偵察 終

ユニコーンから抽出した魔導防壁の防御力は絶対的だ。それこそ、一発、二発なら魔導砲の射撃すら耐えゆるほどに。しかしどんなものにも弱点がある。防壁はその性質上、前方からの攻撃しか防ぐことができない。だから、私は第4班の潰滅は敵の不意打ちのせいだと考えていた。しかしその考えは改めなければならないようだ。何せ信じられないことが目の前で繰り広げられているのだから。


敵の角がユニコーンに向くと、雨のような光が放たれる。それは魔導砲の光とは比べ物にならないほどにか細く弱々しい。しかしそれを受け止めた魔導防壁は、青色から紫色、そして紫色から赤色に変化した。禍々しい赤い光を放つ防壁は、ガラスの割れるような音とともに砕け散り、敵の攻撃に道を譲った。一瞬で部下とユニコーンは肉塊とすら呼べないほどに木っ端微塵となり、混じり合った。もうどちらがどちらなのか、分からない。俺と愛騎は一心同体だと言っていた、部下の姿が頭によぎる。友軍も攻撃を続けるが、全く効いているようには見えない。


帝国の最精鋭と呼べる兵士が成す術なく散っていくことを、私は受け入れがたかった。だが、私はこの部隊の長だ。いつまでもその光景を眺めているわけにはいかない。


「敵は友軍に気を取られている。機会は今しかない、突撃!」


オーロラのように輝く、青い光を纏った10騎のユニコーンは異形の敵に向かって蹄を進める。しかしそれは思いもよらないものに妨害される。


「くっ、煙幕だ!」敵歩兵がこちらに身をさらしており、異形の角が反対側を向いている攻撃には絶好の機会。それを逃してしまったことにルイポルートは歯噛みする。煙の向こうから、甲高い獣の声が鳴り響く。残り僅かになった第四班は、あとどのくらい耐えられるだろうか。今日ばかりは、帝国では竜の次に速いと称えられるユニコーンも鈍足に思えてしまう。煙のカーテンまで後僅かというところで、敵の攻撃音が止む。


「友軍がやったのでしょうか?」補佐官が紡ぐのは現実とはかけ離れた、あまりにも楽観的な言葉だ。だが、彼の背中は震えている。


「そうだと、信じたいな」ルイポルートは遠回しに否定する。


第四班が全滅したならば、敵歩兵は遮蔽物に身を隠し、角はこちらを向いているだろう。杖を握る手に力が入る。文字通り決死の覚悟でカーテンに飛び込んだルイポルート達であったが、その結果に拍子抜けする。


煙幕を抜けた先には倒れた仲間と、敵の姿があった。ただし敵は予想より小さく見えた。そして少しずつ小さくなっていく。


「敵が、逃げている?」圧倒的と思えた敵がなぜ逃げる必要がある?第四 班が何か打撃を与えたのだろうか。しかし煙の向こうで何が起こっていたかなど考えても埒が明かない。


「くそ、逃がさんぞ!」


「待ってください!」ルイポルートは突然呼び止められ、ユニコーンを蹴ろうとした足が宙に浮いたままになる。


「こいつら、まだ息があります!」


「なにっ!」ルイポルートは倒れた仲間を見やる。生きていた頃の原型を留めない遺体も数多くある中、呼吸により胸が動いている者もいた。しかし大半の者が危険な状態にあることは火を見るより明らかだ。


「隊長、こいつらを頼めませんか?」


「なにを言っている?」部下からの突然の提案にルイポルートは首をかしげる。


「この中で上位の回復魔法を使えるのは隊長だけです」ああ、なるほど。ルイポルートは部下の説明に納得する。死んでさえいなければ、全員は無理だとしても半分以上は助けられるだろう。しかし彼はそれを躊躇する。彼は部隊の長なのだ。部隊を率いる責任がある。それを口に出すと補佐官は笑顔で言った。


「大丈夫ですよ。腐っても私達は帝国の精鋭なんですから。必ず敵の首を持って帰ってきてみせます」


「分かった。こっちは任せろ。絶対生きて戻ってこいよ!」


「了解!」補佐官が敬礼すると部下達もそれに続く。ルイポルートが敬礼を返すと彼らとそのユニコーンは逃げる敵に向かって疾駆を始める。その様子は勇ましく、彼らが負ける様子はなど想像もつかなかった。


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敵の巨大な角、ではなくその上についた小さな角から攻撃が放たれる。先程4班を屠ったものより威力がないことは一目瞭然だが、決して侮れるものではない。僅か数秒攻撃を受けるだけで防壁が紫色へと変色し、無様と思える程に必死で回避行動を取り命からがら生き延びる。そんなことを延々と繰り返している。そのせいで敵との距離は少したりとも縮まらない。


