大攻勢3

高さ15m以上ある大量の石の塊が少しずつこちらに近づいてくる様子は圧巻で、まるで壁が迫ってくるように錯覚する。しかしよく見ると所々隊列に穴が空いており、ゴーレム本体も一部が欠けているものもある。


満身創痍な彼らを待ち構えるのは、小高い山の上に設置された20門に及ぶ155mmりゅう弾砲だ。獣のように首をもたげているように見えるそれは、獲物が間合いに入るのを今か今かと待ってた。


「もの凄い数ですね。」特科に配属されて間もない相澤は口を閉じることも忘れ、敵の姿を眺める。     


「これでも三分の二に減ったらしい」特科歴14年にもなる川西も、さすがに驚きを隠せないようで、頬を引きつけながらぎこちない苦笑いを浮かべる。


「MLRSがあればもっと楽だったかもしれません」


 クラスター弾等の製造の禁止及び所持の規制等に関する法律は4ヶ月前に大幅改正された。当初、野党は非人道的だと激しく抵抗していたが、反戦的な内容では視聴率がとれないと学習したマスメディアによって批判されると手のひら返しに賛成に回ったのだ。その結果、異例のスピードでの改正となった。


「ロケット弾の弾頭をクラスター爆弾に置き換えてからの出国になるらしい。そう長くは掛からんだろう。それまでの我慢だな」


「しかし国民が納得しますかね。」相沢はつい1年前の出来事を思い出す。無言電話が毎夜掛かってきたり、人殺しと書かれた手紙が郵便受けに入っていたり、近所の住民から冷ややかな目で見られたりしたものだった。母親もそのせいでうつ病になってしまい、抗うつ薬なしでは過ごせなくなってしまった。唯一の救いは郵便受けに手紙を入れた者が住居侵入罪で逮捕され有罪判決を受けたことぐらいだろう。そのときはなんでこんな人たちのために命を張らなければならないんだと憤りを感じたものだったが、いつの間にもがき苦しんだ末、死に至るような兵器が容認されるような世論になったのだろう。


「少しはテレビをみたらどうだ?どの局も少し前まで侵略だだの、平和だの言ってた奴らが、早く攻勢に出て戦争を終わらせるべきとか、都市を爆撃すれば戦争はすぐ終わるとか、植民地にすべきだって言ってるぞ」


 「人殺しと罵られなくなったのはいいですが、なんだか…複雑ですね」


 川西は「そうか」と言ったきり口を開かなくなった。緊張を紛らわせるために何気なく始めた会話だというのに、やけに重たい内容になってしまったことを川西は後悔した。そんな気まずい空気を読んだかのように、無線が話し始める。


「観測射撃が完了次第、全力射撃に移る。いつでも撃てるようにしておけ!」


 ピンク色に染まる森を見下ろしてみれば、有効射程の目安としている巨木のすぐ近くまで敵が来ていた。4門となりの榴弾砲が火を吹いたた数秒後、ゴーレムの後ろ、敵歩兵がいるであろうところに煙が立った。


 そしてその次の瞬間、無線が吠えた


 「射撃開始!」


「ドシューーン」と耳を塞いでいても脳に響く爆音と空気を揺るがす衝撃が体を貫く。訓練で何度も繰り返した音ではあるが、今回はやけに大きく聞こえた。自分達が放った砲弾の活躍を見る暇すらなく、相川は同僚から受け取った砲弾を砲に詰める。そして同僚がハンドルを回して仰角を調整すると、再び轟音と煙が榴弾砲から吐き出される。その作業を行う傍ら、ちらり、と敵の様子が見えた。


 敵を海に例えるなら、砲弾はモーゼだった。放物線を描いて飛んでゆく榴弾にゴーレムは意味をなさないのだろう。榴弾は敵歩兵の海の中で爆発を起こす。遠くて分からないが十何人、もしくは何十人という敵が一発で死んだのだろう。だが、同情は起きなかった。


 ゴーレムの後ろにいれば安心だと思っていたからだろうか、それとも帝国を長年蝕んできた選民意識が崩壊したからだろうか、それともただの動物的恐怖からだろうか。一度、砲撃が命中すると100人程度の部隊が丸々混乱に陥り潰走する。


