偵察 下

何が起こったのか分からなかった。


防壁の発動は間に合ったはずだ。


なのになぜ、私は動かない体で空を見上げているのだろう。


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草が走っている。それがこの物体を知らぬ者にとって、第一印象になるだろう。しかしよく見ると、6個の巨大な車輪がついていることが分かる。もっと近づいたなら、それに扉がついていて中に人が入っていることも分かるかもしれない。


「こちら荒森、オートバイ部隊退却を開始。部隊を追尾していた敵騎兵10は東へ転進。恐らく貴隊に向かっています。」ノイズ混じりの無線から聞こえるのは、荒々しい呼吸をした部下の声だ。


「了解」ひとまず、敵の誘導が上手くいったことに神原二等陸佐は安堵する。だが、本来の目的は敵の殲滅ではない。


「姉川二尉はどうした?」なぜか無線越しでも、彼が気まずそうにしていることが分かった。


「敵に捕らえられているようです」


「捕らえられている?死んではいないのだな」慌せる気持ちについつい語気が荒くなる。


「遠くからでしたので確信はできませんが、恐らく」


「分かった。後は我々に任せて合流地点に向かってくれ」


「了解」一先ず、まだ姉川が生きている可能性が高いということに放心するが、敵に捕らえられているということは誤射に気をつけながら敵を倒さねばならないということだ。それが戦いにおいて大きなハンディキャップになるかもしれない、と考えていると予想外の報告が飛び込んでくる。


「陸尉、後方に騎兵5を確認!接近中です」


「後方だと!」隊は87式偵察警戒車を先頭に、軽装甲機動車2台が後に続く布陣をとっている。報告があった敵との戦闘に備え、重装甲を持つ車両を前に出す配置をとっていたがそれが仇となった。このままだと偵察警戒車の砲頭の射線が通らないのだ。


「軽装甲機動車を脇にどかせて、展開させろ!機関砲発射用意!」神原がそう叫ぶと、車の上から鈍い機械音が響く。


「恐らく、敵の別動隊だ!挟まれる前に、一気に蹴りをつける。対戦車誘導弾を使え、使い切っても構わん。」竜との戦闘の反省により急遽配備されることとなった01式対戦車誘導弾であるが、その配備数は2台の軽装甲機動車に2発ずつ、計4発と決して多くはない。しかもその半分は既に消費済みだ。


「発射用意、機関砲、照準合わせ完了」


「撃て」砲頭から放たれるのは25mm弾。雨のように降り注ぐそれは、相手が馬や人なら容易くミンチにしてしまうだろう。しかし残念ながら今回もそうはなれなかった。


「今回も馬鹿げた防御力の馬なのか?」車長の席には窓もモニターもなく、外の様子は伺い知れないので、操縦手か射撃手に聞くしかない。


「まだ距離があるとはいえ、3秒ほど当て続けないとあの膜のようなものを撃ち抜けません。しかも一度攻撃を中断すると、すぐ膜の色が戻ります。」射撃手は呆れたように言う。


飛翔音が2つ聞こえる。おそらく誘導弾が発射されたのだろう。


「友軍の攻撃、命中しました。敵騎、残り6騎!」


周囲から射撃音が聞こえるようになる。さっきの戦いでは遠距離から単発や三連射で当てても敵の防御膜を破れなかったので、今まで待っていたのだろう。近距離からフルオートで集中砲火を浴びせれば、結果が変わってくれることを期待する他ない。


「グァッ!」衝撃音とともに、車体が大きく揺れる。


「被害報告!」


「エンジン、異状なし」


「射撃システム異常なし、射撃を継続します!」しかし距離が縮まるということは、敵の攻撃も届くようになるということだ。今までのような長距離からのワンサイドゲームとはなり得ない。


「思ったより衝撃があったな。この車体だから何とかなったが、軽装甲車では耐えれんぞ!」


「友軍が敵を撃破!残り2騎」近距離、フルオート、集中攻撃なら効果があると分かったのは明るい知らせだが、費用対効果が悪すぎる。


「こちら、第二班。間もなく弾が切れます!」


「第三班も、同様です。」


「敵の新手が出現!距離800、報告にあった敵だと思われます。」後部斥候が叫ぶ。


「挟まれたか」軽装甲機動車の乗員は降車していて、車を盾にしながら前方の敵を射撃している。敵に後ろを取られるわけにはいかない。


「25mm弾切れです、7.62mmに切り替えます!」無用の長物と化した頼みの綱の代わりに7.62mmも咆哮を上げるが、その頼もしさは25mmの足元にも及ばない。


「前方の敵の撃破を急げ」


「敵、一騎撃破!残り一騎です」


「友軍がやりました!前方の敵、制圧完了です!」待ちわびた報告に神原は安堵の息を吐く。だが、緊張を解くにはまだ早い。敵はまだ残っている。弾がもうないにも関わらずだ。神原は苦肉の決断を下す。


「撤収だ」神原が口に出した一言に、車内の空気は凍りついた。


「えっ、しかしまだ姉川が…」


「こんな状況で戦闘を継続できん。余計な死者を出すだけだ。」


皆が言いたいことがあるような表情を浮かべているが、誰も口を開かない。分かっているのだ。どうしようもないということを。


「後方に発煙筒を発射!軽装甲機動車を先に行かせろ」


「了解」大きな振動とともに、車体は動きだす。後方にいる仲間を置いて。


「すまない」神原は誰にも聞こえぬ声で呟いた。

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