サンドールへ

コングラー連邦 第七管区 リューゼ航空艦隊基地


 かつてコングラー連邦への批准を拒否し、二度に渡る侵攻を耐え抜きながらも、三度目で降伏に至った連邦の構成国、リューゼ共和国。今は肥沃な大地から連邦の食料庫の一つとなっており、陽を浴びて輝く田畑が見渡す限り続くかと思われる。しかし突如現れるのは、幾つもの地面に穿かれた四角い穴と、そこに身を寄せる細い物体。その縁には暇を持て余したクレーンが並んでいる。


 操縦桿を押し込み、戦闘機の高度を落とす。ぼやけていた輪郭が徐々にはっきりしていき、ドックに駐留した艦船が判別できる程になった。その勇ましい姿を見るのが、毎日の楽しみだ。


 先祖はなぜ、決して勝てない戦いに身を投じて散っていったのだろう。ふと考えることが何度かあったが、いつも結論は出ないままだ。


「リューゼ基地管制塔へ。こちら基地防衛飛行隊、十四番機ニコライ。直掩任務終了につき着陸許可を求む」     


「北北西より20ノットの風。着陸に際し、十分注意されたし。任務ご苦労、オーバー」


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リューゼ航空艦隊基地 司令部


 コンクリートをふんだんに用いて造られた建築は、ヒルメラーゼ共和国の航空爆撃にも耐えるという宣伝文句の通り堅牢な造りをしていた。複合建築物のあちこちに張り出した円形の防塁の上には、丸みを帯びた要塞砲が鎮座しており、海の向こう、アンゴラス帝国を睨んでいる。このような要塞が帝国との国境沿いにあるのは明らかに過剰戦力だが、リューゼにトラウマを持った連邦が、反乱抑制のために設置したという事実は一部の人間しか知らない。



「なんだとっ!!」分厚いコンクリートの内側で、悲鳴に近い叫び声は何度も反響する。基地の最上位の物が狼狽するなどあってはならないことだが、この場の誰もそれが情けないとは思はなかった。この場にいる全員が共有する感情だったのだ。


「ですから将軍、航空艦隊の出撃命令です」そう言うと、軍服とは異なる制服を着た細身の男は眼鏡を掛け直す。その姿は官僚的であり、武骨な基地とは似合わない。


「そんなことができないことは、政治委員殿も分かっているはずです!」資料の上で存在する燃料、弾薬、兵糧が倉庫にないことは連邦においてよくあることだ。当然、問題視され何度か調査が行われたが、その度に工場や火薬庫の爆発や自殺者が続出し、メスが入ることは少なくなっていき、それと反比例するように軍幹部の口座が膨らんでいった。


「まずいぞ、物資の横領が中央にばれたら…」しかし出撃命令は拒否などできない。もしそんなことをすれば、抗命となり問答無用で死刑だ。


「委員殿、なにか手立ては?」こんなとのために、政治委員にも少なくない分け前を渡してあるのだ。妙案があるに違いない。


 政治委員は小馬鹿にしたように笑みを浮かべると、懐から無線機を取り出す。ランプが点滅しており、電源がオンになっていることを示している。


「将軍、貴官は物資の横領をされておられるのですね。それは党に対する反乱と同義です。貴方を逮捕させていただきます。」ドアが勢いよく開け放たれると、完全武装した政治委員部付きの憲兵がなだれ込んでくる。真っ黒い銃口に睨みつけられ、私達はゆっくりと手を挙げる。


「おい!お前、裏切る気か!お前だって、散々恩恵に…」


「囮捜査という言葉をご存知ないと?」政治委員は図々しく言い放つ。上手く立ち回ったものだ。党でやっていくには、この種の狡猾さが必要不可欠なのだろう。


「嘘をつくな!おい、こいも、こいつも、こいつらも共犯だ!」司令は私の指を差す。背筋がゾワリとした感触に撫でられる。ああ、私も今日で終わりか。僻地で死ぬまで肉体労働をさせられるくらいなら、ここで抵抗して殺されようか。


「スケープゴートは一人でよいのですよ。その方が、皆よく働くようになる」私は安堵と同時に、安直な行動をしなくて良かったと思った。


「やめろ、やめてくれー!」憲兵に引きづられながら、司令は自分のものだった部屋を後にした。懇願するような目をこちらに向け来たが、誰も元上司と目を合わせなかった。


 国際会議の終了と同時に行われるはずの出征は、そういった事情から、しばし遅れることとなる。

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