大攻勢 再び

アンゴラス帝国 自衛隊デザイル駐屯地


 司令の白柳は目頭を抑える。手元にあるのは弾薬の使用量と、在庫量が記された書類だ。それから目を逸らそうと窓の外を見るが、見えるのは頭痛の元凶である倉庫。沢山並んだ倉庫であるが、そのスペースの殆どが空気によって占められている。


「司令、いくら書類を眺めても物資は増えませんよ」航空隊長の桜田はそんな司令を心配そうに見つめる。


「浮遊橋も完成間近です。それさえ終わればすぐに状況は改善するでしょう」遠くに目をやると港から沖へと続く橋があり、それは既に湾の外まで伸びている。あんなところまで船で覆い尽くされていたのだと思うと、敵の途方も無い国力に苦笑が漏れる。


 現在、ホバークラフトで沖に停泊した船から物資を運び込んでいるが、いかんせん燃費が悪すぎあっという間に補給艦が持ってきた燃料を食い尽くしてしまうのだ。


「自分達が沈めた敵に、こうも苦しめられるとはな…」もしかしたら、敵の船は沈む前より後の方が活躍しているかもしれない。皮肉なものだと思いつつ、白柳は資料を机に置く。


「これだけの攻勢を凌ぎ切り、敵に多大な被害を与えたんだ。しばらくは敵の動きも鈍るだろう」白柳が気を取り戻してひたすら判子を押し続ける作業に戻ろうとすると、バタバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。案の定、扉が勢いよく開け放たれる。


「司令、航空自衛隊より連絡が入りました。敵が再び動き出したようです」


「なんでやねん」


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 轟音と猛風を撒き散らす巨大なファンの回転が止まり、鋼鉄の扉がゆっくりと開く。エア・クッションのスロープを降るのは弾頭にクラスター爆弾を満載した多連装ロケット砲、MLRSだ。本来、配備は少し先の予定だったが膨大な数の敵歩兵に対応するため、急遽予定を繰り上げて配備されることになったのだ。その弊害としてセットで運用されていた弾薬補給車が、弾頭が足りず後発発進となったがそれ以外に大きな問題はなかった。誘導員に案内されると、鈍重そうな見た目と裏腹な走行で自走行砲の脇に停車する。扉から出てくるのはピンク色の迷彩服に身を包んだ自衛官だ。


「寒ぃーー、本当に南半球かよ!」年を食ったとひと目でわかる自衛官は息が白くなることを確認しつつ、両手を擦り合わせる。


「これでエアコン禁止なんて、本当ひどいっすよね」若い方も、寒そうに肩をすぼめる。少しでも使用燃料を浮かすための涙ぐましい努力の結果がこれだ。


「これから、司令部に顔出すんでしたっけ?」


「いや、それは俺だけでいい。お前は他んやつと、先に兵舎に行ってろ」


「分かりました」ネットもテレビも繋がらない。持ち込みを許された本も、輸送艦の中で読んでしまった。共用の将棋盤くらいあることを期待しよう。


「ん、何だ?」それぞれの目的地へ向かおうとしていると、無線が話し始めた。若い方には会話は聞こえなかったが、上官の様子からただ事ではないことだけは分かった。上官は心を落ち着かせるように、深く大きい息を吐くと部隊員に情報を伝える。


「到着して早々とは、上も人使いが荒いな。仕事だ」


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 MLRSは榴弾砲の並ぶ小高い丘の上に移動すると、蜘蛛の足のような4本のアウトリガを出し車体を地面に固定する。


 ロケット弾を満載したコンテナが持ち上がると、観測ヘリからのデータをもとに、ゆっくりとはまだ見ぬ敵の方角へと向く。


「クラスター爆弾が廃止されたとき、正直、安心したんだ」


 若い自衛官は何も言わず、上官の独白を聞く。


「通常弾頭だろうが、クラスターだろうが人が死ぬってところでは同じだ。今更、敵に同情などせんし、殺す覚悟もできている。だが、自分の撒いたものが何年、何十年と残って、自分の知らないところで人を殺し続けることが怖かった。まさかこの手に再び舞い戻ってくるとはな。呪いの人形さながらだよ」上官は力なく空笑いをする。心の中の物を一旦吐き出すと、意を決したように口を結ぶ。そして言う。撃て、と。


 車体を覆い尽くしても足らない噴煙とともにロケット弾が発射される。一発のロケット弾に644個もの子弾が内蔵されている。一台あたり12発のロケットを搭載しているから、合計するとその数は8000にも迫る。それは東京ドーム5つ分の範囲を制圧できる数だ。彼はせめてと敵が大人しく帰ってくれることを望んだが、それは叶わぬ願いだった。なにせ、彼らは怪物に成り下がっていたのだから。


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 MRLS、攻撃ヘリからのロケット弾の応酬より敵の兵力は半分以下に減っていた。よほど練度の高い部隊でなければ、構成員の半数も失えば潰走が始まるだろう。事実、先の戦いでもそうなった。しかし敵は信じられないことに、尚も進軍を続け駐屯地の目前にまで迫っていた。


「徹甲弾、これで最後です!」


「くそっ、まだ敵は撤退しないのか!」


戦車砲塔が旋回し、照準がゴーレムに合わさる。轟音と共に発射された弾丸は正確にゴーレムの胸部を射ぬく。ゴーレムは黒煙を上げながら仰向きに倒れ、少し遅れて爆発が起こった。


もうこの車にはゴーレムに対して効果の薄い榴弾しか残っていない。そんな中、先程から続いていた爆発音が止まる。とうとう特科が弾切れになったのだ。


「どうします?」


「ゴーレムでなく人間を狙え!」ゴーレムという遮蔽物を失った歩兵は剥き出しだ。ここに打撃を与えれば、さすがに敵の士気も下がるだろう。


「了解!」射撃手が照準を、行軍する敵兵の一団に合わせる。また戦車の砲塔がゆっくりと動いた。

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