大攻勢 2

帝国防衛線上空


防衛線における帝国軍の活発化が認められてから、航空機による哨戒頻度は倍に増えた。そのせいで久しぶりに帰国するはずだった休暇がパァになり、カメラを握る羽目になっている。2機のP1哨戒機がフル稼働し、1日に計4回哨戒を行っている。だがこれ以上回数を増やすのはスケジュール上不可能であり、だからといって機数を増やすのはルザール王国基地の能力を考えるとできない。衛星も常に帝国の上を飛んでいるわけではないので、偵察能力はどうも不十分であった。


「もうすぐ、敵が見えてくる頃だ。用意しとけ!」機長が言うと、俺は手元の写真から顔を上げる。そこには少し前まで満遍まんべんなく配置されていたはずの黒い塊、敵の重装甲戦力が集まっている姿が写っていた。俺はいつも通りカメラを構えようとするが、途中で固まってしまう。


「どうだ、敵の物資集積の様子は?」


「消えて…います。」俺はなんとかして言葉を絞り出す。


「敵の姿がありません!集められていた、大砲も消えています!」


「ルザール王国司令部とデザイル駐屯地に連絡を入れろ!」機長がそう言うと同時に機が大きく揺れ、バランスを崩しそうになる。急旋回を始めたのだ。


「これより本機は敵情偵察のためデザイル基地方向に向かう!一刻も早く奴らを探し出せ!」


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港湾都市デザイルより10kmの平地


敵の首都制圧のための足掛かりとして建設された自衛隊デザイル基地は、ムクムクと成長していた。テントだった兵舎はプレハブに進化し、並ぶ榴弾砲や車両の数も増え、人員も多くなっていた。しかし民間船まで借り上げて輸送を行っているが、備蓄されている火薬の量は、圧倒的な敵の数に対して心もとない。港の機能が貧弱な上、沈んだ戦列艦が輸送の邪魔をするため、物資の搬入が難航しているのだ。


窓から見えるのは、クレーン荷物をホバークラフトに移している貨物船の姿。全く非効率なことこの上ないが、浮台が到着するまでの辛抱だ。今はこれで我慢する他ない。だが、我慢できないことは他にある。


「しかし南の国だというのに寒いな」白柳駐屯地司令がふっと息を吐くと、水分がたちまち白い煙に変わり、天井に消える。一応、プレハブ小屋にエアコンはついてはいるが、発電機と燃料の節約のため無用の長物となっている。


「南といっても、かなり高緯度側ですからね。それに南半球では秋の終わりも近づいてます」機甲隊長の吉村が言う。


「冬までにはストーブも届くようですし、それまで我慢です」そう言う航空隊長の桜田も腕に寒イボが浮かんでいる。気候を考慮して派遣部隊の大半が北海道から派遣されてはいたが、それでも寒いものは寒いのだ。


そんなことを話していると、壁に固定された古めかしい電話が鳴り響く。日本に電波は通じないので内線でしかあり得ない。桜田は小走りで電話に駆け寄る。受話器を片手に何言か会話を交わしただけで、表情がみるみる真っ青になっていく。寒さのせいではないだろう。


「司令、空自より連絡です!敵に動きがありました!」


「全部隊と情報を共有、準戦闘態勢に移行させろ。」白柳司令が言うと、何人もの自衛官が四角い箱を弄りだす。


「司令、失礼します。空自より追加情報です」その言葉と同時に机に置かれるのは空撮写真だ。鮮やかなピンクを背景として四角い黒い塊、そして蟻のような粒が群がっている。


「敵はこの基地に向かって時速4kmで進軍中。このままだとおよそ20時間で到達するようです」


「どう思う?」白柳は吉村に問う。


吉村は写真の黒い塊を指差す。


「敵の重装甲戦力は厄介です。なにせ対戦車ロケットでも一発で仕留めることができないほどの代物です。砲弾に余裕がない中、敵の排除は容易ではないでしょう」吉村は感想を口にする。


「私はそれより、こちらの方に目を引かれました。」桜田は先程より二回り小さい黒い点を指差す。


「おそらく、輸送用の車両でしょう。対空砲と思わしき物を牽引しています。100門は下らないでしょう」


「敵の対空砲の射程は10kmほどだったな」


「はい。戦列艦搭載の対艦砲と射程距離は同じようです。先に潰しておかないと攻撃ヘリが危険に曝されてしまいます。」


「第二次世界大戦でも、高度一万まで撃てる高射砲は終盤までなかったというのに。技術水準が全く読めん」白柳は丸太のように太い腕を組んで呻く。


「ヘリ部隊はしばらく敵の観測に徹し、攻撃に移るのは基地の戦力で対空砲を破壊した後でもよいのではないですか?」先の上陸作戦でヘリの損害がなかったのは、予め海自が対空砲を潰しておいてくれたからだ。そのことを桜田はよく理解している。


「恐らく敵の重装甲戦力が邪魔で射線が通りません。それに阻まれないためには迫撃砲を用いるか、仰角を上げて撃つしかありませんが射程距離が犠牲になります。そのころにはかなり距離を詰められていて、とても対空砲に構っている暇はないことでしょう。」吉村が言うと、桜田は少し不満そうな表情を浮かべる。。