 相川は再び砲弾を受け取ると、丸太などとは比べ物にならないほど太い砲に詰め込む。そんな単純な、なんの感傷も生まない作業をひたすら繰り返すこと30分。とうとう射撃中止命令が下った。早速、山から森を見下ろしてみると、敵兵がピンクの木々や巨大キノコごと根こそぎなくなっていた。しかし動くものが皆無というわけでもなかった。


「まじかよ!」相川は思わず呟く。ゆっくりと動くのは、巨大な黒い石人形だ。それらはゆっくりと、だが着実に基地へと近づいてくる。


 榴弾砲は殆どの歩兵部隊を撃退したが、巨大な石人形、ゴーレムの進行だけは拒むことはできなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「守るべき対象が一目散に逃げ出したって言うのに、あいつらは何で撤退しないんだろうな?」


「誇り、じゃないですか?」


「誇りか。誰かを護るために戦えと言われている身には分からんな。だが、その誇りを打ち砕くのが俺たちの使命だ。」


「弾種、徹甲。目標、敵重装甲兵器。全班撃ち方初め!」


 砲塔から吐き出されるのは巨大な金属の矢だ。火薬を持たず、運動エネルギーだけを保持したそれは、肉に包丁を入れるかのようにゴーレムを貫く。開いた穴は巨体を鑑みると大きなものではないが、穴から赤い液体が湧き出るとゴーレムは膝を折りそのまま地面に倒れる。普通に考えて液体は機械油か冷却液に類するものだろうが、その毒々しい赤さはまるで血のように思えた。


「効果あり、撃ち続けろ!」搭載兵装も機動力もないゴーレムに抗う術はなく、次々と瓦礫へ変わっていく。しかし判断こそ少し遅れたが、敵も全くの無能というわけではなかった。守るべき者はすでに無く、装甲も意味を成さない。そしてどれだけ抗っても無駄だと分かった今、もう重いだけの装甲になんの意味もない。だから彼らはそれを、鎧を脱ぐことを選んだ。


「なんだ!」突如、ゴーレムが停止しボロボロと崩れ落ち始めた。友軍の射撃はないことは一目瞭然だ。意味が分からない事態に射撃が一時止まる。


「自爆、でしょうか?」その予想が外れていることは、すぐに分かることとなった。崩れた瓦礫の中から赤い光が、いや、太陽の光を浴びて光って見えるゲル状の巨大な人影が姿を現したのだから。


「なんだあれは!」半透明の体のせいで外から体の中が見え、血管の脈打ち、脳の皺、心臓の鼓動まで分かる。その体内の中央に明らかに人工物と分かる黒い立方体があった。恐らく操縦席だろう。そこから、無数の管のような物が脳に伸びている。


  「何をしてる、射撃を再開しろ!」呆然としていた一同は、無線の叫び声で正気に戻り再び射撃を行う。動目標に対してスラローム走行を行いながら射撃ができる10式戦車ではあるが、射撃から着弾までのタイムラグはどうしても存在する。なんとか命中させれないこともないが、軽快になった体で生き物の様にジグザグに、もしくは無茶苦茶に走りながら向かってくる異形相手に、撃破効率は落ちてしまう。


「このままだと、不味いな」車長はモニタに映し出される数十の赤い点に唸る。 


「まだ、距離はありますよ」


「残弾の話だ。全弾命中が当たり前だったが、話が変わった。このままだと弾切れになるぞ!」車長が呑気な隊員に焦燥感をぶつけていると、一体の敵の足が止まった。勿論、こちらに向かってくる敵の方が脅威度が高いのでそちらから優先的に排除されていくが、敵の不可解な動きが車長には気がかりだった。   


