空挺 上

アンゴラス帝国 デザイル


「ああ、今日も無理そうだな。」


ようやく見つけた屋根のある家屋の窓から見える景色は相変わらずの雨。これで4日連続だ。こんな天候ではとても海に潜るなんてことはできない。魔信にはサルベージ品を心待にしている上司からの催促と小言が入り、その頻度は上がる一方だ。


「本当は仕事がしたくてたまんねぇんだが、こんな天気じゃ仕方ねぇ。」隊長はそういうと、懐からトランプを取り出す。


「まったくです。」


「大丈夫ですか?一昨日も昨日もぼろ負けしてましたけ…」


「ちょっと、黙ってろ!隊長はいい鴨なんだから余計なこと言うな!」古参兵はすかさず新米の兵士の口を抑えるが、それは少々遅かった。


「俺が鴨だと!」隊長は怒気を含んだ声を滲ませる。


「いえ、あの違うんです。」


「ふん、舐められたもんだ。俺の本当の実力を見せてやる。せいぜい破産しないようにするんだな!」隊長は皮肉気に嗤う。しかしゲームの勝敗がつくことはなかった。


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デザイルより20km とある空


「間もなく降下だ。準備はいいな!」


「「はい!!」」


今回は街に潜む敵戦力を確実に排除するため、先だって空挺部隊が投入されることとなっていた。護衛の4機のF-15を引き連れて、6機のC-130は目的地、デザイルを目指す。前回はオスプレイで輸送、展開されたため空挺降下はなかったが、今回は純粋な空挺作戦である。 C-130には空挺第一から第五分隊、計60人が搭乗しており、大きな被害を受けた第三分隊も人員を補充され任務にあたる。


「事前偵察は済ませてあるが、前回の待ち伏もあり油断はできない。各員、心して任務にあたれ!」


ブーーとブザーが響き、扉がゆっくりと開く。各自もう一度、持物を確認する。


「状況開始、降下、降下、降下!」


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第三分隊は降下地点となっていた広場へと着地した。恐怖は反復練習で克服できるが、無くなるわけではない。それに落下傘が開いてくれるかは運次第なのだ。分隊長は全員が無事に集合したことを安堵しつつ、沖合いに停泊する友軍に通信を入れる。


「第三分隊、目標地点に降下完了。これより第一地点へ偵察に向かう。」


「了解。健闘を祈る。」


今回の任務は港に射角が通じる建物をしらみ潰しにあたること。大半が焼失しているが、決して少ない数ではない。極端から極端へ触れすぎな気もするが、石橋は叩きすぎるに越したことはないだろう。


歩いて、10分としないうちに一つ目の建物に着く。平屋の小さな店だ。テラスがついていることから、飲食店だったことが分かる。分隊長が指で指示をすると如月、柴田は建物の横に回り、斎藤、山中はテラスの入り口へ向かう。己は正面の扉の横に立つ。準備が出来たことを確認した分隊長は、大きく息を吸い込む。


「突入ーー!」号令とともに窓から、テラスから、そしてドアから隊員が突入する。その動きは、まるで人形のように無機質的だ。


「クリア」


「クリア」


「クリア」


それほど大きい店ではない。建物の捜索はあっという間に終わり、ホールで分隊は合流を果たす。


「全員、揃っているな。次の目標に向かう。」


渡された地図には、20を越える赤丸と数字が書き込まれている。小休止をとる時間はないのだ。分隊は正規の入口から外に出る。そのときだった。誰もいないかの様に思えた街に、爆発音が響いた。


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第四分隊との連絡が途絶えていることを無線が伝えるまで時間はかからなかった。そして第四分隊に一番近いところに位置する、第三分隊に応援要請がもたらされるのは必然であった。


敵が潜んでいる可能性が高い。勿論、これまでもその可能性はあったが実際に被害が出たとなると、話は違う。


瓦礫の隙間、崩壊した建物の中、路地というにも小さい建物と建物の隙間。様々な場所を警戒しながら少しずつ、第三分隊は通りを進む。そして分隊は3階建てのアパートへ辿り着いた。雨降りのなか佇む黒いアパートは、Lと緑で有名なゲームキャラクターの名を冠したマンションのようで不気味だ。


マンションをよく観察すると、二階の一番端の部屋のドアが歪んでいることに気付く。そこで、何かがあったに違いない。



奇襲されないように後方を警戒しながら、分隊は二階へ上がる。ここは二階なので分隊はドアのみから突入するしかない。ドアは勢いよく開け放たれたれ、銃を構えた隊員が突入する。中から人の気配がし、緊張が走るがそこにいたのは、杖を構えた敵兵ではなかった。


「第四分隊の方達、ですよね。」そこにいたのは、つい先ほどまで合わせていた顔。同じ輸送機に搭乗していたので覚えている。なんとなくだが。


「ああ。」返ってくるのは素っ気ない返事。せっかく救援に来たのにと如月は顔をしかめるが、状況を鑑みると仕方ない。部屋の中には包帯をした隊員達。包帯はところどころ血が滲んでいる。


「何があったのですか?」分隊長は、第四分隊の分隊長に歩み寄る。


「あれだ」分隊長は彼が指差すものをみて息を飲み込む。


「殉職者が!」しかしそれは即座に否定される。


「いや、うちの部隊の者じゃない。おそらく、エアクッション挺に乗り組んでいた隊員だろう。」脱出出来ずに溺死したのだろう。顔はふやけて皺だらけで、一目見れば死んでいると分かる。上手くそうと分からないように配置したのだろう。


「トラップだった。そのおかげで部隊の半数が負傷だ。」彼は悔しそうに歯を食い縛る。


「すみません。俺が余計なことしたばかりに」今に泣きそうになっている隊員は、指が何本かなくなっており、代わりに包帯が巻かれている。戦傷であるため無下な扱いはされないだろうが、もう二度と銃の引き金を引くことはできないだろう。


「気にするなとは言わん。だがお前が一番重症なんだ。今は気を丈夫に持て」彼はその隊員の肩を叩くと、分隊長(第三分隊のである)に向き直る。


「すまないが、無線を貸してもらえないか?おじゃんになってしまったのでね」分隊長は柴田に無線を差し出すように目で合図する。


彼が通信している間、分隊長は考える。果たして私は目の前に動かぬ自衛官を見つけた時、踏みとどまることができるのだろうか。咄嗟に手を伸ばしてしまわないだろうか。私だけでなく、他の隊員はどうなのだろう。しかしより深い自問へと入る前に、無線は終わり、次の行動が始まるのだった。

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