シギョナツでお腹いっぱい、そしてその前には……
「ごめんね昨日は、つい浮かれちゃって」
「神林が言ったでしょ、全くその通りよ、はしゃいでたのは私」
朝起きてすぐ木村の訪問を受けそしてそのまま頭を下げられた日下であったが、寝覚めが良かったせいか機嫌よく頭を下げていた。
神林が普段より三分ほど寝坊したのも、今なら許せた。
この世界が刃傷沙汰があふれるそれだと理解させる。
そうして自分がいかに正しかったか伝えたい。
「マウント取りも大概にしなきゃダメだよー」
マウントを取りたいんだよねとか木村に能天気に言われて、そんなバカなと言い返せるほど今の日下はいばりん坊でもなかった。
「マウント取りってのはなんでヤンスか?」
「自分の方が上だって見せつけるって事」
「そうでヤンスか、あっしや親分様だっていっつもピリピリしてた訳じゃないでヤンスよ、そこのところ分かってほしいでヤンス」
アビカポと言う「マフィアの手先」は、あまりにも愛嬌があり過ぎた。
姉をマフィアのボスの愛人だったとか、その愛人を以前ボスと対立していた男に殺されたとか、その仇を上田たちが取ってくれたとか、確かに重い過去を抱えていたがそれらを平然と話す姿はまったく気のいい男でしかなかった。
「ああこれでもあっしは炎魔法が使えるんで、少しは危険でヤンスね……」
「話合わせてくれてるじゃん」
「……はい」
ペルエ市に居着いてコボルド狩りに勤しむ間に、血を幾度も見て来た。
自分の手によって血を流して命を奪ったと言う事実が、自分を変えた・強くしたと信じていた。
「まあな、お前らはあいつと同じだろ?ウエダたちと」
「あの子たちは素人なのよ、どうあがいても。それがダメって事はないけどね」
「ちょっ」
「私らも素人って事?」
「全くその通りだな、素人は素人なりにしか動けねえ」
「わかりました、これらも素人なりに頑張りまーす」
神林と木村が陽気に手を振りながら、三人はエスタの町を出た。
自分たちが何なのか。その疑問を日下はずっと抱いていた、他の二人とも抱いていると思っていた。
(「言っとくけど俺らみたいな方向に習熟しちゃいけねえよ」)
「ねえ木村、私たちはこの世界でどこまでやってけるのかな……」
「ずいぶんと言葉柔らかくなったじゃん日下、普段から肩肘張り過ぎだって思ってたけどさ、やっぱ万年銅メダリスト争いなの気にしてたの?」
「お前はいちいち話が取っ散らかるな、私はあくまでも自分のしたいように振る舞っているだけだ。と言うかたかが数回のテストで勝手に位置づけるな」
「ごめんねごめんね、赤井君に勉強教わればいいのになーって思ってんだけどねー」
神林と木村は決して劣等生ではない。優等生とか言うほど成績のいい訳でもないが、少なくとも赤点の二文字からは全く縁遠い生徒だった。
実際、神林はアニソンの情報をお代として赤井に貢ぎ、それで勉強を教えてもらっている程度にはしたたかだった。その事を思い知らされるにはこの一晩は十分過ぎた。
「聞いたでしょ、遠藤君や剣崎君がどうなってるかって」
何よりかにより、「エンドウコータロー」と「ケンザキジュイチ」が指名手配になっている事を聞かされたのが日下の心を強くえぐっていた。
遠藤幸太郎・剣崎寿一と言う名の野球部員・剣道部員、立派な二人のスポーツマンがあんな存在にまで落ちてしまった事が日下にとっては衝撃的だった。
「ああ、ああなりたくはないな……」
それを聞かされてなお軽くため息を吐いただけの木村にさらに衝撃を受け、
「でもさ、危ないのいるよね、細川とか」
さらりと第三の犠牲者の可能性を口にした神林にも日下は圧倒されていた。
「でさ、シギョナツってのは、おいしい物がいっぱいある町らしいよ」
「おいしい物って」
「先立つものはある訳」