「なら、こちらから出向けばいい。」


「先程も申し上げましたが戦車では装甲戦力が邪魔で敵の対空砲が狙えません。敵の対空砲が狙える頃には、弾はほとんどなくなって…」


「だれが戦車を使うと言った?」白柳の言葉に、桜田と吉村は不思議そうに顔を観合わせるのだった。


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丘の上から見えるのは、飾り気のない粗末なプレハブ小屋の群れだ。最初の方に建てられた棟は規則正しく並んでいるが、後の方に行くに連れて少しずつ歪んでいることが上から見ればよくわかる。昔であれば上官の叱責をくらうだろうが、こんなことに神経を使ってられる状況ではないということは誰もが理解しているだろうし俺もそうだ。しかしこの歪み自体が日本の現状を表しているみたいで、すこし嫌に思えた。


「ボヤボヤすんな、とっとと入れ!」上官に背中を物理的に押されながら、俺は狭いハッチから99式自走155mmりゅう弾砲の中に入る。


「お前は少しは緊張感を持たんか!」車長がいつもの様子で怒ってくるが、俺もいつもの調子で返す。


 「敵が来るまで、まだ十何時間ってあるのでしょう?今から気を張り詰めすぎると持ちませんよ」


「全く、お前というやつは!だいたい、最近の若者は…」車長は説教モードに入ろうとするが、タイミング良く掛かってきた無線に遮られる。ナイスと思ったが、こんなときに来る連絡にいいものはないということに瞬時に気付く。


「良かったなぁ、お前には沢山働いてもらうことになりそうだ」初めて見る車長のにこやかな笑みに、悪寒が走った。駐屯地に配備された全ての99式自走砲と99式弾薬給弾車に出撃命令が下るまで時間はかからなかった。


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先の上陸作戦で使用された5機のコブラ(AH-1S)と4機のアパッチ(AH-64D)、そしてOH-1はそのままデザイルに配備されていた。それらは竜がいなくなった敵国の空を我が物顔で悠々と飛んでいた。


「こちらオメガ1、全対空砲の破壊を確認。これより射撃観測任務を終了し、帰投する。貴官の無事と活躍を祈る」


「こちらデルタ1、任せとけ。貴官も無事に帰れよ」


「どうしたんだ嬉しそうな表情して、これから戦争するのが楽しいのか?もしかしてお前あれか、サイコパスか?」機長の言葉に射撃手は思わず苦笑する。


「いや、今通信してきたの俺の同期なんですよね。攻撃ヘリに乗りたかったのに観測ヘリに回されたから、何かあるとすぐ突っかかって来たんです。けど、なんか、丸くなったなって」


「心の中じゃ、お前が死ねば枠が一つ空くなとか思ってるかもよ?」機長は子か孫からかうように笑う。


「やめてくださいよ、今する話じゃないでしょう。それに墜落してもヘリごと減るから、枠は空きませんよ。」


「それもそうだな」


「もう」


「しかし自走砲を前面に押し出すなんて、司令部も思い切ったことをしたな」   


「敵が徒歩で、機動力がないおかげですかね」


「さて、そろそろだ」機長が言うと、二人はスイッチが入ったかのように雰囲気が変わる。コックピットはプロペラが生み出す騒音以外、何も聞こえない。そして10分が経った頃、静寂が不意に打ち破られる。


「一時の方向に敵部隊を発見。進行は停止しています!」


「ブリーフィングの通りだ。重装甲戦力を優先しろ!」


「了解」ヘリは大きく軌道を曲げ、敵の前に躍り出る。


「レーダー照射、ロックオン完了!」


「発射!」2本のヘルファイア対戦車ミサイルは真っ直ぐ黒いゴーレムに突進し、中に詰め込んだ火薬を爆発させる。そして続けて、隣のゴーレムも爆発する。辛うじて原型は留めているが、もう二度と動くことはできないだろう。あっという間に8本を使い切り、4体のゴーレムをガラクタへと変えた。


 仲間が次々と爆発していく中、少しでも攻撃を回避しようとゴーレムはゆっくりと動き出すが、人の歩みと同じくらいの速さのそれは何も意味を成さない。それどころか、味方を踏み潰す機体もいたくらいだ。


「ロケット弾、発射用意完了!」


「発射!」2発のハイドラ70ロケットは先程と同じようにゴーレムに向かい、爆発を起こす。しかしその規模はさっきのものより小さい。煙が晴れると、相変わらずゆっくり歩いているゴーレムの姿が現れた。


「続いて発射!」さらにロケット弾が2発、ゴーレムに放たれる。体に亀裂が入ったが、それでも敵は止まらない。


「相変わらず馬鹿げた頑丈さだ」さらに2発打ち込むとようやく、足が吹き飛び、ゴーレムは歩くのを止める。


「とどめは刺さんでいい。動いてる奴から優先的に狙え!」


 最終的に陸上自衛隊、航空部隊は235体のゴーレムの内79体のゴーレムを破壊、行動不能に陥らせた。ゴーレムを失った左翼部隊は士気が崩壊し、各々の部隊が撤退を始めたが、中央、右翼部隊の被害は軽微であり、それらの部隊は侵攻を続けた。

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