大攻勢、再び 3

「普通科部隊撤退の盾となって欲しい。」そう無線が入ったとき、車長は何も言わなかった。もう既に戦車砲弾は尽きており、使えるのは頼りない機銃だけだ。


「車長?」エンジンの回転音だけがしばしの間、狭い車内に反響したが、車長は腹を決めたように頷いた。


「やれって言われたらやるまでだ。隊員をこれ以上死なせるな、行け!」          


「了解!」そう言ったのは、俺ではなく操縦手だ。戦車がフルスロットルで丘の斜面を下る。丘から塹壕までそう距離はない。あっという間に、味方の籠もる塹壕の前に躍り出る。すかさず車体に濁流のような炎が押し寄せる。外から爆発音が響くが、さすがは戦車というべきか。損傷どころか衝撃一つない。車外カメラが映し出す光景を見ながら、12.7mm重機関銃で塹壕に取り付こうとしている突出した敵兵を次々となぎ倒す。すぐに友軍が退却を始めるのが見えた。敵の波に入ると戦車は44tの車体で押し寄せる兵士を踏み潰しながら、次々とミンチに変えていく。それに負けじと俺も機関銃を撃ち続ける。


 モニターに少し先を行く16式機動戦闘車が映った。戦闘車は徐々に失速し、やがて完全に止まってしまう。履帯を持たない16式機動戦闘車では死体の山を乗り越えられなかったのか、タイヤに敵の攻撃が命中したのか分からない。いずれにしても、身動きのとれない戦闘車に山のような影が近づいて来た。


「アイツを狙え!」車長が叫ぶ。少しでも注意をこちらに向けようと機関銃をゴーレムに向けてぶっ放すが、敵は見向きもしない。


 ゴーレムの巨大な拳が戦闘車に振り下ろされる。薄い上面装甲はそれに耐えられずひしゃげる。何度も、何度も振り下ろされていくうちに、どんどん拳が車体にめり込んでいく。そしてとうとう限界が来た。ハッチと砲塔から柱のような火が噴出する。一見、車体に大きな損傷は見られないが、中は地獄絵図になっているだろう。


「くっそぉぉぉ!」ゴーレムの表面に散っていた火花が止まる。俺が機関銃を撃つのを止めたのではない。弾が切れたのだ。


 俺は失意のまま、潜望鏡を前に戻す。ゴーレムがゆっくりと向かってきているのが見えた。その歩みは牛歩そのものだが、その巨大さと重量は本物だ。衝突すれば高機動戦闘車の二の舞ななりかねない。戦車は上手にゴーレムの間を縫いながら、歩兵を潰していく。車体の揺れが平坦な地面を走ってはいないことを教えていた。射撃を7.62mm機関銃に切り替えたところで、無線が話し始めた。


「普通科部隊の再配置が間もなく完了。戦闘中の部隊は後退せよ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ、はぁ、はぁ…。お前、速すぎるぞ!」隊長は前かがみになり、膝に手を当ててながら息を整える。一山越えたくらいで何を仰る?私は弾薬庫の頑強な鉄扉を潜って、疲労困憊な隊長に変わり弾薬を受け取る。小銃弾だけは前回の戦闘で消費されなかったから、まだ割と残っているのだろう。渡された箱はずっしり重かった。そして息も絶えだえな男達とともに駐屯地の周りに掘られた塹壕に身を隠した。ちょうどその時だった。ドゴォーーンと爆発音が響く。とうとう護衛艦による艦砲射撃が始まったのだ。それは頼もしいと同時に、もう後がないことを思い知らされた。


 敵の数はかなり減っただろう。もう当初の5分の1も残っていないはずだ。だが、敵が圧倒的に数的優位なのには変わりない。私はスコープで山を睨んで、敵が現れるのをじっと待つ。まず現れたのは友軍の戦車部隊だ。よく見ると車体が真っ赤に染まっていたが、ピンク色の塗装のおかげで血が目立たないことは不幸中の幸いだろうか。続いて、それを追うようにゴーレムと敵兵の群れが坂を怒涛のごとく駆け下りてきた。だが現れたそばから護衛艦の艦砲射撃により、みるみるゴーレムが減っていく。ゴーレムは糸の切れた人形のように倒れ、何人もの兵士を押しつぶす。だが敵兵は何事もないように前進を続ける。


