ある少女とゴーレム
アンゴラス帝国 とある農村
空は何処までも高く、鳥は大きな黒い羽を広げてどこまでも世界を旅する。私とは正反対だなと自嘲気味に笑う。何かすることが、この憂鬱を紛らわせるのだろうが、生憎私には何もすることはできない。なので目をつぶり、小さい頃に母が読んでくれたお伽噺を反芻する。私は小さい国のかわいいお姫様。ある日、城を抜け出して、行ってはならないと言われていた裏の森に入ってしまう。そこには小さな家があり、言葉を話すゴーレムと女の子が暮らしていて…。瞼の裏に鮮明な情景が広がる。川の流れる音、ゴーレムの駆動音、そして少女の笑い声が聞こえてくる。こうしているときだけ、全てを忘れられる私のただ一つの心の拠り所。だが、厳しい現実は私に味方をしてくれたときなんて一度もない。突然、頭に激痛が走り無理やり意識が現実に引き戻される。少女の笑い声は、私を嘲る嘲笑に変わっていた。首を回すと枕の横に落ちている小石が視界に入る。また石が部屋に投げ込まれる。今度はベッドの上に落ちる。悔しい、という気持ちを忘れたのはいつだろう。いや、そもそもそんなこと思ったことすらないのかもしれない。
「やーい、この化物!村から出ていけよ!」こんな風に生まれた私が悪いのだ。
「気持ち悪いんだよ!」そんなことは自分が一番分かってる。
「死ねよ、○○○○」私だって死にたい。腕さえあれば、首に包丁を突き刺し、足さえあれば崖から身を投げていただろう。だが、それすら私には過ぎた贅沢だ。私には腕も足もないのだから。
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「ほら、食べなさい」昼は母が仕事に出ているので、姉さんが食事を手伝ってくれる。メニューはいつも同じ。母が作り置きしてくれたポリッジだ。他の村人達はパンを食べれるが、村のオーブンが共用なのでうちは食べれない。姉がスプーンを差し出してくるが、私は口を開けない。私は決めたのだ。
「何やってるの!」こんな思いまでして、生きているのはもう嫌だ。私が取れる自死の方法は一つしかない。
「口を開けなさい!」私は固く唇を結ぶ。
「あんたが食べないと、怒られるのは私なのよ!呑気に寝ているだけなのに、私を困らせないで!」スプーンが無理矢理、喉の奥に押し込まれて思わずえづく。嘔吐感を鎮めようと大きく息をすると、そこへ水を流し込まれる。結局、32回目のハンガーストライキは5分と持たず失敗に終わった。
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日は傾き、空はオレンジ色に染まる。鳥の影が太陽に小さな点を作る。私はふと昔を想起する。姉が私を背負って、川の近くの花畑まで連れた淡い記憶だ。作ってもらった花冠が枯れたとき、大泣きしたことを思い出す。あの頃は、虐められそうになっても、姉が悪ガキを追い払ってくれたな。だが年が経つにつれ、姉は変わっていった。それも当然だ。村八分を受けている状況で、村人と縁談なんてできるはずがない。他の村の人は村八分など気にしないが、私の存在を知ると立ちどころに縁談が破断になる。介助の心配をしてだろう。こんな欠陥品がオマケで付いてきて、誰が喜ぶものか。
いつも通り、自己嫌悪と罪悪感に苛まれていると、ドアノッカーの音が響く。父と母が帰ってきたのだ。いつもよりかなり早い。どうしたのだろう、と不思議に思っていると二人の声に聞き覚えのない男の声が混じっていることに気がつく。人の寄り付かないこの家に、来客というのは滅多にない。せいぜい姉が婚約者を連れて来るときぐらいだ。私は気になって聞き耳を立てる。
「……………。」
「………………。」
うん、全く聞こえない。仕方がない。母がご飯を持って来てくれたときに聞こう、と考えたがその必要はなかった。
「お前に娘はやらん!」父の声が響く。やはり姉さんに婚約者ができたのだろうか。なんだか胸がワクワクしてきた。だけど、父がこんなに怒鳴るなんて珍しい。どんな相手を連れてきたのだろう、と思ってすぐ私が選択肢を著しく狭めていることに気付いて落胆する。