「なぜ、大きい方を使わないのでしょうか?」


「魔力切れに違いない。あの化物の魔力が回復するまでに仕留めなければ」魔力は、使い果たしても自然と回復するものだ。敵はそれを待っているに違いない。


「くっ!」今度は補佐官に敵の攻撃が放たれる。防壁と敵の攻撃が織り成す音が恐怖を掻き立てる。震える手で手綱を目一杯引くと、ユニコーンは道から大きく外れる。道から少し外れるとそこは鬱蒼うっそうとした森。僅かな被弾はあるものの、樹木やキノコが敵の攻撃を妨げてくれる。防壁の色はやがて元へと戻ったが、敵との距離も元通りだ。


「大丈夫ですか!」


「ああ、ここが森で助かった」もしここが平原などであったりしたら、何人の兵が死んでいるか分からない。


「さて、どうするか?」早くしないと敵の魔力が回復し、第四班を壊滅させたような強力な魔法が放たれるかもしれない。


「全滅覚悟で飛び込むか?」帝国のために命を捨てる覚悟はできているが、必ず生きて戻ってくると言った手前それは命じられない。


攻めあぐねていると、何か異質な音が聞こえてきた。


最初はユニコーンの足音かと思ったがそれは少しずつ大きくなって、耳につんざくような音になる。


「何の音だ!」


「補佐官、上です!」


「なんだあれは!」


パリン


何かが割れる音がした。獣のような咆哮が聞こえてきたのはその後だ。


「おのれ!」一人の兵士が空の敵に向かって、炎を放つ。だが、点のように小さい動く目標にそれは当たらない。よく見れば上空の敵も小さな角を持っている。反撃とばかりに、そこから光の雨が放たれる。防壁は数秒と持たずユニコーンと騎者ごと消滅した。


「森に逃げ込め、分散するんだ!」いかに陸の精鋭といえども空の敵には無力だ。何度か白竜との模擬戦を行ったことのある補佐官はその事をよく知っていた。練度の高い部隊は混乱することなく、瞬時に補佐官の命令に従う。もし、彼らが精鋭でなかったなら混乱の中、何も出来ずに全滅しただろう。


流石の敵も一匹では複数の目標を追尾することは難しいようで、敵が出すバラバラという音は少しずつ小さくなっていった。しかし時折響く唸り声のような音は、仲間の死を確実に告げる。


仲間の死を目の前に何もできないこと以上に、敵がこちらに来ないことをどこか安心している自分に腹が立った。帝国に命を捧げると誓った身だ。今さら何を恐れることがある?そう自分に言い聞かせるが、体の震えは収まらない。


とにかく必死に逃げ続けた。沼地で泥だらけになりながら、茨で傷だらけになりながら。そして強靭なユニコーンがとうとう力尽きて倒れたところで、あの忌まわしい音が止んでいることに気がついた。


放り出された補佐官はあちこち痛む体にむち打ち、ふらつきながら魔信を取り出すべくユニコーンに歩み寄る。しかし括り着けていたはずの鞄はそこにはなかった。もちろん地図もなく、現在地は分からないが、太陽を見れば方角だけは分かる。補佐官は北の防衛線へ向かうため、ユニコーンを起こそうとした。だが、緊張の糸が切れたことで疲労が押し寄せたのだろう。ユニコーンの上に倒れ込む。次、彼が目を覚ますのは次の日の同じ時刻であった。


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「ふん!」短い呼吸とともにルイポルートの巨大な足が踏み下ろされると、ウニョウニョと地面を這っていたピンク色の生き物が体液を撒き散らして破裂する。


「汚い体で戦友ともに触れるな!」


部下の治療が終わった。だが、それは命を救えたという意味ではなく、治療する必要がもうないという意味だ。辛うじて治療が間に合った部下は僅か2人。死人の数に比べれば、それは微々たるものだ。


「隊を分散させたのが間違えだったか…」ルイポルートは不意に自らの失敗をどこかにぶつけたい衝動に襲われる。彼はちらりと捕えた捕虜の方を見る、がここで思い止まる。


「あいつは、今回の作戦で得られた唯一の捕虜だ。迂闊なことをして死なれると困るか」


彼はピンクのウニョウニョを靴底で磨り潰し始める。


「これではあいつらに顔向けできんな。」ルイポルートは並ぶ兵士の表情を延々と眺め続けた。


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