ランベルトの憂鬱

ゴーレム車から降りると待機していた士官に案内され、陣地の中へと入る。しかし辿り着いたのは瓦礫の山だった。


「な・ん・だ・こ・れ・は」私が二の句を告げないでいると、士官が恐々としながら口を開く。


「中央防衛線総司令部…跡です」


「それで、今の司令部はどこにある?」なぜ、わざわざこの士官はこんな所に案内したのだ。今の司令部に挨拶しに行かねばならないことくらい分かるだろうに。


「上層部も纏めて吹き飛んだため、現在は存在しません」


「存在しないだと!」私は思わず声を荒らげてしまう。敵の攻撃からもう7日は経っているはずだ。なのに再編も、立て直しもせずに何をしているのだ。


「はい。各管区の司令部も消し飛んだようです。現在、各部隊がそれぞれの指揮をとっております」士官の言葉に私は呆れ返る。軍隊の力の源は組織力だ。組織だった行動が出来ない軍隊など、暴徒以上の打撃力軍隊たりえない。


「指揮権の委譲はどうなっているんだ!」だがこんなときのために、軍では階級が細かく決められているのだ。それすら行わないで、なぜ二日もただただ私を待っていたのだろうか。


「今回は総司令が貴族出身で、移譲には貴族の立ち会いが必要でしたものでして…」 


 そこで私は思い出す。確かクーデターを抑えるための規則だったはずだ。よくこんな骨董品のような規則が残っているなと思ったものだが、律儀にこんなもの守ってる場合ではないだろうに。帝都どころか前線の士官まで官僚主義を貫き通すのかと頭が痛くなる。300年、大きな戦争をしてこなかが故の弊害かもしれない。もし司令部の破壊が敵の攻勢に合わせて行われていたらどうなっていただろう。連携が取れず、どこに敵が現れたか分からないまま突破され、帝都に乗り込まれていたかもしれない。


「それで司令部の全員が死んだのか?」


「いえ、野戦病院に数名おられますが、復帰は困難かと。お会いになられますか?」


「いや、いい」   


 そこで軍務大臣より差し入れられた大量の書物の中に、士官の名簿があったことを、思い出す。自分で選べということか。時間がないことだし、取り敢えずは階級順でいいだろう。呼び出してもらわねば。


「魔信はあるのか?」


「長距離用は司令部が攻撃を受けた時に破壊されてしまいましたが、中距離用で倉庫にいくつか…。着任の挨拶をされますか?」


 挨拶より他にやることがあるだろうと思ったが、指揮権の移乗が行われたことを表明しないと混乱がさらに広がるかもしれない。未知の恐怖に震える兵を安心させてやるのも指揮官の役目だ。たとえ気休め程度でも。 


「ああ、頼む。ついでに各部署から、士官学校出のベテランを数名ずつ呼び出して欲しい」


「了解しました!」


―――――――――――――――――――――――――――

 挨拶が終わると、適当に兵を集めて兵舎の一つを即席の司令部にさせた。と言っても、中距離用魔信の他に、机や椅子、そして地図が運び込まれたくらいだ。備え付けの二段ベッドも残っていて、一般の兵士の待遇の悪さが伺える。命を賭けて国のために働いている者に、まともな睡眠も用意できないとは。苛立ちを抑えるために3本目となる葉巻を燻らせていると、脆い建物が崩れるのではないかと思えるような足音が響く。


「将軍閣下、お待たせいたしました!」現れたのは先程、呼び出した士官だ。全身、汗でぐっしょり濡れている。酒の臭いのする者も混ざっているのが気になるが、優先すべきはそれを咎めることではない。


「魔信は聞いたな。新たに中央防衛戦司令を拝命したランベルトだ。宜しく頼む」


「私は…」


「各々の自己紹介の前に、一つ聞きたい。タラシア川の橋はいつ完成するのかね?兵站の担当者は…エミル・バルコルム大佐だな」エミルが口をパクパクしていると、副官らしき男が耳打ちする。自分の、それも一番大事な職務だろうに。


「3ヶ月後には完成する予定で…」


「3ヶ月だと!それまで、食料と燃料は持つのか!」


「なんとか、ギリギリ持つようです」


「司令部のように、倉庫も吹き飛ばされるかもしれんのだぞ!それでも本当に大丈夫なのだな!」


「いえ、あのそれは…」狼狽するエミルを無視して、私は車の中で練っていた策を口に出す。


「ゴーレムを橋にする」


「今、なんと?」


「意図が読み取れないのですが…」


「ゴーレムを川に沈めて、それを橋代わりにすればよい」


「お待ち下さい!ただでさえ、敵の猛攻で数が足りないというのに」ゴーレム師団の団長が言う。恐らく彼は自分の領分でしかものを考えられないのだろう。


「もう、冬は近い。今以上に身動きが取れなくなるぞ!」


「しかし!」


「代案があるなら、言い給え」私は参列者を端から端まで見渡す。何か言いたげだったが、結局誰も口を開くことはなかった。


「ないようだな。早速、実行に移してくれ」


ーーーーーーーーーーーーーーー


アンゴラス帝国 タラシア川上空  


 「そろそろ偵察ポイントか」その呟きは轟くエンジンにかき消された。俺は狭い機内に所狭しと並べられた撮影機材に手を伸ばす。そして異常がないことを確認し、ビデオカメラの電源をオンにする。


 最初こそ敵地上空ということで緊張したが、10回目となると良くも悪くも慣れが出る。いつも通り、写真を撮って後は帰るだけだ。モニターに映るのは冬だというのにピンクの葉を茂らせた森と、同じくピンクに侵食されつつあるあぜ道だ。道にゴーレムが列をなして歩いており、異世界に来たといつ実感がする。    


 そこで何かがおかしいことに気付く。


 なぜ、足止めされているはずのゴーレムが道を走ってるんだ?


 その答えは考える間もなく、向こうから姿を現した。黒いレンガで作られた巨大な橋。それが水車の横に鎮座していた。脇に停車していたゴーレムや、野ざらしだった物資も減っているように見えた。


「橋が復旧されています!」俺は驚きのあまり思わず叫ぶ。


 「なんだと、まだ10日しか経っていないはずだ!」


 木製の細い橋くらいならば、数日で作れるかもしれない。だが、カメラが映すのは煉瓦で造られた堅牢なそれだ。これならば、車両も往来できるだろう。現にゴーレムも走っていた。つまり、敵基地に補給が届いてしまうということだ。


「ロンドン橋が30年くらいかかったんだろ?そんなことができるのか?」


「ひょっとしたら、ゴーレムを重機代わりに使ったのしれません」戦闘用と輸送用があるのだから、建設用のゴーレムもあってもおかしくはないと、俺は適当な思いつきを口にする。しかしカメラを最高倍率に切り替えたところで、それは間違えだということが分かる。


「これ、もしかしてゴーレムじゃないですか?」


「やはり重機か?」


「いえ、四つん這いになったゴーレムが橋を作っています」


「はぁ?」

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