「大丈夫、いつも通りの芸でも見せるか、それとも魔物でもちょちょいとやれば」
魔物退治をアルバイトのように扱う感覚にもこれから慣れなければならない、そんな風に冴え思わされていた。
「ごめんください」
「ずいぶんと律儀だねお嬢さんたち。何の用だい」
「おいしい物が食べたいんです」
あまりにもダイレクトな神林の要求にも、門の側にいた女性は穏やかに首を縦に振るだけだった。
もっともこんな町にお金を払って後は待つだけなどと言う都合のいい店がない事などは三人とも知っているし、そのためになんらかの労力を提供する気であったのは確かである。
「最近騒がしい村だけどね、そんな所でも良ければどうぞ……」
「ん?」
だがその言葉は予想外であり、日下の眉を軽くひそませるには十分だった。
「あーまた悪い癖が出てるー」
「……詳しくお聞かせ願えますか」
木村の指摘を否定しきれない、いずれにせよ問題について把握しない事にはどうにもこうにもとなるのが日下だった。
(ここまで来ておいて自分は何を見ていると言うのか……でも、あっ、いや何を考えているのだ!)
そんなむやみに肩ひじを張る自分を娘のように見る案内役の女性を前にして、日下は歯を食いしばりながらうつむいた。
「まあほとんど片付いた事なんだけどね」
そんな風に優しく語り掛ける女性に、三人は少しだけ母親を思い出していた。
「その魔物は残ってないの?」
「全滅したようだよ。ウエダユーイチって腕利きの剣士様とそのお仲間、まあトロベ様ってお偉いさんもいたけどね」
木造平屋のありふれた農家でそんな三人が聞かされた「真相」は、さして面白みのないそれだった。
魔物が現れ、花の魔物を作り出して畑を荒らし、そして上田たちが魔物を全滅させ、さらに東の海岸で上田と河野速美が斬り合ったと言うだけの――――。
「ちょっと待ってよ……それじゃ私たちなんかできる事あるの?まさか農作業?」
「それもいいけどね、ちょっと探索して欲しいことがあるのよ」
「探索?」
「実はこの前の事でね」
そんな状況で自分の仕事と言う名の美食の当てを気にする神林を操るかのようにツッコミを入れる女性にツッコむ間もなく、話はさらに進んだ。
「ったく、どうして山狩りなんて」
「仕方があるまい、報酬の約定は取り付けたのだぞ」
「にしても汚い小屋だよねー」
十分後、三人は西側の裏山を歩き回っていた。
資材置き場だったと言う小屋。エスタの町から逃れて来た人間やシギョナツになじめなかったならず者たちがたむろしていた小屋から北の裏山に、ひとりの騎士が逃げ込んだと言う話を聞いた結果だ。
「しかしぜんぜん違うよね、東側と西側」
「農家と漁師はどっちも第一次産業だけど一緒にはできないよ。赤井君が言ってたようにね」
「赤井は何と言っていたんだ」
「農業の最中に死ぬのは熱中症ぐらい、だが漁業の最中に船が沈めば即溺死って。やっぱりいいよね、「すいてん」って」
「正式名称で頼む」
漁師生まれで農家在住の女性が言っていたその言葉を、神林がとっくに知っていた事とその出展であるラノベの存在を日下は適当に流す。
「敵は相当強いみたいだしさ、あんまり消耗しない方がいいよ」
「そうだけどな」
「赤井君や上田との戦いでね、こてんこてんにやられた騎士様が東にも西にも行かなかったって言われてもね」
「一応山狩りみたいなことはやってたみたいだけど、それでも発見できないみたいでさ」
「少しおかしくなってしまったと言う報告もある。油断禁物だぞ」
名前はイツミ。トロベの兄を名乗っているが詳細は不明。「妹」を溺愛しその妹を寝取られたと思い込み決闘を挑み惨敗。笑いながら姿を消したと言う報告あり。
