大攻勢 1

深い森の中、待ちぼうけを食ったルイポルートであったが、意気揚々と出撃した仲間があまりにも戻ってこないので防衛線に戻ることとした。一体、どこまで追いかけているのだろう。辛うじて2人は助かったとはいえ、治療魔法では体力までは回復しない。安静にさせるに越したことはないのだ。部下二人、捕虜一人を落っことさないようにユニコーンに乗せ、ゆっくり獣道を進む。行きの5倍以上時間が掛かってしまったが、ようやく無事に戻ってくることができた。見張りの兵士がルイポルートに気付くと、夜だというのにわらわらと兵士達が集まってきた。


「すまんがこいつらと、捕虜を頼む」ルイポルートは手近な兵士に声を掛け、部下と捕虜を引き渡す。


「了解…しました。」兵士はどこか気まずそうに返事をする。近衛騎士団が規律や規則に口うるさかったのはもう昔の話。しかしその隊長となると、やりにくいこともあるかもしれない。そんなことを考えていると、遠巻きに眺める兵士の群れから襟に2つ勲章を着けた下士官が歩み出てくる。


「任務、ご苦労様でした」


「あ、ああ。ありがとう」


「お噂は聞いております。お気の毒でしたね」下士官はワインボトルをルイポルートに渡す。


「ああ…。だが敵も戦い続けて弱っていた。部下が仇を討ってくれたはずだ。それだけが救いだな」帝国の精鋭部隊が全力で戦ってようやく相討ち。我ながら情けないことだ。


「何も、聞いておられないのですか」下士官は同情とも悲嘆とも言えない、微妙な表情を浮かべる。


「何をだ」そこで下士官はしまったというふうに口に手を当てる。嫌な予感しかしない。


「いえ、あのご存知ないのでしたら…」


「何をだと言っているのだ!」ルイポルートは思わず下士官の胸ぐらを掴む。下士官は目をそらす。そして言う。


「私からではなく、本人から聞いた方が早いでしょう。こちらへ」嫌な予感は既に確信に変わっていた。ルイポルートはすっかりワインボトルのことなど忘れ、黙って下士官についていった。


案内されたのは木造の大きな建物、仮設病棟だったはずだ。百はあるだろう粗末なベッドが並んでいたが、使用されている病床は5床に満たない。治療に当たっているヒーラーが移動すると、患者の顔が見えるようになった。予想はできていたが、その顔には見覚えがあった。


「申し訳ありませんでした!」補佐官のあまりの声量に胆の強さに自信があるルイポルートも一瞬たじろぐ。だが、すぐにルイポルートは笑顔を作る。


「よく、生きて戻って来てくれた」ルイポルートはベッドに駆け寄り補佐官の肩を叩くと、彼はとても痛そうに転げ回った。不幸なことに、丁度そこに傷があったのだろう。しまったと思いながらも、ルイポルートは本題へ入る。


「早速で悪いが、戦果と損失を説明してくれ」どのくらいの損失が出たのだろう?見たところ、負傷者はそう多くはなさそうだが…


「戦果は…ありません。損失は…ここにいる人員以外、全滅です」ルイポルートは補佐官の言うことを理解できなかった。敵の魔力は確かに強大だったが、多くの血と引き換えに損耗させることができた。部下の数人を失うことはあっても、全滅なんてしないはずだ。


「全て、私の責任です」補佐官は悲痛な表情を浮かべる。


「何があったのだ?」


「敵の竜が空に現れて…。森に遮られて上から見えないはずなのに、殆どの兵士が死にました」補佐官の目から涙が溢れる。


「申し訳ありませんでした!」もう一度、補佐官は繰り返す。その謝罪の意味をようやくルイポルートは理解した。


「いいや、全ては私の責任だ」もし敵を侮り、追撃を命令していなければこのようなことにはならなかっただろう。そうでなくても、部下だけが死に自分が生き残るということがあってはならない。


ふと、仲間を置いて逃げ出した敵の姿を思い出す。臆病者と嘲り笑ったが、彼らの方が賢かっただけなのかもしれない。


「少数を切り捨てる勇気がなければ、結局は全てを失うのかもしれんな」ルイポルートは誰にも聞かれぬほど小さな声でそう呟いた。


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赤い下地に黒い竜が火を吹いている国旗が風に靡いている。そしてその横には、急拵えとは思えないバラ窓やアーチがあしらわれた2階建ての建物がある。中央防衛線司令部である。


