国際会議リターンズ3

巨大なステンドグラスを通過した光が、床にローブを着た女性の絵を描く。司教は逆光を浴び輪郭だけが見え、神々しさを演出する。巧い技法だ、とケニスは感嘆する。


「今回は、急な招集にも関わらず、よく集まって頂きました」会合の火蓋を切るのは三人並んだ司祭のうち、右の人物だ。高位であろう真ん中の人物でないのは、それで十分だということを示唆している。  


「さて、議題は皆さん知っての通り、とある列強国が、我々がせっかく呼び寄せた大地を、統治しようとせず、それどころか、自由に暴れさせている件についてです」司教はこちらに向き直ると、侮蔑とも憐憫ともつかない声音で言う。


「アンゴラス帝国、外務大臣、ケニス卿。なにかご意見は?」


「なんのことか理解しかねますが」無駄な抵抗とはわかりつつも、ケニスはとぼけてみせる。いや、とぼけて煙に巻き続けばならない。


「いつまでも、あなた達がニホンを占領できない件です」司教はケニスの戯言に憤るでもなく、先程と同じように淡々と言葉を発する。


「ニホンは人口が想定より多く、占領に少し手間取っております。しかし大したことはありません」


「大したことのない国を相手に植民地を奪われた上、保有する艦艇の半分以上を失い、本土にさえ足を踏ませる事態に陥ったとおっしゃられるわけですね?」司祭が尊大に座る椅子の肘掛けに触れると、床に映っていた女性の肖像が消えた。代わりに各国の代表団が座るロの字型のテーブルの中央に、青と赤の光で構成された帝国の地図が現れる。ケニスは早くも誤魔化すことを諦めた。赤い光で示された場所は、紛れもなく帝国が奪われた土地であったのだ。植民地を奪われたことについては、情報が漏れることはある程度想定していた。しかしこれだけ、正確に失陥地を言い当てられるとは思わなかった。本土に上陸されたことも帝国内の人間しか知らず、艦隊の壊滅に至っては一部の軍人と政府役人しか知らない情報だった。もう、言い逃れはできまい。


「これ以上、事態を放っておくのは世界秩序にとって望ましくはありません。帝国は当該地域の統治を怠り、それに伴う義務と権利を放棄したとみなしても構わないでしょう」ケニスは息を飲む。その後に続く言葉は容易に予想されるからだ。


「それはいくらなんでも、短絡的ではありませんか?歴史上、一時的に支配地を失陥することは珍しくはありません」厳つい顔で異様に目を輝かせたコングラー連邦の外交大臣、モルトフが言う。魔法の使える者もそうでない者も皆同じ、という連邦の特異な政治信条から彼等のことが嫌いだったが、珍しくいいことを言う。


「しかし私の記憶が正しければ、本土に上陸されるというのは前代未聞ではありませんでしたかな?海上戦力の大半を失った状態では、失地回復も難しいでしょう」ケニスはヒルメラーゼ共和国の外務大臣、ノエルを殴りたいという衝動に襲われるが、荒い息を数度繰り返すだけで我慢する。我々が資源を輸出してあげていたおかげで、共和国の今の繁栄があるというのに恩知らずなやつらめ。 


 モルトフは反論を続けることができないようで、ケニスも思い浮かばず黙ったままだ。


「議論も尽くされたようなので、採決に移りましょう」


司祭は参列者を見渡すと、用意されていた台本を読むかのように、淡々と会議を最終段階へと進める。それは力でその地位を守ってきた列強国にとって、死刑宣告に他ならない。


「事実上、アンゴラス帝国の勢力下より脱した植民地、及び衛星国の統治放棄について、賛成の方は挙手を」教国の司祭と共和国のノエルが手を挙げる。


「では、反対の方は挙手を」コングラー連邦の外交官が手を挙げる。当事国である帝国には、議決権は与えられていない。


「賛成多数により、アンゴラス帝国の統治放棄決議案は…」


「お待ち下さい!」思わずケニスは声を上げる。このまま、議決されるわけにはいかない。


「一年、いや半年あれば帝国領内に屯するニホンの軍を蹴散らし、失った植民地を取り戻してみせます。ですから、何とぞ汚名返上の機会を」なんの根拠もなかった。そしてこの場にそれを信じるような愚か者はいなかった。


「それができるでしたら、なぜ今までそれをなされなかったのですか?」


「それは…」澄ましたような言葉に、ケニスは机の下で拳を握りしめる。


「採決はもう既に終わりました。空白地帯については、無主地と同様に早い者勝ちといたしましょう」ベラルーシェの司祭は、必死に呼び止めるケニスを歯牙にもかけず、扉の向こうへ消えていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 充てがわれた部屋で、ケニスは力なく椅子に持たれていた。脱力した手はロッキングチェアと同期して、振り子のようにブラブラ揺れていた。


「ケニス大臣。教国はどういうつもりなのでしょうか?」官僚の一人が、これまた覇気のない声で疑問を口にする。


「どうとは、どういうことだ?」ケニスはそのままの姿勢で答える。


「自らの陣営を増やしたいヒルメラーゼ共和国が賛成に回るのは、納得できずとも理解はできます。しかしベラルーシェ教国の狙いが分かりません。ニホンと他列強が潰し合うことを狙っているのだとすれば、あまりにも露骨すぎます」


「神より与えられし、高潔な血。それは金より貴く、愛より重い」  


「はい?」ケニスの独白に、官僚は間の抜けた声を返す。


「ベラルーシェ教の教えの一部だ。案外、帝国人にこれ以上、血を流させないためかもしれん」ケニスの声音は 冗談とも本気ともつかない。


「まさか」官僚は冗談を言ったのだろうと引きつりながらも、笑う。他の官僚もそれに続く。部屋に中には、乾いた笑い声だけが響いた。

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