国際会議リターンズ

アンゴラス帝国 帝都キャルツ 外務省 大臣執務室


 

 全体的に丸みをおびた建物は、およそ300年前のレンブラント様式全盛の時代に建てられたものだ。当時は美しかっただろうそれも、あちこちがたがきている。巨大さの割に、使われている部屋が少ないことも寂れているように見える要因の一つだろう。


 それもそのはず。鎖国中のアンゴラス帝国において、外務省の仕事はないに等しい。大臣のケニスも御前会議にすら呼ばれることなく、仕事といえば数年に一度の国際会議に出席するくらいだ。


「今日もつまらんなぁ」名ばかりもはいえ『大臣』という職を得ながら、昼間から他の貴族と鉢合わせすると外聞が悪いので一応執務室にはいるが、仕事の内容は本を読むか、新聞を読むくらいのもだ。できるだけ時間をかけて。


 羽根型の栞しおりをはさみ、紅茶に手を伸ばすと軽いノックの音が聞こえた。


「入りたまえ」


「大臣閣下、お手紙が届いております」100年以上変わらない制服を着崩した役人がそこにはいた。まったく、大臣の前だというのに、こんなだらしない格好をするとは。あらゆる機関の左遷先となっているここには、ろくな人材が揃っていない。  


「それでは。失礼しました」役人は封筒を置くと、足早に部屋から出て行く。どうせ、また賭け事でもしているのだろう。視線を閉じた扉から机の上に戻す。


 無造作に置かれた封筒には見覚えがあった。四年に一回ベラルーシェ共和国から届くものだ。しかしまだ前回の会議から二年と経っておらず、それが届くには早すぎるはずだ。


 ペーパーナイフで封を切ると、紙が一枚入っていた。香が染みており、艶やかな薫りが広がる。だが、そんなものが吹っ飛ぶような内容がその紙には書いてあった。


『列強四国会議の臨時開催について』


 魔導対戦より早300年。それ以来、我々は平和を愛し、また愛されてきた。しかし今、世界の安定と均衡を破壊しかねない異常事態が発生している。それに対して、国家の枠組みを超えた大規模で速やかな対処が…  


一度、頭を整理するために手紙を机に置く。異常事態とは


我が国を名指ししているに違いない。


「帝城に向かうか」非常に厄介な案件ではあるがもしかすれば権力の拡大を目指せるかもしれないと、ケニスは心の中で算盤を弾く。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

ヒルメラーゼ共和国 


 ガラス張りの波打つような壁を持ったそのビルは、花の一本まで計算され尽くした庭と完全に調和していた。決して高くこそないが、その洗練されたデザインは、共和国の建築技術と優雅さを象徴している。共和国、大統領府である。そしてこの建物の一室に、難しい顔をしている男たちが並んでいた。


「大統領、国際会議の非定例開催が決まりました」非定例開催は、連邦と本格的な戦争になりかけたブソオミン人民共和国危機が起こった年に一度開かれた限りで、それ以外の例はない。


「やはり、ニホンについてのことですか」いかにも紳士といった風貌の大統領は、当然として予想できることを口にする。


「おそらく」外務相は頷く。


「ニホンについて、調査は進展は?」


「ニホンで販売されている技術書の持ち込みに成功し、各大学や研究所に回しております。研究者によると、ニホンの科学力は我が国を上回るものの、決して追いつけぬというほどではないとのことです。いくつかの機械の複製や、既製品の改良による能力向上にも成功しており、成果は順調に上がっています。計算機関連の技術に関してのみは、差は大きいそうですが。詳細は27ページに」大統領が書類を捲ると、本の表紙のカラー写真があった。隣にはタイトルのヒルメラーゼ語訳、内容、そしてどのようにその内容が応用可能かが書いてある。文系一筋の大統領でも、その内容が貴重なものであることはなんとなく分かった。 


「こんな重要ながダダ漏れとは、ニホンには防諜という概念がないのでしょうかね?」


「周囲は文明度の低い民族と、魔法絶対主義のアンゴラス帝国です。彼らがそれを手に入れても、応用どころか、まともに理解することすらできないでしょう。気を抜くのも当然かと」


「それもそうですね」


「それにしても、ニホンも資本主義国家だそうじゃないですか。連邦に対して優位に立つためにも、なんとかして、こちら側に引き込めないものですか?」大統領は厄介な仮想敵国を思い浮かべる。


「それは現段階では不可能です。国際的には、ニホンは帝国の植民地ということになっておりますので」国防相はすかさず否定する。


「今回の会議で統治放棄決議が出れば、可能性はあるかと」そこに割り込むのは外務相だ。職域が被ることもあり、基本的に二人は仲が悪い。


「流石にそれは出ないでしょう」


「分かりませんよ?」


「まぁまぁ。もうこんな時間ですし、喉も渇きました。そろそろティータイムにでもしましょう」大統領は紳士的な睨み合いを諌めると、席を立ち備え付けのキッチンに向かう。


「外で給仕が待機しておりますが…」


「実は、美味い紅茶を淹れることには自身があるんです。大統領なんて、重々しい肩書きがついてからは、自慢の腕を披露する機会に巡まれませんでしたけどね。あら、コップが足りませんね」


 大統領が用意してくれた茶の味は大変美味しかった。だが、プラスチックのコップを渡された国防相と外務相は苦い表情を浮かべていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