 その赤いスライムのような敵が苦しそうに悶ながら頭を抱えた。


 その間にも異形の群れに容赦なく砲弾の雨が貼り注ぐ。装甲の無くなった敵は容易に引き裂かれ、赤い液体を出しながら上半身と下半身が分かれる。


「念のためだ。後方で静止している目標を優先的に撃破しろ」


「了解」


 しかし、車長の判断はほんの少しだけ遅かった。


「アァァァーーーーーーーッッ」


 赤いスライムは咆哮を上げる。戦車砲と比べ物にならないほどの爆音だ。厚い装甲越しでも、激しい怒りが籠もっていることが分かった。


 異形は自らの体に手を差し込む。そして何かを取り出すと、こちら目掛けてそれを投げた。


「いかん、回避行動を取れ!」


「は、はい!」戦車は急始動を始めるが、それは車体の遥か手前に落下した。


 車長は砲塔の上にちょこんと乗った潜望鏡を回す。すぐに敵が何を投げたのか分かった。ピンクの草原の上に、黒い立方体が転がっていたのだから。


「操縦者を、殺したのか…」


 車長は共有されている空挺部隊の報告書を思い出す。制御を失った竜が暴走し、帝国兵を殺戮し、隊員にも被害が出たとのことだった。このとき、龍のスペックが大幅に上がっていた。むしろ、抑制されていた能力が元に戻ったと言う方が正しいかもしれない。もしかしたら装甲自体が何かしらの安全弁を果たしていたのかもしれないが、こいつに同じようなことが起きればどうなるのだろうか。  


「何をしてる、早く射撃しろ!」車長は砲撃手を怒鳴るが、彼が撃たない理由は意外なものだった。


「敵が…、消えました」敵がどこに行ったのか、すぐに分かることとなる。


 みるみる数を減らしている赤いスライムの中央に、絶叫を上げながらスライムが降ってきたのだ。


 そのスライムは両手をそれぞれ別のスライムに突っ込むと、操縦室を取り出し握り潰す。しかし自衛隊の攻撃は継続中なのだ。自由になった喜びを謳歌していた(車長の想像)スライムの頭に砲弾が命中し、弾けるように破裂する。  


「アァァァーーーーーーーッッ」再びスライムが咆哮を上げる。今度はこちらに、明らかな敵意と殺意を向けて。


 赤いスライムは戦車部隊に向けて猛ダッシュを始める。新幹線を超えるのではないかと思える速度の敵への攻撃は、いくら自動追尾システムがあるといえども難しい。


「何やってるんだ、射撃しろ!」それでも撃たないよりはましなのは確かである。車長は砲撃者がまたボサッとしているものと思い、叱咤した。


「あと、残弾が1しかありません」


「もっと、早く言え!」スライムがみるみる近づいてくる。あれがどのような攻撃手段を持っているかは知らないが、それを知りたいとは思わない。そんなとき、射撃音が響いた。戦車のではない。恐らくは榴弾砲のだろう。


煙が猛ダッシュしていたスライムと戦車の間に割って入る。煙が晴れて現れたのは、地面に這いつくばった敵の姿だ。透明な体の中に、数十、数百もの光る塊、榴弾の破片が埋まっている。


「アァァァーーーーーーーッ」再びスライムが叫ぶ。しかしその咆哮は最初のものと比べて弱々しいものだった。


「発射します!」戦車砲より最後の弾丸が放たれる。それはもう動けぬ目標に対し紛まごうことなく命中し、その脳を散々かき混ぜた後、反対側から出ていく。あんな生物かどうかすら怪しいものでも死後硬直は存在するようで、しばらくピクピクと動いていたが、やがて動かなくなった。


 そんなとき、バラバラバラと空からけたたましい音が鳴り響く。


「まったく、おせぇよ」


 補給を済ませたヘリコプターは、残ったスライム(人が乗った方)をテキパキと片付けていく。誘導装置がついたヘルファイヤ対戦車ミサイルを満載したアパッチにとって、それは文字通り掃除であった。  


「あれっ?」砲撃手が何かを思い出したように口を開く。


「どうした、急に呆けたような声を出して」


「いや、最初に覚醒なのか暴走なのかよく分かりませんが、そのスライムって二体からモノリスを取り出していますよね。もう一体はどこに行ったのかなって」


「友軍が撃破してくれたんだろう」


「そうですかね」砲撃手は納得いかないようで、腕を組んで唸っている。普段、抜けてはいるが変なところで勘が働く男だ。気のせいと断言するのは早計だったかもしれない。


幸いに、撃破数は指揮ネットワークを通じて正確に記録されている。航空写真と照らし合わせれば、おかしなところが分かるだろう。何もないなら別にそれでいいのだ。

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