「どうだぁ?捕虜の様子は」中央防衛線司令、ザカリーは昼間だというのに顔が赤くなっていた。軍上層部に叩き上げの者は一応いるが、殆どは外様の貴族がその功名心から多くの地位を占めていた。実務には興味がないと肩書きだけで何もしない者が大半だが、ザカリーは何かにつけて口出ししてくるため参謀団から疎まれていた。


「最初の方は口は固かったですが、敵の上陸作戦時に得られた捕虜が幸いしました。目の前で仲間を一人一人殺すとすんなり口を割り、敵のおおよその配置が判明しました。得られた情報については後で部下に持ってこさせます」参謀は性急な反撃作戦に反対だったが、皇帝陛下が承認してしまったのなら仕方がないと諦め、少しでも勝利の可能性を上げるため毎日忙しく働いている。


「そうか、そうか。これでこの作戦の成功は確約されたようなものだな」馬鹿でかいワイングラス振りながら満足そうに笑う。いっそ、酔って永遠に寝ててくれれば楽なのに。


「現在、捕虜は懲罰牢に閉じ込めております。準備が整い次第後送する予定です」参謀がそう言うと、ザカリーは一瞬神妙な面持ちになり、すぐに元に戻る。


「もう、要らんだろう」


「はい?」


「必要な情報は得られた。もう、あの野蛮人に価値はない」


ザカリーの突拍子のない発言に、またかと参謀は頭を痛める。


「しかし数少ない捕虜です。今回同様、どんな役に立つか分かりませんし既に後送の手配も…」


「輸送状況が逼迫している中で、わざわざ野蛮人ごときに馬車を割り当てる必要はないだろう。参謀ならもう少し頭を使いたまえ。出来るだけ苦しませて処理するように」ザカリーは苛立ちを逆撫でするようなしたり顔を浮かべて言う。


「了解しました」参謀は内心舌打ちしながら返事をする。


「いま、チッと聞こえたような気がしたが…」


「気のせいかと」


「ならいい。しかしあれだけの犠牲を出しておきなぎら、土産が捕虜の一人とは。帝国の精鋭があきれたもんだ。君らもそう思うだろ?」


「えー、はいそうですね。」


「なんでこの軍には無能しかいないのだ」それはお前だろと言いたくなるのを、参謀は堪える。


「だが、安心したまえ。この私が来たからには同じ轍は踏ません。絶対に祖国を勝利に導いてみせよう」意気満々に言うザカリーの様子に、参謀は寒気を覚えるのだった。


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ピンク色の草木が栄える平原に、黒い煉瓦の壁が果てしなく続く。遠くから見ると古代遺跡を彷彿とさせるが、それはそんな情緒のあるものではない。大木などより太い足、家の屋根より高い背丈、そして魔導機関の駆動音。これこそアンゴラス帝国の誇る技術の結晶、防壁ゴーレムであった。


「一体、こんなにどこからかき集めてきたんだ?」


「国中の殆どのゴーレムがここに集まってんだ。このくらいあるだろう」


「本当に頼もしい限りだな」


上層部は頭を悩ませていたが、久しぶりの反攻作戦に兵士達は浮わついていた。陣地に籠ることは戦術的に正しい場面だとしても、それは一人の兵士を納得させる動機にはなりえない。防御側の士気は攻撃側より低いのが常だ。しかしそれも今日まで。ザカリー司令の号令で始まった大規模作戦により、帝国兵は正しく水を得た魚のようになっていた。


既に参加兵力およそ10万人は準備を終え、いつでも行軍できる態勢になってていた。防衛線に配備された総数からすると10万という規模は微々たるものだが、この作戦に後ろ向きな参謀連がごねにごねまくった結果この規模に落ち着くこととなった。


陣形は単純。防壁ゴーレムを横に並べ、その後ろを歩兵がついていくという古典的な布陣だ。基本動作以外なにもできない急遽召集された兵に、変に策を凝らせた作戦などこなせないということなのだろう。


兵士達がゴーレムの作る影の下で、この作戦への期待、野蛮人への侮蔑、又は上官への不満を口にしているとキーーンと耳に響く不快な音が木霊した。


その音の原因はすぐに分かった。いつの間にかこの防衛線の総司令であるザカリー将軍の挨拶が始まっていたのだ。魔導拡声器で無理に大きくした声は音質が悪く、何を言っているのかほとんど聞こえない。しかし最後の一言だけは、不思議なことにはっきりと分かった。


「作戦の発動を宣言する!神聖な帝国領より野蛮人を駆逐せよ!」

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