大陸へ

アンゴラス帝国 デザイル軍港 監視塔


細長く伸びる監視塔の外壁には、つたがびっしりと生い茂っており、まるでお伽の国の王女が眠っているかのようだ。少し前までは竜による哨戒があったため、監視塔はほぼ飾りのような状態であった。しかし竜の大半が帝都へ引き抜かれ、それが出来なくなり監視塔はその役目を取り戻していた。そしてその屋上では男が二人、双眼鏡を手に海を眺めていた。


太陽は爛々と輝き、海はどこまでも広がる。そう、どこまでも。地平線を遮る物はもやこの湾には存在しない。


「この港も、すっかり寂しくなっちまったな。」戦列艦バーゼルの乗組員だった男が、煙草を吹かしながら言う。


「未だに信じらんねぇ、あれだけの戦列艦が一ヶ月と経たずに壊滅しちまうなんて。」同じ船に乗っていた黒髭を生やした男が言う。


「まったく、何が蛮族だ。帝国は世界最先端の技術を持ってたんじゃなかったのかよ。上層部のホラ吹きめ。」男は煙を吐き出すと、忌々しく言う。


「お前には仲間の仇を討とうっていう気概はねぇのか!負けっぱなしでいいのかのよ!」髭は同僚の胸ぐらを掴む。


「とは言ってもよ、具体的にはどうするんだよ。俺は犬死にするのはごめんだな。」


「なんだと!」髭男は立ち上がると男を殴る。男はよろめきレンガの柵寄りかかる。海に異変が見えたのはそのときだ。


「おい、あれはなんだ!」男が海を指差し、叫ぶ。


「そんな手に、乗せられるかよ。」髭は男の頭を鷲掴みにすると再び殴ろうとするが、男のあまりにも必死な形相に違和感を感じ、慎重に振り向く。遠くてよく見えないが、水平線に何かがいるような気がした。二人は支給された双眼鏡を覗き込む。


「おい、あれってもしかして!」


「とうとう、奴らが来やがったんだ!」


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突貫工事で建築された駐屯地、司令部は竜基地とは異なり複雑な意匠があしらわれている。この中でも一番豪華な部屋で、司令は部下からの報告を受けていた。その顔には、苦労のせいか何本もの深い皺が刻まれている。


「…それで船を失った乗組員達の後送は、予定通りに進んでいるのかね。」司令は長い髭をいじりながら副官に訪ねる。船を失った船乗りはただの人でしかない。兵站の負担になるだけだ。


「それが昨日の夜、総司令部より通達がありまして…。現地で訓練を行い、防衛任務へ従事させよとのことです。」士官が言うと、司令の皺がいっそう深くなる。


「全く、何を考えているんだか。彼らは海兵だぞ!攻撃用魔導杖を扱うことすらおぼつかないはずだ!」


「後方の訓練所は既に定員超過で、再訓練を行えないようです。」副官は諦観したように言う。


「そもそも、戦闘用魔導杖は全員に行き渡っているのか?輸送ゴーレムの頭数には余裕はなかったはずだが。」


「はい。人が減った分、輸送に空きができましたので。」副官の言葉に司令は複雑な気持ちになる。


「司令、街の建物を兵舎として活用すべきです。海兵の訓練も必要になった今、駐屯地の建設のために時間を無駄にすべきではありません。」副官の提案は悪いものではないと思うが、司令は首を横に振る。


「街の建物は兵舎には転用しない。それは私の決めた方針だ。」


「しかし…」


「抗命するかね?」司令は柔和な笑みを浮かべて言う。


「い、いえ…。失礼しました。」こう言われてしまえば、副官は文句の一つ言えなくなってしまう。


副官が気まずい空気を破ろうと言葉を探していると、慌ただしいノックとともに扉が開かれる。


「司令、見張りより連絡です!敵艦10隻を確認、距離およそ30km、接近中です。」


「竜さえ哨戒に回せたらここまで接近を許すことはなかったはずだ。帝城の臆病者達には呆れるしかない。」司令は一言文句を漏らすと引き締まった表情になる。


「全銀竜中隊に攻撃命令、第一、第二魔導砲陣地群に砲撃命令を出せ!射程距離に入り次第、各自の判断で撃ってよい。」


「はい!」通信兵が魔信室へ走って行く。


「第三魔導砲陣地群はよろしいのですか?」


「まだ撃つなと伝えておけ!」


「了解」


「第一銀竜中隊の離陸が完了しました。第二、第三銀竜中隊も二分以内には全騎の離陸が完了する見込みです。」


「敵艦隊、光の矢を放ちました。竜へ向けて飛んでいます!」


「第一銀竜中隊の反応消えました!既に上がっていた他の隊の龍も同じくロスト!」


「分かっていたことではあるが、やはり通用せんか。」司令はただただ無駄に浪費されていく兵器と命に対し、何もできないことを嘆く。


「第四銀竜中隊、離陸を開始しました。」


「敵艦隊、再度光の矢を発射!」


「第二、第三銀竜中隊、全滅!」


絶望的な状況の中、かえって冷静になった司令はあることに気付く。


「なぜ、奴らは飛行中の竜しか狙わないのだ?」いままでの戦闘では、敵の発見から攻撃まで十分な時間があり気付けなかったことだ。単に優先順位の問題かもしれないが、もしかすると…


「全竜騎士隊に伝達、直ちに離陸を中止!既に上がっている竜は着陸せよ!」


「司令、正気ですか!」副官はすかさず異を唱える。敵を目の前にして出撃命令を取り消すとは、常人の行動ではない。


「安心したまえ。正気だとも。」司令は凶報が入り乱れる司令室の中で、場違いな笑みを浮かべていた。そのことは、部下達に本当に狂ってしまったのではないかと疑念を抱かせるのにはじゅうぶんであった。


「歩兵に防壁ゴーレムを割り当てろ。吹き飛ばされるぞ」


魔導砲の射程距離まであと30!」


「了解」


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護衛艦 ひゅうが CIC


「目標8機がレーダーより消失」


「なにっ、墜落でもしたのか!」


「いえ、超低空飛行もしくは着陸したのかと」


「艦橋の乗組員によると、着陸した可能性が高いとのことです」


「これだけ長く戦っていると、敵も学習はするか。面倒くさいことになったな」


「どうされます」


「作戦を第二フェーズに移す。しかし敵はいつまた上がってくるか分からん。レーダーに注意しておけ」


「了解!」


「目標、敵砲兵陣地!主砲、発射用意!」

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