サンタンセンでドレスアップ!?
「サンタンセンってどんな町?」
「いろんなドレスが着られる町だって」
陽気な二人が前を歩き、日下は不安そうな顔で付いて行く。これもまたいつもの事だ。
「ドレスがいくらするんだか……」
正直な話、この三人の懐具合はそれほど暖かくない。
エスタやシギョナツで魔物退治や芸を見せてそれなりの現金を得ていたが、財布のひもを堅く締めている日下にしてみれば豪奢な衣装など正直もってのほかだった。
「こういう所だと着るだけで守りが固くなる服とかあったりするんでしょ、こういう所だと」
「それってさ、まるでそうじゃなきゃ買わないって言ってるみたいじゃん」
「吟遊詩人や芸人だからって芸だけ見せてればいいわけじゃない。お前たちもわかるだろう、所詮冒険者だなんて」
「あーあまた始まったよ」
「本当、財布の紐を締める時の日下ってイキイキしてるよね」
日下月子がこうやって得意げに言いふらす様を、二人はもう幾度も見て来た。そのたびに心意気を悪意なく折られながら、未だ懲りる事もなく続けている。
「イキイキって……私はただ、あくまでもその先の事を考えているだけだ」
「その先その先ってさ、ここまでずーっとなんかあった訳?」
「お金ならそれなりにあるんだよ。もちろんここでもバイトすればいいだけだしさ」
神林のある意味お説ごもっともな言葉にも、木村は眉をひそめっぱなしだった。
「ドレスを飾るのってそんなに悪い事?」
「悪いとは言っていない、だがな、所詮私たちは」
「言ってる事がさっきと同じだよ」
「同じ事を言うから同じ返答をせざるを得んのだ」
「それってさ、まるで三田川だよ」
そんな木村だったが、三田川の四文字を聞くと深くため息を吐きながらキョロキョロし始めた。
「もしかして日下ってさやっぱり怖いの?あの三田川が」
日下がここぞとばかりに責めにかかると、木村は深くため息を吐いた。
「三田川だと。あんな女はもう何をやっても手遅れだ。二人もよく聞き流している。その点は素晴らしい」
三田川は日下には比較的優しかった。日下と言う真面目で何事にも懸命な女を古くさいとからかう事はあっても、蔑む事はなかった。
「三田川もさ、なんていうか結構ナルシシストでさ、なんだか勉強してる自分はこんなに美しいのにってさ」
「その点は同意見だがな」
しかし日下や木村から見れば、三田川は正直どこか滑稽だった。
いつもいつも多方面に吠えまくっては自分を上に見せようとし、それに反発するとますます強い力でのしかかって来ようとする。
それがいちいち滑稽に思え、だんだんと聞き流す事を覚えるようになった。
だがそれでも構わず噛みつき喰い付かんとするのが三田川であり、例えば木村にはお笑い志望ならコントの一つでもやって見せなさいと二日にいっぺんは絡んでいた。どんな劇場だってお客を選ぶ権利はあると思いながら文化祭の三文字を盾に逃げ回る木村を卑怯者、アドリブが効かない女、無茶ぶりに対応できない懐の狭い女だのと言いふらす三田川に、日下もいい加減閉口していた。
「したら落語のひとつでも覚えて来いってさ、あれってもう病気だよ」
「病気だとしたらこの世で最も性質の悪い病気かもしれないって藤森は言ってた」
「藤森?」
「暁の先の戦士ってアニメの主人公だよ。英雄になるには救いたい奴を作ればいいって」
アニメやラノベのネタをしょっちゅうぶつけて来る神林に日下が嘆息した事は少なくないが、それでも三田川よりはずっと良質だった。
「しかしこの道ってずいぶんと新しいよね」
「確かにね。シギョナツとサンタンセンを結ぶ街道なんでしょ」
やけに整然とした街道。
整備された道。
石ころどころか足跡もまともにない道。
「ちょっとこれ逆に怪しいんじゃ」
「もういちいちさ、日下はそうなんだから、内心は」
「嬉しいように見えるのか!」
その道を巡ってまた同じ流れに向かおうとする中、一人の少女が同じようにやけに真新しい門をくぐって三人に向かって来た。
「ちょっとここってサンタンセンの町で」
無警戒に身を乗り出す木村の裾を日下は強く引き、少女が持っている杖を強くにらみつける。