「これで元の関係に戻れればいいな」結婚ができたとして、今更姉さんとの溝が埋まらないことは知っている。だがいつか、再び笑い合える日が来るのではないか。そんな現実離れした期待、いや都合のいい妄想が頭に浮かぶ。だが、それは瞬時に打ち消されることとなる。ギシ、ギシ、ギシと下から古い木が軋む音が鳴ったのだ。その音は少しずつ近づいてくる。
えっ、もしかして姉さんの婚約者と挨拶をするの?どうしよう。待って、心の準備が…。しかし私がどれだけあたふたしても無情にも時間は止まってくれない。とうとうドアが高い音を上げて開く。
「ミア、ちょっといいか?大事な話がある」現れたのは父一人だけだった。父は戸惑う私を背中に背負うと、そのまま歩き始める。
「いつの間にか重くなったな」
「そんな!」私はがっくり項垂れる。
「いや、違う違う。大きくなったなということだ」父は慌てたように言い繕う。そういえば、父の声を聞いたのは久しぶりかもしれない。父は私の成長を喜んでいるつもりかもしれないが、体だけ大きくなっても仕方がない。
私はおぶられたまま、一階に連れて行かれると食卓の椅子に置かれる。向かいに座るのは、ベージュのスーツに黒い帽子と黒縁眼鏡を掛けた、姉さんには悪いが胡散臭い男だった。
「えっと、この方が姉さんの婚約者?」
「はっ?何あんた寝ぼけてんの?それともとうとう頭沸いた?」姉さんは切れたナイフのような口調で言う。どうやら違ったようだ。
「客人の前だぞ。止めなさい。」
「私が結婚できないのは、あんたのせいでしょう。もしかして、解って言ってる?」そんなわけない。姉さんには幸せになって欲しいのに。
「止めなさい」
「本当のことでしょ!こいつのせいで私の人生は全部滅茶苦茶!なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ!」
「止めろと言ってるだろ!」父の怒号が響く。姉さんは不機嫌そうに腕を組んでそっぽを向く。そんな姉さんを無視して、父は私の両肩を掴んだ。少し痛かった。
「ミア、お前に大事なことを決めて欲しい。本当はこんなことさせたくないんだが…」父は言葉を絞り出すように言う。
「お父さん、ミアももう子供じゃないんだから自分のことは自分で決めさせるべきよ」母の表情も真剣そうだ。こんな表情見たことがない。一体何が始まるというのだろう。
父は意を決したように口を開く。
「ミアにゴーレム車の御者にならないかという話が来てる」
「!!!!」ゴーレム車といえば、ゴーレムの車だ。えっと、何だ?
「どうせ他にできる仕事もないんだし、厄介払いもできてちょうどいいんじゃない?」
「お前は黙っていろ!」
私がポカンとしていると、父が説明をしてくれる。どうやら、ゴーレムに乗って人や荷物を運ぶらしい。手足をゴーレムに紐で繋ぐとかのくだりはよく分からなかったけど、どうやら私にもできる仕事みたいだ。
「私は…、なりたい」父がまだ説明を続けている途中だったが、私は言った。父の顔がみるみる青ざめていく。
「ミア、分かってるのか!一人で離れて暮らすことになるんだぞ!」父は大声で言う。だが、それが怒りからではないことは分かった。
「私だって、一人で暮らすのは寂しいよ。けど、これ以上皆に迷惑を掛けたくないの」それは私がずっと胸に秘めていた感情だ。ずっと何もできない役立たずのままは嫌だ。
「父さんは一度もミアが迷惑だなんて思ったことは…」
「いいじゃない。本人が決めたことよ」
「お前は寂しくないのか!」
「そりゃ寂しいわよ。でも、ミアの決断を尊重しようって話し合ったでしょ」父に意見することが少ない母が
「それはミアが断ると思って…」
「お父さんが思ってるほど、ミアはもう子供じゃないのよ」
「だが…」
「あたしも貴方も、いつまでも生きれるわけじゃないでしょう。そのとき、ミアはどうなるの?」あまりもの正論に、父は言葉を詰まらせる。そして反論が捻り出ないことを確認すると、母は優しい笑顔を私に向ける。
「いい、ミア。お父さんも、お母さんもあなたを疎ましく思ったことなんてない。生まれてきてくれただけで嬉しいの。どこに行くことになっても、それだけは忘れないで」
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