ゴーレム

日本国 茨城県 陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地


 巨大な飛行場と、列を成す倉庫が特徴的な駐屯地。そんな基地の門を潜り、場違いな黒塗りの高級車が入ってくる。もう二度と手に入らないであろうBMWだ。車が無造作な場所に停車すると、黒檀のような扉が開く。そこから降りてくるのは、これまた場違いなボサボサの白髪と顎髭あごひげを蓄えた細い老人であった。


「山里教授、ようこそおいで頂きました。」慌てて駆けつけた作業服姿の四人の男が、背筋を伸ばし、だが息を切らしながら来客を歓迎する。彼らはこの基地の所属というわけでなく、防衛装備庁から派遣された技官である。


「十数メートル大の軍用ロボットをこの目で見られるなら、地球の反対側にだって飛んでいくとも。いや、もう地球ではないな」教授は使い古された杖とともにアスファルトを踏む。体も白衣もくたびれていたが、その眼光には力強い物があった。


「さて、件のゴーレムはどこにあるんだ?」


「3番倉庫です。あの白い建物です。他にもお招きした先生方がいらっしゃる予定ですので、全員が揃うまでカフェテリアで… 」山里は技官が話すのを無視し、足早にゴーレムが眠っている倉庫を目指す。


「申し訳ないのですが事前情報に誤りがありまして…、教授、教授!」老体のどこにそんな活力があるのかというくらいの健脚を見せる山里に、4人の技官は困惑しながらついていく。


 しかし山里がどれだけ急いでも倉庫には鍵が掛かっているので、技官がいないと扉は開かない。技官が息を切らしながら倉庫に着いたとき、山里は決まりが悪そうな顔をしていた。


「何をしている?とっとと開けんか!」仕方をないと諦めたように、作業着のポケットに手を突っ込む。鍵を差し込み、レバーを降ろすと、警告音とともに巨大な扉が開き始める。召喚初期に行われた食料配給により一度空になった倉庫には、巨大な石の塊が倉庫の主かのように鎮座していた。


「あれか?」山里の顔から不機嫌さは消え、変わりに子供のような無邪気な笑みとキラキラした目が浮かぶ。

「はい。腕が取れていますが、あの機体が一番損傷の少ない物です」山里は好奇心に身を任せ、ゴーレムに向かって歩みだす。


 巨大な胴体、分厚い装甲。見た目は若干異なるが、それが子供の頃思い描いたであろうロボットであることに違いない。それは一目見ただけで重量が大きいことが分かる。当然ながら、これだけの物を動かす動力源は日本にはない。一体、どのような動力でこんな巨大な物体を動かしているのだろう。それを確かめるのにうってつけで、容易な手段を山里は知っていた。


「よし、分解しよう!」


「待ってください!」サラッととんでもないことを言う山里を、技官は慌てて止める。


「どうせ元に戻すんだ。ケチくさいことを言うな!工具ぐらいあるだろ、持って来い」無茶を言う山里に技官達があたふたしていると、後から低い声が響いた。


「えらく喧しいと思ったらお前か、山里」技官達と山里は振り返る。どうやら残りの来客も揃ったらしい。山里は新たに倉庫に入ってきた科学者達の中で、最も長身な男を睨みつける。


「秋道か。なぜ生物屋のお前がここにいる!」


「呼ばれたからに決まっているだろう」秋道は鼻で笑いながら答える。


「なぜ、こいつを呼んだ!」とばっちりを受けた技官は暫しの間、何から説明しようかと悩んでいたが、幸いにも山里の興味はすぐにゴーレムへと戻った。


「んっ、この赤いのはなんだ?」山里は欠損した左腕から血のようにはみ出る、赤いゼリーのような物に気付く。


「それについての説明は、目で見て頂いた方が早いでしょう」これを幸いと技官はスタスタと倉庫の奥へ進んでいく。すると影になって見えなかった、ゴーレムよりひと回り小さい物体が目に入る。


「何だ、あれは!」山里が声を上げるのも無理はない。そこにあったのは日本では、いや、地球では存在し得ないモノだった。


 赤い人型のゲルの塊。どうやら、これがゴーレムの中身らしい。半透明な体は内臓が顕になっているが、骨は見当たらない。どうやって自重を支えているのか山里には分からなかった。そして一層目を引くのは、巨体の真ん中辺りにある黒い立方体だ。そこから何本もの管が、ゲル状生物の脳へと繋がっている。まるで一昔前のSF映画のようだった。


 悪趣味な光景だったが、なぜか山里にはスライムとゴーレムが寄り添って座っているように見えた。


「だから、こいつが呼ばれたのか」山里は憎々しげに呟く。秋道の専門は組織生体工学である。純粋なロボットではなく、義手や人工眼球といった生体機械が研究対象だ。畑違いのこいつに声が掛かった理由がようやく分かった。


「あの、黒いのは操縦席か?」


「はい」


「是非中を見てみたいものだな」山里は様々な計器やスイッチ、そしてモニターがついたコックピットを思い浮かべる。


「重機で切断したので中は見れるのですが、その…」言い淀む技官に、一刻も早く中を見たい山里は苛立ちを顕にする。


「なんだ!」


「パイロットの遺体が残ったままですので、あまりおすすめできません」


「人を呼び寄せる前に片付けぐらいしたらどうなんだ!」


「無闇に動かすと、研究に支障が出るかと思いましたので」山里は弾丸のように罵詈雑言をぶつけるが、それを気にせずスライムに近づく影が一つ。


「何か理由があるのだろう?私は構わんよ。仕事柄慣れている」秋道は研究分野上、手術に立ち会うことも珍しくない。学生の頃は解剖実習も経験した。


「私もよい」秋道に対抗するように、山里はスライムに歩み寄る。


「私は遠慮しておこう。後で写真を加工して送ってくれ」後ろから声がしたが、好奇心に取り憑かれた二人は気にも留めない。


 技官が吊るされていたブルーシートを取り外すと、操縦席の内部が顕になる。


「どう…思われます?」技官が教授陣を見渡す。


「どう、と言われてもな」秋道はまだ黒い髪をかき分ける。


 操縦席には手足のない兵士の姿があった。両手、両足ともに真ん中辺りから綺麗になくなっている。しかしそれらは戦闘で失ったのではないことがすぐに分かった。両手足の先端からコードが飛び出しており、それが何らかの装置に繋がれていたからだ。ひょっとすると、自身が研究している神経筋骨格義肢に近いものかもしれない。


「分からんというのが正直な答えだ。これから地道に研究していくしかあるまい」そういえば静かになったなと、秋道は振り返る。そこにあったのは白目を向いて失神している山里の姿であった。

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