サルベージ

アンゴラス帝国 デザイル


カツ、カツ、カツと靴音が響くと、鼠のような生き物の群れが散っていく。音の先には二十人程の帝国兵が列をなして歩いており、その後ろに一体の輸送ゴーレムが続く。


「本当、ひでぇことするもんだ。」先頭を歩く兵士は、あまりの惨状に思わず呟く。白く輝いていた石畳は煤にまみれ、気を付けなければ転びそうになるほど瓦礫が散乱している。通りの両脇には屋根がなく、骨組みが剥き出しになった建物が並び、敵の攻撃の熾烈さを物語っている。


「陣地はともかく、街まで破壊することはねぇっていうのに。」


「本当に野蛮な連中だ。」


ちなみに彼等は急遽街にも魔導砲が設置されたという事実を知らない。


「あの、すみません。何があったんでしょうか?」徴兵されたての新米の兵士が訪ねる。


「戦争だよ、戦争だよ。新聞読まねぇのか!」


「いえ、読んではいるのですけど…。」


「まぁ、本当のことは書けねえか。何が起きたか教えてやる。」古参の兵士が新米の肩を叩く。


焼け落ちた建物が並ぶメインストリートを歩くこと40分、とうとう街を抜け、ようやく海に辿り着いた。戦列艦のマストだった丸太が至るところに突き刺さり、海から針が生えているかのように見えた。そんな船の墓場のような海に、不思議な物が頭を出している。


「あれ、ですね。」


「ああ、あれだな。」


黒く、ブヨブヨとした唇のような物体が海から突き出ていたのだ。双眼鏡を使わなくてもよく目立つ。


「よし、行くぞ!」兵士はゴーレムが引きずってきた小船に乗り込み、その物体を目指すのだった。


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俺は故郷では漁師をしていた。父親も母親も漁師であり、村の住人の殆ども漁師だ。しかし急に召集がかかり、軍務に従事することとなった。聞けばこの部隊の半数は急遽かき集められた漁師、それも主に素潜りで漁を行ってきた漁師達で構成されているようだった。(ちなみにもう半分は何らかの懲罰を受けてこんなところに飛ばされた兵士らしい。詳しく聞く勇気はない。)


今まで、海は綺麗なものだと思っていた。実際、俺の故郷の海はいつも澄んだマリンブルーで、色鮮やかな魚が遊泳していた。しかし今回はどうか。世界最強を謳った帝国の主力艦隊の残骸が海を埋め尽くしている。そして、その戦列艦の上に覆い被さるようにして異形の船は沈んでいた。左右両方の構造物の至るところに穴が空いており、そこから中に入れそうだった。杖の炎を灯しつつ、ゆっくり穴の一つに近づく。


炎が暗い船内を微かに照らすが、水の中で本来の光度を出せない炎はでは心もとない。


船内に入ると、群がっている青い魚が見えた。マルダリンと漁師の間では呼ばれる、綺麗だが食用には向かない雑魚だ。確か生きている魚は補食せず、死んだ魚のみを糧とするはずだ。


炎に怯えたのか、魚は四方に逃げていく。船内は狭いはずだが瞬く間に見えなくなった。そして目の前に目を戻すと


「ブクブクブク!(ウオッ!)」


そこにあったのは死体だった。魚に食べられて、あちこちの肉が抉れている。杖に一層魔力を込め、狭い船内を照らすと幾つもの死体があることが分かった。こんな棺桶のような場所に一秒でも長く居たくない。しかし有用そうな物を持って帰ってこいと言われている手前、手ぶらで帰るわけにはいかない。だがそもそも何が有用な物か見当もつかない。悩んでいると炎が消えた。調子に乗って魔力を使い過ぎたのだ。それに加えて、そろそろ息も苦しくなってきた。何も見えない中、適当にひっ掴むと、それを手に小舟へと上がって行った。


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「それで、これを持って帰って来たと」結局、彼が持って帰ってきたのは自衛官の遺体だった。両足と右手が欠損しており、残った部分は魚に噛られてた跡がある。


「おぇ、おっ、おぇーー!」


「自分が持って帰ってきたくせに吐くなよ。」隊長は悪態を吐きながらも懸命に仕事を頑張った新米の背中を揺する。


「隊長、これなんですかね?」一人の古参兵士は、敵の肩にかかった黒い杖を持ち上げる。


「迂闊に触るなよ。壊すと魔導省の役人がうるさい。」


「了解。これ、どうします?」兵士は死体を指差す。


「取り敢えず、装備を脱がせろ。死体ごとゴーレム車にいれるわけにはいかん。」


「えーー、俺がやるんですか!」兵士はあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。だれもブヨブヨと膨れた死体に、望んで触れたいものなどいない。


「おい、新米。こっちに仕事が…」


「お前がやるんだよ!お前は海に潜れるのか!」


「すみません。」隊長に叱責されると、兵士は大人しく死体から装備を剥ぎ取り始めるのだった。


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やがて船がサルベージ品で一杯になると、船はゴーレムが待つ港へと戻る。もちろん、こんな船に魔導機関が搭載されているはずもないのでオールで漕ぐ。昼間に到着したはずなのに、いつの間にか夕方になっていた。夕食は喉を通らないことが、食べる前から分かる。サルベージ品をゴーレムが引く幌車に載せる作業を手伝っていると、一人の古参兵が言い出した。


「これ、もういらないですよね。」兵士は装備と服を剥ぎ取られた敵を指差す。隊長はその意図を察したのか、表情を少しだけ変えて答える。


「ああ、好きにしろ。」


隊長がそう言うと、わさわさと古参の兵士が死体に群がって来る。


誰が最初かは分からないが、一人の兵士が死体の頭を蹴り飛ばした。それに触発されたかのように、他の兵士もそれに続く。


「こいつらのせいで、こいつらせいで、こいつらのせいで!」


兵士達は死体に罵声を浴びせながら一心不乱に蹴り続ける。水に長期間使って、ふやけたその体から何かの汁が飛び出るが、そんなのお構い無しだ。その表情は真剣で、いつも遊びがてら暴力を振るう様子とは違う心からの怒りを感じる。


「隊長?」俺は戸惑いながら、説明を求めて隊長を見る。


「お前も見ただろう。あいつらは沈んだ船の乗組員だったんだ。好きにさせててやってくれ。」


俺は再び死体を蹴り続ける兵士達を見る。優しく、とはいえないが俺達を指導してくれたり、一緒に賭事をしたり、ときには冗談を交えながら不安を和らげてくれた先任達。出会って2週間と経っていないが、気さくな人達だ。そんな彼等が、何かに取り憑かれたかのように、ひたすら死体蹴りを続ける様子に俺は恐怖を感じた。俺ももいつかあんな風になるのかと。

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