「本物だ。
私は冒険者のクサカツキコ、それでこちらは」
パッと見手製でそれほど強度も高くなさそうだが、真剣に作った事だけは間違いない。自分たちとは違う本物の魔導士。
油断をする訳には行かないとばかりに日下は気合いを入れ、そしてまた空振りした。
「あああ……!」
「ちょっと日下!」
走り込んで来た少女がいきなり急ブレーキをかけ、門をくぐる直前に大きな足跡を残してあとずさり出した。
この不意打ちと言う予想を裏切られた事に日下は目を白黒させ、木村は笑い、神林は杖ばかりを見ていた。
「ひぃ……!」
「あの、もしもし……」
「怖いです、怖いです……」
「日下、その武器しまおうよ」
「いやここが定位置だからな、それでその……」
すっかりおびえている自分より年下の少女を前にしてもまだ腰の剣から手を離す様子のない日下に、神林と木村も笑おうとしなくなった。
「黒髪は怖いです……」
その少女こと、ミワと言うYランク冒険者をベッドメイキングをさせている宿屋に連れ込み、日下はようやく剣を腰から外した。
「日下もさ、案外おめでたいんだから」
「おめでたいとはなんだ!」
「キャア!」
木村の言葉にムキになって反応して大声を上げた結果今度は泣きそうになり、話を聞きつけた女将からも左手の親指と薬指を立てられた。
「ったく、このミワちゃんが何をしたいんだい?」
「でも彼女がいきなり杖を見せて突っ込んで来たので危害を加えられると」
「この子もね、イトウさんがいるのに相変わらずだからねぇ。本当は優しくて真面目でいい子なんだけどね…………」
「それがなぜまた」
冒険者としては警戒を怠れないとかありきたりなフレーズを口にする前に女将に怒鳴られた日下は、デモデモダッテが通じない事を察するとある意味開き直るかのように話を進めにかかった。
「出世したかったんだろうね。この前なんかうわ言でもXランク冒険者に、Xランクにってさ……」
ミワが顔を伏せ、三人の胸と足ばかりに目をやる。顔も頭も見たくなさそうな彼女に三人は改めての闇の深さを感じ、深く嘆息した。
「ですから私、この前、戦っちゃったんです、ウエダって人たちと、それでその人もそんな真っ黒の頭で」
「ウエダ!じゃあアカイって人は!」
「それもいましたけど、あとイチムラって人と、オオカワって大きな人と、えっと、それで以上です……」
「怪我でもさせたの?」
「させようとしました、させようと……」
功名心のため、ランクアップのため。
心情を素直に吐露しながらもおびえる少女の姿は、身の丈より一段と小さかった。
「しかしどうして」
「私は最初エンドーって人に渡されたんです、指輪を」
「なにそれまさかプロポーズ?一体どんな指輪だったの?ちょっと見せて見せて」
「もう壊れちゃいました、と言うか壊しました……」
「なにそれもったいないなあ、特徴だけでも教えてよ」
「普通の小さな金色の指輪で、それで小さな宝石が付いてました。あの剣士さん、何か、ってあの!」
神林に頭を撫でられた日下だったが、そういう扱いを受ける事に何にも反発する気になれなかった。
(まったく、冷静だ。木村も神林も私よりずっと冷静だ)
日下はまた、木村に負けた気分になっていたからだ。
遠藤の名前を聞いた途端、日下の頭には血が上っていた。
その空気を全力で変えに行ったのは木村であり、目の前のミワを和ませたのも木村だ。
ともすれば不自然な早口も木村のせいでか奇妙におかしみを帯び、強張っていたミワの顔もほどけている。
「いや済まなかった、ついカッとしてしまってな」
「ああもう知ってます、皆さんはそのエンドーの」
「私たちは違う世界から来た三人、と言うか二十人の中の三人。二十人もいればいろんなのがいるから……ね♪」
その上に神林だ。声優と言う名の芸能人志望だからでもないがやっぱり笑顔が自然で、さらに口調ももうどこかそれっぽい。
これが芸能職の本業かと思う間もなく、日下は平謝りと共に全てを二人に任せる事にした。
「それでさっきエンドーって言ってたけど」
「実はその人も宝石をもらってたんです、ミタガワって人に」
