石人形と羽虫
日本国 東京 防衛省 統合幕僚監部
哨戒機からの情報は瞬時に伝達され、その二時間後には統合幕僚会議が開かれた。橋の一本や二本で大げさだと思う者はここにはいない。それがどんな影響を与えるかは目に見えているからだ。
「敵がずっと手をこまねいているわけがないということは分かっていたが、ここまで早いとは」航空幕僚長はソファーにもたれにもたれかけると、眉間に手を当て上を向く。
「しかしこっちの立場に置き換えると、戦車を沈めて橋にするようなものだろう。敵も切羽詰まっているはずだ」陸上幕僚長はそう言うが、せかせか動く手元に落ち着きは感じられない。
「だが、どうする。もう一度橋を破壊するか?精密誘導に対応したミサイルは試作品の生産が始まったばかりで量産体制は整っていない。対して敵の重装甲車両はかなり撃破したとはいえ数百が健在だ」戦争が始まってから弾薬不足に悩まされ続けている航空幕僚長が言う。
「これを見て欲しい」海上幕僚長は鞄から資料を取り出すと、テーブルを滑らせる。
「一部は順番待ちのせいか待機中だが、輸送用と思われる車両の大半は、既に橋を出発している。それに加えて、キャラバンは先頭を含めてまだ敵陣地に達していない。これを一気に叩けばある程度敵の行動を抑えられるはずだ」
「だが、どうやって攻撃するつもりだ?」航空幕僚長が言う。それができれば、わざわざ精密誘導が可能なミサイルをコピーする必要はなかったのだ。
「ヘリを使う」
「正気か?」陸上幕僚長は思わず、机を叩いて立ち上がる。
帝国の対空砲は見たくれこそ前近代のガトリング砲だが、射程10kmという化物だ。現に自衛隊のヘリも、何機か食われてしまっている。
「砲まみれの防衛陣地や橋の周辺と違って、道中には砲は確認できない。今を逃せばチャンスはもう来ないだろう」
「分かった」陸上幕僚長は苦肉の決断だといったふうに、首を重々しく縦に振る。
「では、作戦は実行ということでいいな」統合幕僚長がそう言うと、各々はそれに同意する。
「早速、総理に持っていくが今回は時間がない。事後報告になる恐れもあるが、作戦にかかってくれ」
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アンゴラス帝国 中央防衛戦
空からの攻撃から身を守るため地下に掘らせた司令部は、圧迫感こそあるものの、意外にも温かくそこまで不快ではない。魔信ももちろん運び込まれ、通信士が連絡を取り合っていた。
「司令、タラシア橋守備隊より魔信です。輸送橋の修復により、物資の輸送を再開。一日以内に到着する予定だそうです」
「そうか、良かった」そう、口に出すと私は周りを見渡す。ゴーレムを沈めることに反対していた者も、安堵の表情をしていた。他人の失敗を喜ぶような者が、司令部にいないことと合わせて、私も胸をなでおろす。
「司令部要員だけでなく、末端の兵まで物資について不安がっております。物資輸送の再開を各隊に報せても?」
「ああ、構わん」
「ありがとうございます」そう言って通信士が魔信を操作し始めたところで、折り悪く連絡が入る。
「司令!第八臨時龍基地より入電、敵の竜が飛来したようです」
「またか」毎日現れる白い竜。魔導砲の射程距離外を飛行されるためこちらからは何もできない。攻撃を仕掛けてくるわけではないので日常茶飯事となってしまっている。だが、ちょっと待て。
「竜基地からだと!」
「はい、間違えありません」
報告書で読んだが竜基地はニホンの攻撃により、全ての竜を失ったはずだ。今は竜基地とは名ばかりで、少数の警備隊くらいしか残っていない。
「中央防衛戦の他の区域から、当該の報告はあがっていないな」
「はい」
ならば、敵は防衛線を大きく迂回して、後ろに回ってきたことになる。あいも変わらず凄まじい航続距離だ。
「今回は10機編隊のようです。いつもの白い竜ではなく、回る羽根を頭につけたものだと言っておりました」
そう言われて私は思い出す。デザイルで数多のゴーレムを屠った存在を。
「ゴーレムが危ない!」
「はい?」通信士が呆けたような声をあげるが、事情を話している暇はない。
「輸送隊に通じる魔信はあるか?」
「魔信ですか?ええと…輸送は民間に委託しているので、おそらくないと思いますが…」
「ならばタラシア橋守備隊に連絡だ。ゴーレムの出発を取り止め、可能な限り呼び戻させろ!」
「はっ、はい!」
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空は吸い込まれるかと思うくらい高く、雲は自由を謳歌するかのように流れてゆく。それは、自由の無くなった僕には嫌味にしか思えない。そんなことを悶々と考えていると、それを打ち消す様に後ろから騒がしい音が聞こえた。
「おい、坊主!飯の時間だ!」開けっ放されたゴーレムの扉から遠慮なく入ってくるのは、よく日焼けした中年の軍人だ。
「どうした、坊主?しけた顔して」なぜこの人はこんなにも僕に絡んでくるのだろう?
「いえ、何も」わざと素っ気なく答えると、軍人は困ったように頭を掻く。
「ったく、ガキはガキらしくしてりゃいいんだよ!」それは、今の僕には難しいことだった。親に捨てられた、ということを受け入れてから、心にポッカリと穴が開いたようなのだ。
「ほら、食え!」甘い匂いが狭いゴーレムの中を満たす。無味無臭の軍用食でないことは明らかだ。
「これは?」
「購買で買ったやつだ。軍用食ばかりじゃ飽きるだろ。ったく、坊主の会社も軍の委託先だからって、食事までゴミみたいなやつに合わせる理由はないだろうによ」そう言うと、おじさんは食べ物を僕の口の中に入れる。軍用食に慣れてきたためか、その美味しさは今まで食べたどの食べ物と比べても別格だった。あっという間にそれを平らげてしまう。
「俺は、お前ほど苦しい人生を送ってきたわけじゃねぇからわかんねぇが、生きてりゃそのうちいいことも…おい、どうした!」
「いえ、なんにもありません」というものの、嗚咽混じりの声では説得力はない。
「なんか、ヒデェこと言っちまったか?」
「その逆です」軍人はハンカチで涙を拭ってくれる。ハンカチは若干黄ばんではいたが、嬉しかった。
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基地を出発して、列をなすゴーレムの一員に加わった。ひしめきあうゴーレムに動く気配はない。この調子では、帰るのはいつになるのか分からない。
帝都を出発して、もう10日。社員寮は決して居心地が良くはなかったが、いい加減、まともなベッドが欲しかった。
暇潰しのため、また空を眺めていると、空に黒い粒が浮かんでいることに気がついた。
ハンカチで拭かれたとき、ゴミが目に入ったのかな?
そう思っていると黒い粒はみるみる大きくなり、ゴーレムにぶつかった。
ものすごい音が響き、ゴーレムは欠片を撒き散らして砕け散る。
「あのやろぉ!」軍人は杖を空へと向けて炎の玉を撃ち出す。けれど次の瞬間、光の線のようなものが降り注ぎ、軍人は穴だらけになって地面に倒れる。その全てから這い出るミミズのように血が吹き出すのが見えた。
それからもゴーレムは次々と爆発し、もう残っているものの方が少ない。そして、ひたすら自分が殺される順番を待つ。そしてとうとう、何かが自分の方に向かってくるのが見えた。
「ほんと、僕って何の為に生まれてきたんだろう」
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