偵察 上
アンゴラス帝国 中央防衛戦 司令部
斥候が帰ってこないと報告があったのは、日が昇る直前のこと。それぐらいで一々私を叩き起こすなと思いそうになった。斥候、特に偵察任務を行う斥候は危険が多く、生存率も低い。斥候の行方不明などそれほど珍しいことではないだろう。しかしよくよく話を聞いてみると事情が異なるようだ。敵状の把握のため派遣された12の偵察部隊。それらは敵状を把握する前に接敵し、命からがら撤退するか、消息不明になったようだ。つまり、我々は未だに敵の配置どころか数もわからない。だが、だからといって時間をかけて情報を集めるという選択肢はない。これは皇帝の勅命であり、迅速に実行しなければならない、と司令官が焦っているからだ。なるほど、思ったより事態は深刻らしい。あの男なら、情報が集まる前に攻撃を開始するという無茶もやりかねない。
本来なら彼らをこんなことに使うべきではないが…。仕方がないか。勅命であるならば、許可は出るだろう。
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皇帝陛下の護衛の任に当たって、早20年。このまま引退するまで陛下の護衛を続けるものだと思っており、私もそれを望んでいた。しかし、それは一枚の紙によって終焉を迎えた。近衛部隊の防衛線への抽出。こんなことは近衛部隊が創立されて以来一度もないことだ。なぜ直属の護衛である私の部隊がと思いはしたが、陛下のお考えがあってのこと。私は部隊を率いて防衛線へと向かった。そして陣地の構築の手伝いをしたり、陣地の構築の手伝いをしたりしていると、いつの間にか3か月が経っていた。
私の部隊は最初の一ヶ月は全ての帝国兵の模範となるような、言い換えれば融通の聞かない振る舞いをしていた。そして、二ヶ月目には『丸くなったな』と他の部隊に言われるようになり、三ヶ月目には他の帝国兵に交じり賭け事や飲酒に勤しむ者も出てきた。全てを投げ捨て陛下と軍に身を捧げて来た分、適切な遊び方を知らないのだろう。二日酔いで体調を崩す者もたまにおり、こっちの頭まで痛くなる。
「まぁ、理解できんでもないな」近衛隊長ルイポルートは呟く。
どんな重要な任務が与えられるかと思いきや、その内容は一般兵と変わらぬただの陣地構築。この配置換えについて、陛下に対し疑義を抱いている者も多いことは空気から分かるが、口に出さないのは近衛兵としての最後の矜持が残っているからだろう。
ルイポルートは煙草を吹かす。隣の部隊の隊長から分けてもらったものだ。この間まではこのような不健全なもの帝国軍人に相応しくないと思い固辞していたが、どうしてもと言われ一度だけ吸ってみたところ虜になった。一時的にだが、言い表せないような心のしこりから解放された気分になる。もう一本吸おうとしたところで、箱が空であることに気が付く。
「もう無くなってしまったか。適切な嗜み方をできないのは私も同じか」ルイポルートは皮肉気に嗤う。
灰皿に積もった灰を名残惜しく見ていると、控えめなノックが響く。そこから表れたのは、怯えた表情をした伝令士官だ。彼が怯えている原因は私にある。着任初日に賭け事をしていた彼を叱責したからだ。それ以来、どこかやりにくいところがある。
「どうした?」そんなに怯えなくてもいいのにと声をかけたくなるが、報告を聞くのが先だ。
「近衛部隊隷下の一個小隊を偵察任務に従事させよとのことです。」
「偵察か…」大切な任務であるとは言えるが、決して花形ではない。活躍して陛下に認めてもらうには、地味すぎる任務だ。それに加え、偵察専門の部隊がいたはずだ。
「なぜ、我々がこの任務につく必要があるのだ」ルイポルートは単純に疑問に思ったことを聞いただけだが、士官には違う意味にとられたらしい。
「いえ、あの帝国屈指の実力を持つ近衛部隊に偵察なんて任務をやらせるのは大変おこがましいことは分かっているのですが… 」
「私はなぜだと聞いているのだ!」士官がビクンと跳ね上がる。
「派遣した偵察部隊が壊滅しまして、それで…」
「最初からそう言わんか!」士官が腰を抜かして、床に座り込む。
「部隊を編制したら連絡を入れる。」
「了解しました。それが終わりましたら作戦会議室に顔をお出しください」士官はそう言うと逃げるようにして、ルイポルートの執務室を後にした。
ガチャンと扉が閉まる音が静な部屋に響く。
誤解が解ける日は思ったより遠そうだ。
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不意打ちにより大きな損害を被った自衛隊は、先の事例と同様に放棄された街や村に敵の拠点が秘匿されているのではと考えていた。ヘリコプターによる観測では特に異常は見られなかったものの、敵が建物内に隠れているならば赤外線など無意味だ。よって二度と同じ失敗は繰り返すまいと、パラノイア的なまでに入念な偵察を行っていた。そしてその任務にあたるのは、はるばる東京から運ばれてきた第一偵察隊だ。
巨大なキノコが木の代わりに並んだ森と聞けば、どこかメルヘンチックに思えるかもしれない。しかし潜んでいる敵がいつどこで出現するか分からぬ中、誰もそれを気にとめない。彼らが考えていることといえば、迷彩がその機能を発揮してくれるかにつきる。新たに配備された対アンゴラス帝国仕様の迷彩服は、ピンク色のキノコの柄と地面にびっしり生える赤色の苔に合わせた迷彩になっている。まるでアニメかゲームの兵隊のようだ。まだ、配備数は200着にも満たないが、少しずつ増していくらしい。
「これは北の国を笑えんな」そのうち戦車もピンク色になるのだろうか。実用的な観点からして合理的であることは分かっても、なぜか生理的嫌悪がする。
「二等陸佐、先遣のオートバイ部隊より報告です。」通信士が声を上げると、くだらない思考は消散し、空気が張り詰める。隊の皆は一言一句聞き漏らすまいと全神経を耳に集中させる。
「姉川陸曹が敵小規模部隊を発見したとのことです。」
「やはり、伏兵か?」現在偵察隊が向かっているのは街道沿いの廃村だ。もうかなり距離が近い。そこに拠点を構える敵のパトロール部隊に見つかったと言うのが筋のように思えた。しかしすぐに矛盾に気付く。もし、敵がだまし討ちをするつもりならパトロール隊など出して、被発見率を高める行為をするだろうか?
「敵は騎馬隊のようです。出現場所も目標地点とは大きく離れており、斥候の可能性が高いようです。」
「騎馬隊?ゴーレムではなくか?」陸佐はいままで登場しなかった兵科の出現に、思わず聞き返す。
「はい。間違いなく騎馬隊です」通信士は断言する。
「そうか。なら、司令部に連絡を入れ…どうした?」陸佐は通信士の顔が青くなっていることに気付く。
「オートバイ部隊が敵に発見されたようです!攻撃を受けていると連絡が…」
「ここから、姉川の部隊までどのくらいだ。」陸佐は操縦士に聞く。
「姉川陸尉の部隊もこちらへ向かっていると考えても15分は掛かるかと」
「10分で行け!足の遅い奴は脱落して構わん!」
そのとき二等陸佐は失念していた。自身が隊の中で一番遅い87式偵察警戒車に搭乗しているということを。
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