築城

アンゴラス帝国 デザイル


LCACから次々と装甲車両、重機、資材、そして自衛隊員が送られてくる。かつて、敵の大砲が並んでいた場所には牽引されてきた火砲が並んでおり、アンテナも施設予定だ。港側の山のふもとには倉庫とテント、そして浴場まで出来ている。そして反対側の麓で、私達はスコップ片手に穴を掘っていた。


「ハァーー」思わずため息が出る。水を吸いとった土は重く、ベタつき、不快だ。


「黒川、ため息は幸せが逃げるぞ。ますます、婚期が遅れる」隊長がなんか抜かしよる。


「それ、セクハラですよ。幸せでないから、ため息がでるんです。」一瞬、肘鉄を見舞いたい気持ちになったがなんとか自重する。そして一心不乱にスコップを動かし続ける。


「ザクザク」


「ザクザク」


「ザクザク」


「…怒ってるのか?」隊長が悲しげな目をして、こっちを見てくる。


「別に、怒ってませんよ?」こんな目をするなら、最初から言わなければいいのに。気まずい雰囲気を破るために会話を切り出す。


「魔法使いの国に乗り込んで、塹壕を掘る日が来るなんて思いませんでした。」


「普通は思わんだろ。だが、真っ直ぐにしか飛ばない敵の砲には有効だ。」


「そろそろ、いいだろう。」隊長がそう言うと、私は支給された腕時計を見る。いつの間にか4時間も経っていた。


「早くお風呂に入りたいです」


「何言ってるんだ、深さのことだぞ?」私は固まる。


「あとは土嚢を積んで、鉄条網を敷設だ」


「え、えーー…」なんで風呂を先に作ったんだよと内心思いながら、私はトボトボと色々な物資がおいてある山の向こうの倉庫へと歩み出すのだった。


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帝都キャルツ 帝城


「で、どうされるつもりです?」魔導相アイルが言う。顔こそ平静そのものだが、声音は少し弾んでいる。


「防御に防御を重ね、敵が疲弊したところを全面攻勢を行い敵を帝国より排除します。」軍務相デクスターは辟易する。彼女が上機嫌になる条件は分かりきっている。


「守っているばかりじゃ勝てないでしょう、馬鹿なの?」ほら来た。彼と内務相、リジーは顔を見合わせる。


「200年前の戦争と同じです。敵に少しずつ痛手を負わせつつ…」


「相手は列強でもなんでもない。魔法の使えない蛮族なのよ!国際会議の開催も迫ってきているのです。おそらく我が国の醜態は、各国にも知れわたっていることでしょう。それまでに事態を収束しなくては、帝国の面子は丸つぶれです!」アイルは机をバシンと叩く。悔しいことに、ビクリと体が反応してしまう。


「しかし相手は実際に何回も、わが軍に…」


「貴方たちが無能なだけでしょう!」アイルは額に皺を寄せる。前より若干濃くなった気がする。


「ですけど、無能の中にも少しは優秀な人材はいるものですね。」アイルは机の上で資料を滑らせる。流石に皇帝にだけは手渡ししたが。


デクスターはその分厚い資料に手を伸ばす。そして、その手は資料をつかむ前に止まる。それは、ここにあってはならないものだった。


『大攻勢計画』デクスター自身が握りつぶした物だ。現実味がない作戦と、砂糖菓子でも真っ青になるほど敵の反撃を甘く見積もった計画と呼ぶこと自体が計画への冒涜になるような三流小説のような代物。


「どこから、貴方はこれを?」


「どこでもいいでしょう?」アイルは扇のように、それでパタパタと扇ぐ。


「これは、明らかな越権行為です」リジーさんが助太刀してくれる。このヒステリー女史と対等に争えるのは彼だけだ。頼もしい。


「いいえ、魔導省に送られてきた資料を会議の場に出しただけ。なんの問題もありません。」ああ、ザカリー将軍が自分で送ったのかとデクスターは一人納得する。


「陛下、作戦実行の許可を」


「待ってください!こんな作戦計画では…」デクスターは反論するが、皇帝の意見は変わらない。


「帝国の名声を落とすわけにはいかん。作戦の実行を命令する。」


「しかし…」


「作戦実行の許可を出しているのではない。命じてるのだ。」


「これは、勅命ということですか?」リジーが聞く。


「そうだ」こう言われると大臣ごときに、何の決定権もなくなる。デクスターは、拝命しましたという他なかった。


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カツ、カツ、カツと広い廊下に靴音が響く。床は自らが輝いていると錯覚させるほど磨かれた黒曜石。左右には巨大な鏡と柱を支える神像。上を見れば高価な魔光石をふんだんに埋め込んだシャンデリアと巨大な円形の絵画が姿を見せる。これらを帝国の栄華の象徴と捉えるか、愚かな浪費と捉えるかは意見が別れるだろう。


「全く、陛下には困ったものだ」リジーは銀髪をたなびかせながら、その後ろを歩く朋友に話しかける。


「リジーさん、ここでは誰が聞き耳を立てているか分かりませんよ。」デクスターは辺りをキョロキョロしながら、リジーをたしなめる。


「近衛部隊は前線に追いやった。貴族どもは今頃、中央防衛線司令の壮行会だ。何の問題もない。」デクスターは仕方がないという体でリジーの話に付き合う。


「ザカリー将軍ですか?帝都に裁判の証人となるために戻ってきたのは知っていますが、かなり前に終わったのでは?」


「ああ。その後で、挨拶回りをしていたらしい。しかしいくら陛下の娘婿だからといって、あんな無能を司令に捩じ込むとは。」リジーは眉間に皺を寄せる。そして娘から最近皺が増えたねと言われたことを思い出す。悪い癖だ。直さねば。


「なるべく早く異動させるようには勤めますが…」


「この状況で動かせば、お前の首が飛びかねんな」先帝の遺言により大臣となったリジーとは異なり、デクスターはリジー自身が大臣の座に無理矢理捩じ込んだにすぎない。その上敗戦が続くという弱みもあり、声高な主張はできない。


「話が変わるが、敵の武器について何か解析はできたのか?」


「やはりニホンに送った間者の言う通り技術体系はヒルメラーゼ共和国に近いようです。アミル王国の共和国租借地に駐在していた共和国民の装備と似ています」


「火薬を爆発させて、鉛玉を飛ばすのだったか?複製は可能か?」


デクスターは、黙して首を横に振る。


「連射性能のなく、射程も短い単純な構造の物なら可能かとは思います。しかしそれならば、魔法の方が強力です。」


「我々の魔力がもっと弱ければ、正しい方向に舵を切れていたかもな。」


二人の姿はやがて見えなくなり、廊下で反響していた足音も消える。微かに聞こえるのは、どこか遠いところで騒いでいる貴族達の声だけになった。









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