空飛ぶ船と奴隷

アンゴラス帝国 デザイル上空




 九機の攻撃ヘリと一機の観測ヘリから成る編隊は、雪まじりの空を進む。それはデザイルに配備された全ての航空戦力だ。  


「10機がまとめて出動とは珍しい」話をしながらでも、操縦桿を握る手は、滑らかで淀みない。


「今回の敵は密集していますからね。一機では足りないんでしょう」機長は射撃手、足立の声がいつもより生気がないことに気づく。


「どうした?」


「いえ、いつも撃つのはゴーレムばかりで、生身の人間を撃つのは初めてなもので。それに輸送に携わっているのは、髪の色からして帝国人じゃなく奴隷らしいですし…」


「操縦士の俺が言うのも変な話だが、結局は誰を殺して誰を救うかだ。八丈島を思い出せ。奴らを殺さなければ、次に虐殺される国民の数は何千では済まないだろう。割り切れないのは分かるがな」まだ納得してなさそうな足立に向かって、機長は続ける。


「それに我々が撃つべきは、奴隷でなくて、後ろで統率している軍人だ。無辜の奴隷達ではない。所詮、戦争に正しさなんてない以上、自分をどう納得させるかだ」


「です…よね…」


 ヘリは前もまともに見えぬ中、進み続ける。雪がガラスに叩きつけられ、またどこかに飛んでいった。 


ーーーーーーーーーーーーーーー


アンゴラス帝国 防衛線と帝都の中間付近


「もたもたするな!さっさと歩け!」


「無理です!足がもう…ギャーーーー!」


 後ろを歩いていた兵士が、杖で痩せた男を殴打する。背中にはくっきりとした青アザができていた。


「どうだ、これでも歩けんか?」


「ヒィーーー」男は慌てて立ち上がろうとするが、気力で体力を補うことはできないようで、頭から地面に転んでしまう。


「歩くこともできんやつはいらん!」兵士は杖を男に向ける。男は目を恐怖で見開く。


「待ってください。嘘です。歩けます、歩けますから…イャーーーー」メラメラと燃える火の玉が、男の顔面に放たれる。男は激しくのたうち回っていたが、少しすると動かなくなった。


「ぼさっとするな!さっさと、こいつの荷物を移動させろ!」運悪く、死んだ男の近くにいた奴隷達は、男の引っ張っていた荷車から、木箱を持ち上げ、自分の荷車に置く。木箱は小さいものから減っていった。


「くそっ、また増えるのかよ」


「死んでまで迷惑かけるなっての」


 俺はその様子を見ながら、拳を握り握りしめる。腕がプルプルと震えるが、隣を歩く女性に手の甲を撫でられると、それは一旦落ち着いた。


「帝国の奴らめ。人をなんだと思ってやがんだ!」俺は帝国兵に聞こえぬように小声で言う。


「あいつらも、あいつらだ!人が死んだってのに、なんとも思わねぇのか!」少しヒートアップしてくると、唇に人差し指を当てられる。


「私だって、同じ気持ちよ。でも、ここで殴りかかっても同じ。もう少し賢くならなきゃ。」 


「じゃぁ、我慢しろってのか?」レオナはちょっとやそっとで、帝国に従順になるようなやつじゃないと思っていたばっかりに、少しショックだ。


「やり方を変えるのよ」彼女は魅惑的な紅い唇を伸ばし、悪魔のような笑みを浮かべる。 


「例えばここに生えてる草、ユグドラシルと似てるけど、帝国人にとっては毒になるの。弱い毒だけどね。闘技場に売り飛ばされる前は農業奴隷だったから、ちょっと詳しいのよ。まぁ、売り飛ばされる原因は私が主人をちょいとやっちゃって、一家が離散したからなんだけどね」ニコッと笑って、とぼけたように舌を出す。仕草だけを見れば、正直、可愛かった。でもなぜか、少し悔しい気持ちになった。


「それを俺達が運んでる荷物の中に紛れ込ませたってわけか?」


「まぁね」レオナは誇らしげに言う。


「もたもたするな、進め!」


 軍人の合図で、一行はまた進み始める。


「あんたが余計なことするから止まってたんでしょうに」


 雪は膝まで積もっており、荷車はなかなか進まない。まともな防寒具など与えられるはずはなく、凍てついた空気が肌を刺すようで痛い。たが、二人とも闘技場あがりということもあり、他の奴隷より体力はあるし、栄養状態もいい。なんなら手ぶらの帝国軍人のほうが、息を切らしているくらいだ。   


『ドスンッ』と音がする。何かと思えば上から雪の塊が落ちてきたのだ。いつも悪趣味なほどどぎついピンク色をした木々は、今ばかりは白で塗られている。白で覆われた空の隙間から、なにかが見えた気がした。


「鳥か?」


 呟くとそれを否定するかのように、今まで聞いたことがない音がした。太鼓のように一定の拍子を刻むように。それに合わせて、木々の枝が踊るように揺れ、至るところで雪が落ち始めた。


 枝の隙間から現れたのは、回る羽根を持った巨大なモノ。その割には細く、蛇が鎌首をもたげているように思える。


「なんだあれは!」帝国兵がそう叫ぶと同時にそれは光を放つ。火の玉などと比べようがない力に、帝国兵は文字通り粉微塵になった。


「逃げるぞ!」俺は声を張り上げると、奴隷達は決壊した川から水が溢れるように、またたく間に逃げていく。


「待て、お前ら!」そう言う兵士も、先の兵士と同じ末路を辿る。もう、奴隷達を押しとどめることができる者はいなかった。

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