「三田川……?」
「ええ、とんでもない化け物です」
「どういう風に」
「二十人以上、腕利きの冒険者たちを殺したんです。しかもあっけなく、そしてひどいやり方で」
その挙句三田川恵梨香がなした残虐非道な殺戮ぶりを聞いても大したリアクションもせず、ただただうなずくだけであった。
「何と言えばいいのか……」
「ああ、なるほどね……」
自分なりに沈鬱になろうとしてもなお、木村は冷静で正確だった。
「三田川ってさ、案外とそういう希望持ってたのかもねー」
三田川が何をやっても噛みつく事をやめない狂犬であり、その気になれば全てを食い尽くすまで貪りそうだった。実際平林などは食われかけなほどであり、転校まで考えているという噂もあった。
だがある種の無法地帯と言うべきこの世界で、それができる力を得てしまったら。
「それでどうしたの」
「ウエダさんたちと、コーノさんって人が戦ってくれたからミタガワは逃げたけど、逃げただけで……」
「河野って、河野速美の事?」
「そうです、二人ともものすごい打ち合いしていて、それで私じゃ……」
泣こうとしたミワの背中をさすりながら、神林は子守唄を歌った。
最初の三秒だけムッとしていた少女がすぐさま安らかな顔で眠ったのに木村はガッツポーズを決め、日下は苦笑いをするしかなかった。
「しかし改めてさ」
「ここが赤井君が葬ったお墓なのね……」
三田川により殺された数多の冒険者の魂が眠る、十字架の墓。
作りこそ簡素だが不思議なほどに愛情がこもっていそうなこの墓の前で、神林は大きく口を開けた。
「それはなんだ」
「私だってこの世界の歌を覚えたよ」
日下の制止を振り切り、神林は口から声を出した。
それは言うなればレクイエム。
いつもとは違う静かな歌。
「…………」
聞けば聞くほど、胸に染み入って来る。木村も顔を引き締め、名前も顔も知らない使者たちの冥福を祈っていた。
それと共に多くの男女が駆け付け、真新しい墓の前で祈りを捧げていた。
一種のゲリラライブではあるが、それでも一人の吟遊詩人がこうして死者のために歌っているという事実は大きい。
ましてやこの神林の歌声はチート異能のせいもあってかなりよく響き、村全体を覆っていた。
「優しい歌だねえ、本当に」
「あなたは」
「俺はイトウってもんだ。一応冒険者だよ」
ヒゲ面の男性が日下に声をかけて来た。
イトウと言う名の男は同年代っぽい女と共にいつの間にか日下の隣に立ち、無精ひげをなでながら神林の独唱を聞いている。
「ミワもあのミタガワって娘も、本当にせわしくてさ」
「せわしい?」
「あの二人ともなんか自分の目標のためならば山をぶっ壊してでも最短ルートを通るって感じでさ、シンミ王国に行くために魔王領を通過してとか」
「うわあ……」
いつの間にか二人に染まっている自分に日下は少し感心し、少し不安になった。
魔王なんていたのか、ではなく北東の端から南西の端まで行くなんてと言う発想が先に出て来た事が、日下には衝撃だった。
「私……」
「お嬢さんもさ、しばらくここでゆっくりした方がいいぞ」
「そうです、かね……」
「あの二人は突っ走り過ぎてるんだよ」
突っ走ると言う言葉は、考えてみれば確かに三田川のためにあるような言葉だった。
自分たちに何百何千メートルの差を付けてなお止まる事をせず突き進み、少しでも遅れているとみなせば一気に乗って前に立つ。
そしてあくまで前から後ろの連中に向けて声援を飛ばし、自分が乗っているのが三輪車だと言いふらしながら差を開く。
決して自分がリニアモーターカーに乗っているとは言わない。
「まあ、女神様やギンビのためとは言え、こうしてサンタンセンの住民のために歌ってくれてるんだ。それでいいじゃねえかよ」
なぜ三田川が焦燥に駆られているのかはわからない。だがそれでも自分たちは自分たちに行くしかないという決意を緩く固めながら、日下は手を合わせながら神林のレクイエムを耳に注ぎ込んだ。
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