届かぬ物資
アンゴラス帝国 中央防衛戦 司令部
部下が魔信でやり取りをしている。表情から、その報せがいいものではないことが見て取れた。
「タラシア橋守備隊より入電、輸送ゴーレムが攻撃を受けたもようです」
「被害は?」
「まだ、把握しきれていないとのことです。基地とその周辺のゴーレムには被害はないものの、かなり大きい様子です」
「間に合わなかったか。」私は悔しさのあまり、思わず机を叩く。人の上に立つ者として、部下に焦燥を見せてはならんというのに。
「司令…」
「どうするか…」物資が届かなければ、兵力を縮小するしかない。だが、それでは敵の思うつぼだ。兵器の質を数でカバーしている状況で、それはあまりに致命的すぎる。
輸送ゴーレムの増援を頼めれば楽だが、使える民間の運送会社は限界までこき使ってしまっており、残りは貴族への献金で軍への協力を免除されている。貴族が自家用ゴーレムを出すわけないのは、言及するまでもない。
そこで私は、自身が一つの輸送手段にこだわっていることに気付く。
ゴーレムは確かに素晴らしい輸送手段だ。足こそ遅いものの、百人の人間で運びきれないほどの荷物を運搬することができる。だが、200人の人間がいればゴーレムの輸送能力を超えることができるのだ。
「そうだ、それがいい」
「はい?」一人で悩んで一人で満足する私に、周囲は奇妙な物を見るような目を向けた。
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アンゴラス帝国 帝城
御前会議が開催されるのは、帝城を構成する巨塔のうち最大のものであるミラージュの塔。窓からは街に落ちた巨塔の影が、日時計のように見える。
「…よって、輸送用ゴーレムの供出をまだ行っていない運送業者に関して、供出をご命令して頂きたく」同僚であり、友人であり、軍務大臣のデクスターは皇帝に跪く。しかしデクスターも、私もその答えは知っている。
「それはできん。これ以上の供出は、国民の生活に悪影響が出かねない」皇帝バイルの発言に、リジーはよく言うものだと心の内で思う。どこからいくらの金が流れているかは、一バール単位で分かっている。
「そもそも、ゴーレムの損失はあんた達の責任でしょう?自分たちの尻くらい自分で拭きなさいよ」魔導省のアイルが騒ぐが、いつものことだ。デクスターは無視して続ける。
「それの代替案として、前線指揮官は奴隷の徴発を求めております」
「奴隷か」バイルは腕を組み、逡巡する。私とデクスターにはその頭の中が見て取れた。
奴隷商自体は貴族と結びつきは強いが、売却先となる農場や炭鉱は、よほど大規模な物を除き貴族への献金を行っていない。徴発を阻止することは、皇帝の利益にはなり得ないのだ。
「経済への影響を考え帝室、貴族、そして帝国指定奴隷商の保有している奴隷は除くが、それ以外の奴隷を徴発する権限を与えよう」
「ありがとうございます」デクスターも私と同様に、なにが経済への影響だと心の中で毒づいていることだろう。さて、次は私の番だ。
「よろしいでしょうか?」私が言うと、バイルは不満げな目線を返す。バイルの次の予定、ハンガール公爵の主催するパーティーに遅れないか心配しているのだろう。
「どうした、リジー内務大臣?」
「臣民だけに奴隷を供出させたとなると、帝室の威厳に傷がつきかねません。国民へのポーズ程度で構いませんので、闘技場や、帝政府からも数人、奴隷を出すべきかと」
「構わん。許可する」
「ありがとうございます」私は感極まったといったふうな声を出す。自分で言うのも何だが、気持ちが悪い。
「他に議題はないな。それでは、私は失礼する」バイルはローブを翻すと颯爽と議場を去る。知らなければ思わず見惚れてしまうような威厳のこもった立ち振る舞いの実は、ただ急いでいるだけだということを、アイル以外は知っていた。
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帝都キャルツ 貴族邸街
余計な会議のせいで事務仕事を消化できず、すっかりこんな時間になってしまった。明日も早くに出勤しなければならない。
魔灯が地面に反射し夜道を照らす。だがその明かりは夜を輝かすには儚く、街路樹は闇に沈んでいる。この時間に起きている者は少ないだろうが、毎日のように灯りがついている家が一つだけある。私はその家の門を潜ると、古びた玄関扉を開ける。
ドタドタドタと魔導生物の足音と聞き紛うような音が屋敷に響く。そして胸にそれとは対象的な、小さな衝撃が走った。
「おかえりなさーい」
「ただいま、アリシア。こんな時間まで起きててくれてたの?」アリシアは天使のような笑顔を浮かべて笑う。それを見るだけで明日の活力が湧いてくるが、学校で寝てしまったりしないのだろうか。まぁ、成績はいいし大丈夫なのだろう。
「おかえりなさいませ、リジー様」執事のエーブラハムが、臭いのきつい袋を括っていることに気付く。
「また、奴隷を壊したのかい?」アリシアはギクッとした表情を浮かべると、右を見て、左をみて、結局私を見た。
「だって、すぐ壊れるんだもん」
「しょうがないなぁ。次の休みに新しいのを買いに行こう」
「やったーー!!」
「あまり甘やかしすぎると、ためになりませんよ」エーブラハムの至極真当な忠告も、アリシアの可愛さの前には無力だ。
「いいじゃないか。いつも、一人ぼっちにさせてしまっているんだから」隣で苦笑いが聞こえた。
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アンゴラス帝国 デザイル自衛隊駐屯地
ラッパが鳴るより前に目が醒める。それは俺にとっては珍しいことだ。雪の日特有の凍てついた感触を肌に感じながら、カーテンを開ける。やはりというべきか、昨日まで黒かった廃街は白一色になっていた。大粒の雪は、音もなく降り続ける。遅ればせながらラッパの音が響いた。
「桜田航空隊長、おはようございます」部下はいつもと変わらぬ、元気の良い挨拶をする。歳を取るにつれ寒さに弱くなっている気がする身には、少し羨ましく思える。
「おはよう、とうとう降ってきたが一夜でここまで積もるのか」俺は早くも胸のあたりまで積もった雪に目を丸くする。雪は降り止む素振りは一向に見せない。
「さすがは、異世界というべきか」
「北海道じゃ、このくらい割と普通でしたよ」
「本当かよ!」そういや自分が宮崎出身で入隊までは雪とは無縁だったことを、今になって思い出す。
「敵の輸送状況について、なにか報告は上がってきてるか?」船を横付けさせればいいこちらと違って、帝国は雪の中を進んで防衛線まで物資を届けなければならない。その労苦は多大なものだろう。
「はい。ゴーレムは雪上も移動できるようで、それによる輸送は行われてはいるものの、ゴーレム自体が数を減らしたので激減しました。代わりに人力による輸送を試みているようです」
「人力?」俺は意味が分からず思わず、聞き返す。
「はい。リアカーを引っ張って」
「連中、とんでもないことやってやがるな」呆れると同時に感嘆した。そんなことしないで、前線の兵力を減らしてくれれば助かるのに。
「輸送要員の往復分の食料を考えると、そんなに多くの荷物を運べるわけではないだろうが…」
「念の為、絶っておくべきかと」俺は頷き、次に窓の外を見る。
「ヘリは出せるのか?」
「雪こそ降ってはいるものの、風はありませんので可能です」
「よし、司令に談判してこよう」
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