コングラー連邦


 爆破解体されたベラルーシェ神教の大聖堂跡に建てられたこの人民大宮殿は415mの高さを誇り、首都のどこからでもその威容を見ることができる。ウエディングケーキのように積み重なった構造物の先端には初代指導者の像が鎮座しており、国民を睥睨していた。


 ケーキの一番高い段は議場となっており、連邦最高会議の面々が集まっている。しかし白熱した議論が交わされるということはなく、お通夜のように静まり返っている。余計なことを言えば強化所送りにされるからだ。しかし言うべきことを言わなければ、同じく強化所送りにされるので外部人民委員モルトフはおずおずと手を挙げる。


「同志書記長。発言の許可を」


「許可する」何百人、何千人という政敵を排することを命令してきた声は、聞くだけで全身に寒気と震えをもたらす。


「ありがとうございます。ベラルーシェが国際会議の臨時開催を持ちかけてきました。部下に分析させた結果、ニホンに関する案件の可能性が高いとのことです」間違っていても私の責任ではないことを暗に強調する。


「アンゴラス帝国の植民地になるはずの地域だったな。実際彼らはどの程度の力を持っているのだ?」


「技術体系は我々やベラルーシェではなく、共和国に似ております。科学と技術につきましては、共和国と同程度ないしそれ以上と見積もっております。


「共和国以上か。過大評価すぎるのではないか?」身の安全のため、同程度ないしと付けたのに、その部分は聞いてもらえなかったらしい。


「ニホンに潜入できたスパイは数が多いわけではなく、まだ正確な全体像を掴むことはできておりません。しかし一番の問題は、社会制度も共和国と同じく資本主義である点です」モルトフはさり気なく議論の主題を挿げ替える。


「共和国と拮抗している今、ニホン、そしてアンゴラス帝国が資本主義陣営に加わるのは良くない。ニホンには予定通り、帝国の植民地であってほしいものだ」ありがたいことに書記長はそれに気づかず乗ってくれる。


「しかし帝国とニホンとの戦争は、ニホンの優勢であり帝国の敗北も時間の問題です。完全に勝敗がつく頃には、流石に日和見主義の共和国もニホンに接近するに違いありません。それに加え、戦争の終わり方次第で、帝国とその植民地まで資本主義陣営となる可能性もあります」いつもは紙のめくる音すら目立つ議場にざわめきが広がる。それほどまでに、衝撃が大きかった。


「ならば、どうするべきだと?」


「現在、官僚に対策を…」


「君の意見を聞いているのだ。それとも、君は部下の意見を私に伝えるだけの通信装置かね?」


『しまったーーー!!!』と大声で叫びたくなるのをなんとか堪える。最高人民会議で自分の意見を述べるなどコングラールーレット(リボルバに一発だけ銃弾を詰めて引き金を引くという度胸試し)そのものだ。しかし何もしなければ、待つのは死だ。     


 取り敢えず、何かを話さなければ。流し目で読んできた資料を、頭をフル回転させて思い出す。こんなことなら、しっかり読み込んでくるべきだった。


「これから、起こりゆるシナリオは二つあります。今回の国際会議で統治放棄決議が出る場合と、出ない場合です」なにを当たり前のことを言ってるんだと、自分でも思うが勢いで乗り切るしかない。


「続けたまえ」


「しかしいずれの場合にも、ほぼ同じ結末を迎えるでしょう。もう帝国がニホンに勝利する見込みはありません。統治放棄決議が出なければ、時間こそかかるにせよ帝国は崩壊していきます。そうなれば、ニホンは独立を果たします」


 同志書記長も、他の議員も真剣な眼差しをこちらに向ける。誰も私が微かにしか残っていない資料の記憶と思いつきで話しているなんて思いもしないだろう。


「反対に帝国の失陥地域に対して統治放棄処理がなされれば、その地域は名実ともに帝国の手を離れ、その所管は列強四会議に移ります。しかしヒルメラーゼ共和国が同じ資本主義国、それも自分達より技術力の勝る国を攻撃するとは考えられません。我々も共和国と力が拮抗している今、ニホンと戦う余裕はありません。教国も静観を保つなら、事実上、ニホンは独立国として振る舞えることでしょう。いえ、ヒルメラーゼが何らかの対価と引き換えに、国家承認をすることすらあり得ます。繰り返すようですが、ヒルメラーゼ共和国と力が均衡している今、強力な資本主義国家の出現は、それを崩しかねません」自身の心臓の鼓動が聞こえる。膝も震え、立ってるのがやっとの状態だ。それでも、私は生き残るために口を動かす。


「それで、結局どうするべきだと言うのだ?結論を言いたまえ!」ある同志議員は私から目を逸らし、ある同士議員は憐憫のこもった目を向ける。死んだと思われているのだろう。だが、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。


「来たるべき戦争に備えて、楔を打っておくべきかと。それもニホンとなるべく敵対しない形で。名前は覚えておりませんが、ニホンと距離が近いながら、ニホンとの国交は有しておらず、帝国による生態系の破壊も進んでいない国がありました。そこを要塞化し、睨みを利かせるべきかと」


「よろしい。採決に移る。統治放棄決議が出た場合、その地域の占領に賛成の者は挙手を」最初の一瞬は、誰も手を挙げなかったが、同志書記長が挙手したことを確認すると、慌てて全員が手を挙げた。この前は、フェイントに引っ掛かり、教化所送りになった党員もいた。


「全会一致で、賛成多数とする」議場から拍手が鳴り響く。コングラールーレットは六分の一の確率で死ぬが、このルーレットはそんな生易しいものではない。安堵の息も吐けぬまま、議題は次へと移っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る