴る気にもならないまま、日下は立ち尽くしていた。
「あのサンタンセンでさ、三田川に恋人を殺されたって」
「それは……」
二十分ほど後に戻って来た二人は少し疲れた目で日下を見上げ、ため息を浴びせかけた。
なんでも投石の主はサンタンセンにて三田川によって十把ひとからげに殺されたLランクの騎士であり、それ以来黒髪の人間をよく思っていなかった。
それでもかつてここに来たウエダユーイチたちはそのミタガワと敵対していたから良かったが、それでもなおミタガワに対する怨恨は深く、この度こんな行いに至ったのだと言う。
「ミタガワはたぶんこの世界でもものすごくピリピリしててさ、それで少しでも自分に逆らおうものならば一発で殺しちゃえるような力つかんじゃったみたいなんだよね。それでさ」
「私がそんなにピリピリしていたのか!」
「悪いけどものすごくしてたって。それで黒い髪をしてそんな空気を出しながら歩くのは他にいないと思うから一発だけでも何とかしてやろうって。それで私たちの事を説明したけど、悪いけど日下にはもう会いたくないってさ」
「ああ……」
気を引き締めようとすればするだけ、かえって理想から遠のく。
もう、どうにもならないのかもしれない。
そんな歪んだ絶望を解消するかのように歩き続け、やがて一つの宿屋に達した。
そのカイコズ、街道沿いの中間地点らしい大きな宿屋には空っぽの馬車が数台並び、南北の産物を届け合う日を今か今かと待っている。
「たくさんの人たちがここでは活動しているのだな」
「それじゃ私の歌を聴いてもらえるように交渉でも、ってあれ木村は?」
「彼女はすでに宿を取りに行っている。最安値のな」
「じゃあ私は私のすべき事をしようかなー」
適当なことを言いながら馬車へと走っていく神林の首に縄でも付けたいと言う希望を必死に飲み込みながら、体を宿へと向ける日下の足取りは、まったく重い。
「はいはい剣三十本、これで金貨二枚と」
「ええ銀貨十枚はないのか」
「状態が悪い剣が何本かあって値引きした結果です、ご容赦ください」
「どれが悪いのか教えてくれよ」
「これと、これが……刃こぼれしていて……」
「ああ……ったくしゃあねえよなあ、バッドコボルドだと思ってちょっと乱暴に言ったらハイコボルドでよ……」
宿の側で真っ当な商売をしている冒険者と商人を見るにつけ、自分はこれでいいのかと悩みたくなる。だが悩めば悩むだけ、口にすればするだけ、無駄の烙印を押される。
ならばとばかりに自分のすべきことをして手本を見せてやるとばかりに、剣を引き取ったばかりの商人へと歩み寄った。
「すみません。仕事の方を……」
「はーい、って日下も来てたのか」
「って、もしかして八村慎太郎?」
そして、その商人の正体と、あまりにも日常的な口ぶりが、ある意味日下にとどめを刺してしまった。
「気に病むのが趣味なのか」
「八村慎太郎」の心ないとも心あるとも言えそうな言葉を聞きながら、カイコズの中で「豆茶」に口を付ける日下の目は、完全に死んでいた。
神林と木村が八村が偶然所属する「ハチムラ商会」の人間をいやすために活動している中、本来ならばリーダーたるべき存在のはずの日下は、すっかり萎えていた。
「でもな、私はな、こんな過酷な世界で」
「過酷な世界だって言うんなら、俺はとっくに死んでるよ。俺だって同じ失敗をしたんだよ。そのせいでさ……」
「どんな失敗だって言うんだ」
「米野崎の事を知ってるか」
「もちろんだけど」
米野崎克己と言う名前。一年五組のオタク三人娘の一人。やはりこの世界にいたのかと言う事はさておき、その彼女に何があったのか、日下は藪蛇承知で突っ込んで行くしかなかった。
「俺はずっと米野崎がひどい目に遭っていると思い込んでた。だから上田たちがそこに行って同じようになるのが怖かった」
「どういう風に」
「南のキミカ王国を騒がせた魔導士のもとに向かったっきり行方不明だったって事になっててな、それで俺はてっきり、その……」
「その?」
「いやもう、この後はわかるだろ。それで上田達まで巻き込みたくないって必死になって口をつぐんだんだよ。そしたら余計危ない目に合わせてな……」
予想外、いや予想通りの優しさ。
だがその優しさも、自分の欲望だけは満たしてくれない。
「で、今のキミカ王国は」
「お家騒動がひと段落して平穏だよ。山賊退治もされたし商取引もはかどっている。ただサンタンセンがあの女のせいで」
「三田川……」
「そう、あいつだよ……」
「実は私たち三田川に恋人を殺された女性に襲われて、木村が何とかしたから事なきを得たけど。本当何がどうしてあんな人間が出来上がったのか、そしてあんなマネをしてしまったのか……」
コーヒーを、まるで水か何かのように飲み干す。苦さを感じない。
上田が苦い苦いと言っていた事などお構いなしの飲みっぷりにホテルの人間たちは苦笑し、同時に憐憫の視線をも向けていた。
「路銀稼ぎの方法はないのか」
「それならハイコボルド狩りだろうな。さっき見ただろう」
「ああ、そうさせてもらう。明日からしばらくここかリョータイ市に滞在して路銀稼ぎだな。で、ここの宿の一番安い部屋はどこだ、もちろん三人対応の」
「銀貨二十五枚だ」
「そうか、さっきの計算からすると毎日十本は最低でも取って来ないとな。それがいい、もう少し稼がなければな……あの二人はすぐ散財するからな……」
「そうか、大変だな。で、今いくら持ってるんだ」
「銀貨五十枚ほどだ」
「まあ、それがいいかもな」
日下は明日からまた路銀を蓄えねばならないとばかりに剣を振る事を決め、席を立って二人を迎えに行った。
そして三人は翌日からハイコボルド狩りに出かけ路銀稼ぎに走っていたが、二日目に日下が所持金を三分の一に申告していたことがわかるや宿内に失笑があふれ彼女はカイコズ中の物笑いの種になり、そしてそれでも日下は所持金が「金貨五枚」になるまでカイコズを離れようとしなかった。
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