ある少女のゴーレム

「ご飯だよぉ」美味しそうな匂いが部屋の中に広がる。しかしそれを楽しめる雰囲気ではなかった。


「……。」


「……。」


「どうしたの、マリエルちゃん?なんだか一段と機嫌が悪い気がするな」


「なんでもない」


「そう?」サシャさんは不思議そうな表情をしながらも、パンとスープを私の口に放り込む。ペースが早くて、たまに喉に詰まらせそうになる。他の二人の食事も終わると、サシャさんは去り際に言う。


「ミアちゃん、この後ゴーレムに乗りに行くから準備しておいてね」


「はい!」と答えながら、別に準備することなんてないことに気づいた。


 よっこいしょと持ち上げられて、キュルキュル鳴る台車で運ばれていく。私は悪いと思いながらも、空気の張り詰めた部屋から逃げ出せることに安堵していた。軋んだ音を鳴らすエレベーターはまだ怖いが、最初ほどではない。そして前に注射されに行った建物の反対側、沢山のゴーレムが並んでいる場所に連れて行かれた。


「こんにちは、ミアちゃん」頭にタオルを巻いた筋肉隆々の男の人に呼ばれて、私は固まった。あんな腕で掴まれたら、ものの数秒でぺったんこになるだろう。


「アンソンさん。あんまり怖がらせてあげないで」


「おかしなこと言うな。この笑顔のどこに怖い要素があるってんだ」丈夫そうな白い歯は肉食獣のようで、私みたいなか弱い草食動物は瞬く間に食いちぎられるだろう。


「ガクガクブルブル」肉食獣、ちがった、アンソンさんは 困ったように頭を掻く。


「ほら、怖がってる」


『サシャさん、分かってるなら助けて』と心の中で願うが、この世は無情だ。


「じゃあ他の仕事もあるから、ミアちゃんをよろしくね」ガーンと心に謎の効果音が響いた気がした。


「あっ、おい。ったくしゃあねぇな」


「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は技師のアンソンってんだ。宜しくな」


「ミッミッミッ、ミアです!」私は肉食獣の機嫌を損ねないように瞬時に答える。


「よし!早速乗ってみるか」私は軽々と持ち上げられる。地面は遥か下だ。(170cmくらい)


「ヒィーーーーーッ」


「おい、暴れるなって!」私は唯一の可動部位である首をグルングルン回すが、そんなものが役に立つはずがない。


 肉食獣は私を抱えて、ゴーレムに立て掛けられた梯子を登り始める。これは、本当に暴れない方がいいかもしれない。仕切りのあるエレベーターとは違い、生身での高所は別格だ。落ちたらどれだけ痛いのだろうか。それとも痛みを感じる暇すらないのだろうか。


 そんな心配事をしている私を後目に、肉食獣(一応無害なことはなんとなく分かったし、そろそろアンソンさんと呼ぼうかな)はヒョイヒョイと梯子を登る。そしてレンガの壁に金属製の扉が表れた。アンソンさんは背負った私を片手で押さえながら(落ちないかすっごく怖い)器用に鍵を取り出して、鍵穴に挿し込む。扉は軋んだ音を立てながら、ひとりでに開いた。


「うぁわーーーー」


 操縦室からは外の様子が見えた。人がとても小さく見える。たが、操縦室に窓が付いているというわけではない。壁自体が光っているようだった。一体どうなっているのだろう。


「よっこらせ」そして私は操縦室の中央に鎮座する、立った棺のような物に押し込まれる。そしてアンソンさんは黙々と私の腕の金属部分に、棺から出た紐を繋げている。失敗したら爆発とかするのだろうか。大人しく黙っておこう。   


 退屈で街ゆく人を数えることにした。顔までは判別できないが、色とりどりの服を着ていることは遠目でも分かる。その数が千を超えたあたりでアンソンさんが話しかけてきた。


「これでよしっと。腕を動かしてみぃ」変なことを言う人だ。私に腕がないことは見れば分かるだろうに。心の中での呟きが漏れたかのように、アンソンさんは再び言う。


「いいから、やってみぃ!」


 ヒィィィと心の中で思いながらとりあえずやってみる。動かしたことがないのでよく分からないが、こんな感じかな?えいっ!


『ガガガガガ』とすごい音が狭い部屋に響く。これは大丈夫な音なのかな?と疑問に思っていると光り窓(いま命名)にゴーレムの腕が現れる。


「よくやったな!」アンソンさんに髪の毛をグチャグチャにされる。少し痛かったが、少し前まで抱いていた恐怖心は消えていた。  


「よーし、じゃあその辺一周してみぃ」


「はい」私が足を動かすたび、視界が揺れ、胴体胴体からだが前に進む。他の人にとっては当たり前のことかもしれないが、私にとってはそんなの初めてのことだ。思い通りに動くもう一つの身体を貰えたことが、私は嬉しかった。


 今日はもう終わりのようで、名残惜しかったがゴーレムとも明日までお別れだ。。紅い空と、腹の虫が時間の経過を報せる。いつの間にこんな時間が経ったのだろうか。


 下に降りると既にサシャさんと台車が待っていた。



「どうだった?」


「楽しかったです」


「アンソンさん怖くなかった?」


「怖かったです」


「おい!」


「でも、もう大丈夫になりました!」


「よかった」


 高揚感が冷めやまぬまま部屋に戻るとサシャさんだけでなく、レオンさんもベッドで寝ていた。腕と足はなかった。


「レオンさん…」


「ミアちゃん、いや、お帰りなさい」レオンさんはいつもと変わらぬ(知り合って2日目だが)人懐っこい笑顔を向ける。私はどのような顔を浮かべるべきなのか分からなかった。


 そしてご飯を食べると灯りが消され、真っ暗になる。今日は疲れた。すぐに寝られるだらう。できればゴーレムの夢が見られたらいいな。


 ……。


 ……。


 目が冷めた。何かいい夢を見ていた気がするが、内容は思い出せない。まだ朝ではないようで、視界は真っ暗だ。まぁいいや。もう一度寝よう、と目を閉じるとすすり泣く声が聞こえることに気が付いた。その声はとても小さかったが、家で階下の会話を盗み聞くために鍛え上げた耳は伊達ではない。私はしばらく眠っていたその能力をフル活用させた。


 嗚咽に混じってか細い声が聞こえる。それはレオンさんのものだった。


「ヒグッ!なんで、僕がこんな目に合わなきゃなんないんだ…」


「弟も妹も、産まれてこなかったらよかったんだ。だったら、ずっと一緒にいられたのに…」


「どうして僕だけ…」


 止めておけばよかった。そうすれば私は今頃、再び夢の中なのに。もう寝られそうになかった。

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