大攻勢、再び 2

「仰角よし!」


「撃て!」


砲弾を入れると、巨大なのり巻きのような81mm迫撃砲がパシュンと音を響かせる。大きく湾曲した弾道を描いて落下する砲弾は、ゴーレムを飛び越えて歩兵が蠢く地面に降り注ぐ。弾は何百もの破片となって、敵の体を引き裂さいただろう。常人であれば、その光景に恐怖し戦意を失うだろうが、帝国兵は仲間の死体すら踏みつけながら、行軍を続ける。


「狂ってる…」黒川は思わず呟く。おそらく、これは自衛隊員の総意だろう。いくら恐怖を克服できるようにする訓練を受けても恐怖心がなくなるわけではない。だが、まるで帝国兵は恐れそのものを感じていないかのように思えた。


何門もの迫撃砲より打ち出される砲弾は確実に敵の戦力を削っていく。装填時間の短さも相まって、砲撃は一層激しく思える。しかしそれも長くは続かない。普通科部隊に配備される砲弾は多くはないのだ。


「隊長、弾切れです!」煙が晴れて浮かび上がるのは、敵の死体、死体、死体。そしてそれを意に介さず黙々と人形のように行進を続ける敵兵だ。


「小銃による射撃に切り替える、無駄弾を使うなよ!」


私は、無機質な黒い塊に取り付けられたスコープを覗く。単調に真っ直ぐ歩く人を撃つのはゲームでテロリストを殺すより容易だ。実際、一発で頭を撃ち抜くとその兵士は事切れる。微かに感じられる反動は、確かに人を殺したという実感を与える。


タン、タン、タンと単調な音が響くたび、その数と同じだけ敵が死ぬ。弾を撃ち尽くすと、胸ポケットからマガジンを取り出す。一発も外した覚えはないから、きっと30人を殺したのだろう。手早くそれを銃に取り付け、再びスコープを覗く。そこには兵士が杖をこちらに向ける様子が映っていた。


「あっ!」


「屈め!」私は隊長により塹壕に引きずりこまれる。すぐ上を火の玉が通過していくのが分かった。おびただしい量の炎の玉は、まるで川のように押し寄せる。そこで黒川は昨年中止になった花火大会を思い出す。その大取りを任されていたスターマインもこんな感じだったな。今年の夏は見れるかと思ったが、すぐそれは無理だと気付く。火薬の殆どは自分が撃っている弾に使われているのだ。贅沢な浪費が許される時勢ではない。


 敵の射程距離は想定されていたものの倍に近い。本来の予定なら、ある程度敵との距離が開いた状態で撤退する予定だったが、今それをしようとすると間違いなく火だるまになってしまうだろう。適当な情報を渡した上を恨めしく思いつつも、私は炎の玉の合間を縫って塹壕から顔と銃を出す。三発ほど撃った後、火の玉がこっちに来るのが見え、大慌てで顔を引っ込める。火の玉はそれほど速くない上、よく目立つので撃たれてからでもなんとか避けられるが、これ以上距離が縮まるとそうもいかなくなるだろう。


 何回かそれを繰り返すうちに、撃てる弾数が減っていきとうとう辛うじて一発撃つのがやっとになってきた。自分で言うのもなんだが、私の野生じみた勘と動体視力を持ってしてもだ。


 「ギャァァァァーーーーーーーー」突然の絶叫に指元が狂った。恐らく弾丸はゴーレム目掛けて飛んでいっただろう。集中力が途切れた瞬間、形容し難い刺激臭が鼻を貫く。臭いがする方向を目で追うと、頭が燃えた人がいた。その様子は映画に出てくるような悪霊か、モンスターのようだった。だが、彼は私と同じ服を着ていた。




「消してやれ!毛布持ってこい!」隊長が叫んでいるのが聞こえる。私は我に帰ると、側にあった土嚢用の布で同僚を包みこもうとした。


 しかしそれはほとんど失敗に終わった。一部は成功したとも言えるが。


「ボキッ!」と嫌な音がした。布の中には燃えつきた頭、頭蓋骨だけがあった。眼球が失われたにも関わらず、その眼窩はこちらを真っ直ぐ見据えている。


「イヤッ!」思わず私はそれを毛布ごと放り投げてしまった。当然、そんなことすべきではなかっただろう。だが、私はそうせずにはいられなかった。塹壕の外に飛び出した頭が炎の筋に飲み込まれるのが見える。人によって火力(文字通りの)が違うからなのか、今度は骨も残さずに消え去る。そこで私は思い至る。私は家族に帰るはずの遺体までも、奪ってしまったのだ。


「あっ…、ああ…」手が震えて小銃が指から零れ落ちる。人が死ぬのを見たのはこれが始めてではないはずなのに。それどころか沢山の人をこの手で殺してきたのに。何を今更と、自分に呼びかけるが身体が言うことをきいてくれない。呼吸が苦しい。胸が痛い。あれ、呼吸ってどうやってするんだっけ?


