空挺 下

幸いと言うべきか、命に別状のある負傷者はいなかったため、第三分隊は偵察任務を継続することとなった。ブービートラップの存在は、護衛艦いせにある司令部を通じて各部隊に注意喚起がされた。これでトラップに引っ掛かる隊員がいなくなってくれればいいのだが、いかんせんどれだけ気を付けようとそれは確率的なものでしかない。


第四分隊と解散した第三分隊は、行程を少しずつ消化していった。しかし扉や窓、散乱する荷物や調度品にトラップが仕掛けられていないか徹底的に調査しながらの探索だ。この分隊だけではない。全ての部隊で大幅な作戦の遅延が起こっていた。貴重な空挺部隊の人員を損失するくらいなら、時間がかかってもいいというのは司令部の方針ではあるが日が暮れる前に終わるか心配になる。


「クリアです。トラップもありません。」書斎を調べていた如月が報告する。


「これで、この建物は終わりか。」これでようやく行程の半分の消化だ。本来であれば2時間前に終わっていなければならない。


「このペースで大丈夫でしょうか?」柴田は思案顔を浮かべる。現代の軍隊(政治家がどう呼ぶかには興味がない)にとって、時間は金にも等しい。


「焦るな。焦るとどこかで綻びが出る。司令部のお墨付きも出てるんだ。たっぷり時間を掛けてやれ」だが、それでも人命は大切なのだ。感情論だけでなく、コストの面でもだ。


「よし、次いくぞ!」分隊長は頭に叩き込んだ地図を浮かべ、次の目的地へ向かうのだった。


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目の前にあるのは平屋の洋館だった。大きな庭を持っているため、延焼を免れたのだろうか。ほぼ無事な姿で残っている。花壇が荒れ果てておらず、池が灰で黒く染まっていなかったら尚一層美しかっただろう。


しかし大手を振って、その門を潜るには問題が一つあった。建物から張り出した六角形の出窓から、光が漏れていたのだ。


「どうだ?」


「軍服を着ています、民間人ではないかと。人数は20程度です。警戒している様子はなく、歩哨すらいません。」如月は双眼鏡を覗き込んだまま答える。


「制圧する。柴田、司令部に連絡を入れてくれ。」柴田は背負った無線機を地面に置き、通信を始める。


「斎藤、西村、お前達は狙撃手をしろ。あの三階建ての建物からは射角が通じるはずだ。」分隊長は指を指す。


了解と返事をすると、二人は走ってそこへ向かう。


「残りは突入するぞ、付いて来い!」勇ましく言う分隊長は、その実不安だった。圧倒的な技術力が遺憾なく発揮される空と海とは違い、いつまでたっても地上戦は、特に市街戦は泥臭いのだ。室内では射程距離の差も意味をなさない。前回の失敗もある。これ以上、自分の隊から死者を出すわけにはいかない。


斎藤ペアが位置についたと報告があったのは、10人の隊員が灯りのついた部屋のない裏側の門より侵入を果たしたときだった。


分隊長が合図をすると、隊は5組のツーマンセルに別れる。分隊長が率いる班は扉の前に、残りはそれぞれの窓枠の下へと移動する。全ての班が配置についたことを確認した分隊長は、指で合図を送ると、ガシャンとガラスの割れる音が響く。窓から4つの手榴弾が放り込まれたのだ。


その直後に来るのは爆発と爆風。窓は粉々に割れ破片が散らばる。そして一斉に、隊員は中へと雪崩れ込む。


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戦闘と呼べるようなことは起こらなかった。殆どの敵は一目で死んでいることが分かり、そうでない敵も体のあちこちが欠けている。そして辛うじて戦えそうな敵は、奇襲を受け杖を構える暇すらなく蜂の巣にされる。一方的な狩猟、もしくは殺戮だ。


俺達は動かない敵に二発ずつ銃弾を撃ち込んでいく。死んだ振りをしている者、意識を失っているかだけの者を確実に殺すためだ。こちらは10人、敵は20人程。作業が終わるのにそう時間は掛からない。銃創を持たない体はあと一つだけとなった。


「ああ…」敵は言葉にならない呻き声をあげる。それが腕を失った痛みから来るものなのか、混乱から来るものなのかは分からなかった。だが、そんなことは関係ない。如月は先程と同じように銃口を敵の頭に向ける。そして人差し指に力を…


「お母さん…」敵は、その兵士は泣いていた。恐怖や憎悪とは正反対の、どこか幸せそうな恍惚とした表情で。


如月はずるい、と思った。帝国の植民地での所業は話に聞いている。これは自衛官だからというわけでなく、報道もされている周知の情報だ。なのに、なのに、なのに。


「今さら人間の振りするんじゃねぇよ!」俺は雑念を振り払うように呟く。それでも何回も、何百回も、何千回も同じ動作を反復してきた指は動いてくれない。呼吸が激しくなり、心拍数も上がっていることは自分でも分かる。


肩を強い力で叩かれ、俺は我に帰る。じんわりと痛みが広がっていく。


「俺がやろう」分隊長はそう言うと、俺と敵兵の前に割って出る。そして乾いた音が二回。


「敵と目を合わせるな。撃てなくなる」


思わず反駁しそうになるが、そんな権利は自分にない。そして、どこか安心している自分が情けなかった。


その後は敵戦力との遭遇はなく、作戦終了時刻より遅れること3時間。無事に港街の偵察が終了した。



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