遺憾砲1

『私達自衛官は、きょ、国民の皆さんの安全を守るため、日夜努力を重ねています。この場が我々の活動を知っていただく機会になれば幸いです。現在、自衛隊では人員ををぶぉ、募集しており…』数の力によって、リモコン争奪戦に破れた私は、テレビに映る自分をぼおっと眺める。彼女の瞳孔は緊張のため、細かく揺れている。


「すごい、黒川がまともに見える」隊長が言う。胸をどつきたくなった。


「それにしても、噛みすぎだろ」そう言って笑うのはルームメイト。彼女の平たい胸をどつく。


彼女は咳き込むが、ニヤニヤした笑顔は崩さない。


「そんなんだから、給料減らされるんだろ」


「うっ…」


返す言葉がなかった。


画面は演習場を走る戦車に切り替わる。キャタピラが土を巻き上げ、レポーターがその重厚さと力強さを称賛する。そこには鼻孔を刺す硝煙の臭いもなければ、血の粘ついた感触もない。砲身が練習用の弾を撃ち出した。歓声が広がる。


「こうして見ると、騙して入隊させているみたいです」かつての残業なし、通勤時間0分、多様な手当完備の職場は、黒より黒い職場になっている。最後に家に帰ったのは、いつだっけ。


「こうでもしないと、人が入らんのだろう」


「蟻地獄みたいですね」画面に電話番号と採用ページへのQRコードが現われる。


「そうでもないぞ。八丈島事件の後の志願者は、もう半分以上が離職したからな」


「いくらなんでも、根性なさ過ぎませんか」


「そういう問題ではないだろう。彼らが望んでいたのは、帝国から日本を守ることであって、帝国に派遣された俺達に代わって駐屯地の掃除をすることではないからな。志が高い人間ほど、理想と現実のギャップに苦しむ」


「でも、訓練もろくにできていない隊員が前線に送られないことは、分かりきってますよね」


「あのときは広報も煽りに煽っていたから、そうとも言い切れん」陸上自衛隊のパートが終わりCMに入る。もう二度と、画面の中の自分に対面しなくていいと知り、胸をなで下ろす。


息を吐ききったとき、気泡が弾けるようなノイズがCMに混じった。それは、天井にぶら下がるスピーカーから発せられているのだと気づく。


『緊急呼集。普通科第二小隊、普通科第四小隊は、司令部本棟に出頭せよ』


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ずらりと並んだパイプ椅子を、背筋を伸ばした隊員が埋める。彼らの視線は、映画を見るには大きすぎるスクリーンに集まっている。そこにレーザーポインターの赤点と男の影が現われる。


「デザイル駐屯地司令の白柳だ。君たちには一つ、残念なことを伝えなければならない」


「帝国との和平交渉は実質的に停止した」白いスクリーンが、新聞記事に変わる。ざわめきは起こらない。既にこの場の全員が知っている事実だったからだ。


「帝国の真意を問いただすために、連絡を試みたが音信不通だ。捕虜が言うには、機器の問題ではなく、意図的に無視されているらしい。まんまと出し抜かれたわけだ」司令の声には冷たい炎のような、憎悪が籠もっている


「八丈島事件以降、徐々に薄れていた世論が再び沸き立ち、デモが各地で行われている。それを受け、遺憾砲の発射が閣議決定された」今回はざわめきが起こる。そして口々に呟く。


「遺憾砲?」


「あれだ」電動のブラインドが開き、スクリーンの文字が薄れる。司令が指差す先に、19式装輪自走りゅう弾砲があった。メンテナンスのためか、タイヤが取り外されている。


「君たちには、こいつらの護衛をしてもらう」


「迅速に展開し、ありったけの砲弾を敵陣地に撃ち込み、帰る。それだけだ。具体的な場所、移動行程、日程については、後日ミーティングを行う。この時点で質問がある者は?」私はピン、と手を伸ばす。隊長は、その手をへし折りたそうに見る。


「なぜ、非装甲車両を用いるのですか」


「敵の騎馬部隊、ユニコーンだったか。それに追いつかれてしまう可能性があるからだ。それに加え、履帯は長距離の移動には向かない」


「ありがとうございます」ブラインドが再び閉まる。新聞記事が地図に変わる。


「この作戦は、戦略的なものではなく内外に向けてのデモンストレーションとしての一面が強い。だが、これだけのことをされて、指をくわえておくわけにもいかん。この作戦は我々の強固な意思を、帝国に示すために重要だ」司令は部屋の全ての隊員に目を合わせるように、視線を端から端に移動させる。  


「尉官以上は残れ。その他の者は半休とする。今の英気を養っておけ。では解散」


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スマホ画面をスクロールする。高度な文明の利器は、デモ行進、帝国への呪詛、そして自衛隊員の死体を表示させる。  


「何やってんの?」二段ベットの上から、女の首が現われた。どうやってヘルメットに納めっているのか不思議な長い髪が床に着く。


「SNS…、あっ」突然、伸びてきた手にスマホを取られた。私はベッドから降りる。


「死体の画像?こういうの、興味あるんだ…」いつもは人を小馬鹿にした笑みを浮かべているのに今日のは引きつっていた。


「違う、違う、違う!」完全に誤解されている。私は、戦争への意見を調べているうちに、ここに辿り着いたことを伝えた。


「もっと明るいことを調べなよ。せっかくの休みなんだし」


「例えば?」


「黒川鈴奈」


「呼んだ?」ルームメイトは何かを打ち込む。そして、スマホを私に押しつける。


「なにこれ」


画面には私の写真が並んでいた。女戦士、ヴァルキリー、ゴリラ女、バーサーカーなどの文字が添えられている。


「ちょっとした有名人だね、バーサーカー」彼女はベッドの縁に腰掛け、足を愉快そうに揺らす。私はそれを引っ張る。彼女は地面に墜落した。

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日本異世界召喚 @AliceIn

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