「アメリカから見た旧日本軍ってこんな感じだったんでしょうかね」


「さあな」私の呟きに隊長は素っ気なく答える。敵が目の前に迫っては来ているが、小銃の射程距離にはまだ遠い。静寂が無駄に緊張感を浪費していく。何かをしないと落ち着かないので、私は再びスコープを覗くことにした。


異変が起きたのは敵との距離があと2kmほどになったときだ。鬼のような形相で突進を続ける敵の体から、具体的には腹から赤い塊が飛び出したのだ。そして兵士は膝から崩れ落ちた。


「えっ!」突然の出来事に、何が起きたか分からなかった。視野を大きくしてみると、敵の突撃は停止しており敵の殆どが死んでいるか、苦しそうに地面に這いつくばっているのが分かった。


「なんでしょうか…あれ…」


「俺が知るか!」隊長、なんか冷たいな。ゴーレムは艦砲射撃で全滅しており、もう丘には動く者はなかった。


 20分程、経った頃だと思う。無線が私達に様子を見てくるように言った。私は恐る恐る塹壕から顔を上げる。当たり前だが、炎が襲ってくるということはない。塹壕を登って、狭い穴から体が出ると、閉所恐怖症でもないのになぜか安心した。だが、そうでない者もいるようだ。


「なんで、俺達なんだよ!」後ろから憎々しげな声が聞こえる。


「千山、お前には辛いだろう。休んでるか?」そういえば、千山は『清掃作業』のとき、いつも体調を悪くしてたことを思い出す。最初の方は青ざめた表情ながらもしっかりやろうとはしていたが、途中で毎回気が悪くなり誰かが介抱しなくてはならないというのを繰り返していた。責任感はあるのだろうが、却って手間だった。


「いえっ、大丈夫です!」千山は元気よく、だが若干引きつった表情で言う。


「今回は何があるか分からん。介抱できんかもしれんぞ」


「大丈夫です」そういや飲み会のときも、千田は強がって呑んで吐いてたことを思い出す。


「分かった。行くぞ!」本当に大丈夫かな、という思いとともに私達は丘へと歩を進めた。


「ゴエッ!」隣で鳴き声が聞こえる。四つん這いの生き物がゲロゲロと鳴いている。だが、よく見てみるとそれは蛙にしては大きいことに気付く。さらに目を凝らすと、それは千田だということが分かる。


「そんな目で見んなよ!…ゴフッ!」千田はこちらに憎憎し気な目を向ける。普段から千田は何かと突っかかってくる。嫌われるようなことをした覚えはないんだけれどなぁ。


 丘の中腹は真っ赤に染まっていた。辺りに散らばる兵士たちの腹にはぽっかりと穴が空いていて、そこから内臓が顔を出している。そしてそこらかしこに赤い塊が落ちていた。遠目に内臓だと思っていた塊には、既視感があった。


 その塊はピョコピョコ跳ねながら、こちらに向かって来てて、足にぶつかる。何回も、何回も。この生き物?は、大きさこそ違えぞゴーレムの中に入っていたスライムに瓜二つだった。私はブーツでそれを力いっぱい踏み潰す。


「グチャッ!」と嫌な音を立てて、それは赤い体液を撒き散らして破裂した。その拍子にスライムの目玉が吹き飛んだ。


「ウギャッ!」千田が声を上げる。見れば千田の額に3個目の目が増えていた。千田は慌ててそれを払いのけが、ネバネバした粘液はしばらく取れないだろう。 


「黒川!お前、わざとやりやがったな!」


「んなわけないでしょ。どんだけ私、コントロールいいんだよ!」さっきの憔悴しきった様子もどこへやら。千田は元気良く私に文句を言ってくる。


「お前ら、いい加減にしろ!小学生の遠足じゃないんだ!」


「ごめんなさい」


「すみません」


「一旦、報告するか」隊長が無線と話してる間にも、スライムはワラワラと集まってくる。私は若干、可愛そうだなと思ったが、この前のこともある。私はひたすらそれを踏みつぶし続けた。

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