それをシスコンこじらせた暴走アニキと言い出す神林の度胸に感心する日下であるが、正直このシギョナツの裏山はえらくうっそうとしていて足跡を見つけるのもかなり困難である。一応元からの山道がなかった訳でもないが、ほんの半月ほど前までならず者が我が物顔で占拠していた小屋の側の道は通りずらく、その分だけ道は荒れている。
日下がそんな荒れた一本道を切り開き、神林がじっと日下の後ろをついて行く中、木村はシギョナツらしくキノコや果実でも生えているのかもしれないとか言う楽観的な想像をもとに上下を眺めている。
そんな業突く張りとでも言うべき態度を非難する存在はいない。シギョナツと言う名のある種の半農半漁と言うべき村の住民は農民の穏やかさと漁民の激しさを兼ね備えていると同時に、案外としたたかなのである。
「目的に向けて一直線なのってカッコイイと思う?」
「思う。けど危ないよね」
「そうそう、危ないんだよ。その一つだけの道がポッキリ行っちゃうとね」
「だから私さ、もっと赤井君と一緒に勉強しなきゃって思うの。そりゃ声優になれれば最高だけど、それ以外にも何か役立ちそうな資格とってさ」
強弱と言うのは実に相対的だ。学業成績やここでの戦闘力においては圧倒的に強いはずの日下が、この場では弱者になっている。
(弱者がすべきこと、それは……)
鍛え上げて強者になるか、それとも強者に付き従うか。とりあえずは後者の方向で行くしかない自分を少しだけ恨みながらも、日下は道を切り開き続けた。
「ねえこれさ、かなりすごくない?」
そんな弱々しい先導役により、三人は一つの痕跡を発見した。
林の中の一角に、皮が剥がれた木が連続している。まるで何者かがわざと皮をはぎ取ったかのようにめくれ続けている。
「ああ、相当にすさまじい風だ」
「風?これ風のせいだっての?」
「こんなにすさまじい速度を持った生き物がいるか?と言うかこれは風の魔法を使う者の行いだ」
風と呼ぶにはあまりにも不自然なほどのめくれ方に強者たちが目を丸くするのも構う事なく、弱者はここぞとばかりに威張って見せる。
消えかけながらも確かに足跡を発見し、どうだとばかりに内心で背筋を伸ばす。
そして背伸びしたまま十分以上歩き、やがて足跡は消えた。
「ここまでかな……」
「……やっぱりないか」
「いや、上だ」
そしてその足跡の消えた地点を覆っていた枯れ葉を持ち上げた木村により、その周囲の木の葉っぱが持って行かれている事に神林と日下も気付いた。
「すると何?その風魔法使いはものすごい速度でここまでやって来てそれから真上に向かって飛んで行ったわけ?」
「そうなるな……」
「って言うか足跡多かったよね、2人分、って言うか1.5人分?」
「まあ、とりあえずはこれでさ、終わりって事にしない?」
「そうだな、これ以上は無理だな……」
それなり以上に重大なはずなのに、日下はこれ以上踏み込む事をやめた。
「そうだったの。するとその男はもう」
「彼は騎士であって魔法使いではないのでしょう、協力者とか」
「とりあえず不在であればいいの、正直ちょっと怖かったしね」
とにかくひと仕事終えましたしとばかりに報告へと向かった三人は、報酬のように出されたシギョナツのグルメに舌鼓を打っていた。
「野菜はないんですか」
「しょうがないよ、野菜保存効かないし」
「冷蔵庫なんてもんはないんだから」
焼きホタテを口に頬張りながらも、ある意味当てが外れた事を悔しがる日下であったが、その顔に昨日までの強張りはもうなかった。
「冷蔵庫って」
「ああ物を冷たくして保存する道具です」
「でも雪女ってのはいるのよ」
「へぇー……って赤井君の」
「そう、アカイさんって僧侶のお仲間の人にね……」
「そう……」
雪女の存在をすんなりと受け入れられる程度には、日下はこの世界に慣れていた。
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