「ドゴンッ!」と鈍いた音がした。目の前には隊長の姿。殴られたと分かるまで、少し時間が掛かった。


「何も考えるな」


「でも…」


「考えるのは生き残ってからにしろ!」一瞬、ほんの一瞬隊長がかっこよく見えたが、すぐにおかしいことに気づく。


「なんでグーなんですか!普通こういう場面は平手でしょう!」乙女の顔を殴るとは何事か。傷ものになったらどう責任を取るつもりなのか。


「お前の痛覚はゴリラなみだから、それでいいんだよ」


「ゴリラにだって痛覚はありますよ!」


「怒るとこそこかよ!」黒川は砂だらけになった銃を拾い、再びスコープを覗く。手の震えは収まっていた。


さらに敵の進軍が進むなか、顔を狙って撃つ余裕がなくなった。銃弾が足に当たって地面に倒れた兵士がいたが、手を使って地を這いながら進んでいた。すぐに後続の兵の群れに踏まれ見えなくなったが、その化け物じみた形相にスコープ越しでも恐怖を感じだ。他にもちらほらと肩や手を撃たれた兵士もいるようだが、何事もないように平然と行進を続けている。


スターマインの密度はどんどん増していき、まるで塹壕に炎での蓋をされているようだった。とても顔を出すことなんてできず、銃だけを塹壕の上に上げ乱射する。急所に命中させないと止まらぬ兵士に対して、著しく非効率なやり方だったがこれしか方法はなかった。


「弾切れです!」私は叫ぶ。


「こっちもです!」


 勿論、そんなやり方では長く戦うことなどできない。当然の結果としてあっという間に弾切れになる。弾薬が沢山入っていた筈の木箱も、今は申し訳なさそうに大きな口を開けている。隊長が無線で憤りながら何か言っているのが、いろんな音の混じり合う戦場ながらよく聞こえた。


「こちら、第四分隊。弾切れにより戦闘の継続は困難、指示をを乞う」


「後方への移動を…」


「それはできんと言っているだろ!」


 私はどうすることもできないまま、棺桶のような塹壕で息を潜める。意味がないことは分かっていたが、呼吸音もできるだけ立てないようにした。散々人を殺しておいて自分勝手かもしれないが、それでも死ぬのは嫌だった。全身に汗が吹きでる。私って、こんなに弱かったんだ。俎上の鯉は、こんな気持なのだろう。


「ほんとうですか…。ええ、分かりました」


「なんだ、聞こえん!」


「機動部隊が敵を引きつけます。その間に撤退してください!」 


「聞いたか、もう少し持ちこえろ!」


 塹壕の隅で縮こまっていると、敵と目が合った。塹壕の上に強者のように立つ敵の目は赤く血走り、ギラギラしている。兵士は乾いた笑い声を上げて、ぼんやり光り始めた杖をこちらに向けた。


「この化け物っっっ!」勇敢さや使命感というよりは、恐怖心より銃剣を突いた。それは兵士の胸に深く刺さる。大量の血がビチャビチャと音を立てながら土に滴り落ちるが、兵士は動くのを止めるどころか銃剣を抜こうと抵抗してくる。


「いい加減、くたばれゃぁぁぁ!」黒川は渾身の力で銃剣を回す。グチャリと嫌な感触が手に残り、断末魔が耳にこべりつく。


「黒川、後ろだ!」振り返ると直ぐ後ろに敵が立っていた。


 敵が向けた杖を脇に挟むと、上腕二頭筋に力を込める。杖はポキッと味気ない音を立てて折れた。ホッと息をつくのも束の間、敵が飛びかかってくる。受け身を取りそこねて、体中に激痛が走る。


 地面から見上げるのは、勝ち誇ったような敵の顔だ。


「ガフッ!」頬に殴打を喰らい、視界が歪む。いつもならマウントを取られてもすぐに返せるのに、尋常でない筋力で押さえつけられ私は身動き一つ取れなかった。敵の動きに技術もへったくれもないのが、ますます悔しさを助長させた。                


 石つぶてのように降り注ぐ敵の拳に、私は腕で顔を防御することしかできない。相手の拳からは血が出ており、関節も異様な方向に曲がっている。明らかに骨は砕けているだろう。だが、敵は攻撃の手を緩めることはしない。ガードの上からでも確実にダメージは脳にまで達しているのだろう。だんだんと敵の姿が曖昧になってきた。絞め落とされて意識を失ったことはあるけれど、頭を殴られて失神したことはなかったな。次、私が目を覚ますことはあるのだろうか?朦朧としてきた頭でそんなことを考えているときだった。帝国兵の胸から刃が生えてきた。今までニンマリと嗜虐的な笑みを浮かべていた敵は、金魚のように口をパクパクさせると、汚い音とともに口から血を吐いて倒れた。


「大丈夫か!」頭はまだクラクラするが、野太い声はしっかりと聞き取れた。私は隊長が差し出した手を握ると、上に引っ張られる。


「すみません」隊長には迷惑をかけてばかりだ。隊長がいなければ、私は何回死んでいただろう。


「2人も白兵戦で倒したんだ。十分、及第点だ」


 あれ、そういえばどうして私は普通に立てているのだろう。先程まで、炎が押し寄せていたというのに。   


「今のうちだ、撤退するぞ!」


 後ろを振り返ると戦車が、より精確に言うと機動戦闘車や施設作業車までもが敵の攻撃を引きつけるために人の波に向かっていた。私は心の中で礼を言うと、弾薬庫のある海側へ向けてがむしゃらに走り始めた。

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