夢とヘリコプター
アンゴラス帝国 自衛隊デザイル駐屯地 航空隊棟
今日の昼食は唐揚げだ。といっても盛り合わせのキャベツの量の方が多い。知った顔が多い食堂で、一人で黙々と食事をしている者は俺くらいだ。いつも向かいに座る相棒は、今日も席を外していた。
最近、足立のことが心配でならない。普段から陽気なやつではなかったが、明らかに塞ぎ込むことが多くなっていた。しっかり食事は摂れているのだろうか。
手短に食事を終えると購買で差し入れを買い、駐機場に向けて歩く。最近、足立はそこにいることが多くなった。この季節、寒いだろうに。
「足立…」あいつは心ここにあらずというふうに、壁にもたれて、ぼんやりヘリを眺めていた。
「最近、寝れてるか?」なんて声をかけようか、ずっと考えてはいたが、出てきた言葉はありきたりなものだ。
「はい」相棒は冷たい、どこか無機質な声で返す。だがそういう足立の顔には、隈ができている。
「差し入れだ。甘い物好きだったろ」
「ありがとうございます」足立は受け取った紙袋に目を落とすことすらしない。
「大丈夫か?」
「何がですか?」
「仕事だ」
一瞬、足立は図星を突かれたように息を呑んだが、すぐに動揺は消え去る。
「もう慣れました」
「そうか」
会話はそれで終わる。なんて声をかければよかったのだろう。何を話せばよかったのだろう。いや、言葉で彼の心を救うことなど、できないのかもしれない。
静寂を打ち消すような警報が、格納庫に響く。
「出撃だ。行けるか?」そう言わなければならないことに、罪悪感を覚える。
「はい」相棒は答える。外の吹雪よりも冷たい声で。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
おびただしい数の敵が群がっている。
彼らは死を恐れるどころか、仲間の屍を踏み越えて行進を続ける。
何が彼らをそうさせるのだろう。
いや、何も考えるな。
ただ機械のようにあればいい。
ガンパレットの照準を合わせ、ボタンを押す。
簡単な作業だ。
ひたすらそれを繰り返す。
ひたすら、ひたすら。ただ機械のように。感情を殺しながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
任務が終わると夕方になっていた。就寝まで自由時間だ。格納庫は整備班に占領されているので、寝るまで自室で過ごす。
そういえば、機長から差し入れを貰ったな。食欲はないが、食べなければ失礼だろう。それに、そろそろ食事を摂らなければ体ももたない。
クッキーをつまみ、口に運ぶ。どれだけ咀嚼しても、喉を通ってくれる気配がない。仕方がないので水で押し流す。もう一つ、喉に押し込んだところで胃から熱いものが込み上がってくる。外に出すまいと、急いで口に手を当てるが無駄な努力だった。部屋に酸っぱい臭いが広がる。
「はぁ、はぁ…」しばらく体を丸めたまま、動くことができなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なるほど、PTSDですね」このままでは周りに迷惑がかかると、医務室に行くことにした。そして今、それをひどく後悔している。
「どうすればいいのでしょう?」医官がなにを言うか知ってはいるが、縋るように聞く。
「一度日本に帰って、療養を行った方がよいでしょう。上官には私から話しておきます」
「他の隊員が頑張ってるのに、自分だけ休むことなんてできません!」ヘリに乗るために多くのものを犠牲にして、訓練でも座学でも優秀な成績を残してきたのだ。とてもじゃないが、受け入れられない。しかし軍医は慣れているのか、動じる素振りすら見せない。
「あなただけじゃないですよ。私だけでも、二桁はPTSDと診断してきました。この戦争を通じては、もう4桁に達するかもしれません」
「俺なら大丈夫です!」
「だめです。傷は浅いうちに対処しないと、本当に取り返しがつかなくなります」
一度、航空隊から外されたら、もう一度ヘリに乗るのは難しいだろう。ヘリに乗れなくなった時点で、もう俺にとっては取り返しがつかないのだ。
「楽になる薬を出しておきます。次の輸送船が来るまで安静にしておいてください」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
同駐屯地 普通科棟
「交代…ですか?」黒川は不思議そうにキョトンとした顔を浮かべる。
「ああ、次の便で俺達は一時帰国できるらしい。休暇は一ヶ月。今のうちに予定を立てておいてもいいだろう」母親には大心配をかけたことだし、俺は久しぶりに実家に顔を出そう。
「こんなときに、休暇なんてとって大丈夫なんですかね?」
「このまま、いつまでもぶっ通しで戦うわけにはいかんからな。物資も十分備蓄できたようだし、いい頃合いだ」建ち並ぶ倉庫には、既に先のものと同程度の攻勢が5回来てもしのげるほどの弾薬が溜め込まれていた。
「まだ、全然大丈夫ですよ?」
「誰もが、お前みたいな鋼の体とメンタルを持ってるわけじゃないぞ」
「それは女子に言ったらだめなセリフです」
「女子って年じゃないだ…」
「久しぶりに徒手格闘の稽古、つけてもらえませんか?」黒川は獲物を睨む蛇のように俺を見つめる。拳をパキパキ鳴らしながら。
「今日までに提出しなければいけない書類が溜まっていてな。またの機会にしよう」俺は踵を返して逃げる。後ろは決して振り返らずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます