政治家たちの年越し

空気の澄んだ静かな夜。冷たい空気が肺に染みる。耳を澄ませば除夜の鐘が微かに響き、激動の年の終わりを告げる。


「さぁ、行くか。」二人のSPを引き下げて、外務相は官邸の玄関をくぐる。



日本国 首相官邸


「遅くなって申し訳ない。ルザール王国大使との会談が長引きまして。」外務相が頭を下げる。


「いやいや、外の問題が孕むとなると仕方ないだろう。むしろ年末まで働かせて悪いくらいだ。」総理がねぎらいの言葉かける。


「それはお互い様でしょう。あら、環境相もまだなのですね。」外務相は一つ空いている席が残っていることに気付く。


「あいつは、年始回りのために地元帰っている。」総理はため息混じりに言う。


「作戦のおおよその終了時刻は、あらかじめ分かっていたはずですが」外務相は苦い表情を浮かべる。


「あいつにとっては、国のことより選挙のことが大事らしい。」


「まったく、あの人はぶれませんね。」外務相は前にも似たようなことがあったことを思い出す。


「あいつを大臣に入閣させることが二谷派閥からの支持条件だからな。頭が痛いことだ。」


「ところで作戦はどうなりました?」外務相はずっと気になっていたことを口に出す。世間話を続けられるような心の余裕はない。


総理は防衛省の職員に発言を促す。


「作戦は定刻通りにに発動され、予定通り13ヶ所の敵航空基地の攻撃を行い、成功しました。しかし第一空挺団、第一普通科大隊隷下の第三分隊で四名の殉職。三名の負傷がありました。死亡のうち一名は毒によるものであり、組成は調査中です。この作戦により、続いて行われる上陸作戦は…」


総理はここまででいいと、手の平を職員に向ける。


「成功したことは、非常に喜ばしい。しかし召還前は自衛隊員が一人が死んだとなれば大騒ぎだったが、今は四人で済んだことに安心感すらある。」総理は感慨深そうに言う。


「マスコミですら、死者についての報道はそれほど加熱しておりません。我々にとっては悪いことではないのですが、慣れとは怖いものですね。」総務相が言う。


「今年は悪夢のような年だったが、来年はいい年になることを願おう。」


「総理、もう日付変わってますよ。」


「ああ、そうだったな。今年こそいい年にしよう。」


「あの…」防衛省の職員が、遠慮がちに居並ぶ大臣を見つめる。


「話の腰を折ってすまんかった。続けてくれ。」


こうして、日本はこの世界で二回目の正月を迎えた。来年こそは静かな正月が迎えられると信じて。


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アンゴラス帝国 帝城


大小様々なゴシック様式の塔が並ぶ帝都キャルツ。その中で一際大きい塔を抱える帝城の最上階で御前会議が行われていた。その主役である皇帝の顔色は悪く、疲労が伺える。


「先日ご紹介した蒼竜についてですが、20個の卵の孵化に成功しました。現在、結界内で成長促進過程を実行しており、成熟は2ヶ月後ほどになる予定です。」魔導省の職員が竜の魔写を配る。おそらく青色なのだろうが、白黒魔写のため色までは分からない。


「新型の研究もいいが、今は銀竜どころか白竜すら不足している状況だ。そちらの生産に力を入れるべきではないのか?」とてつもない勢いで減ってゆく竜に不安を感じる皇帝バイルは、眉をひそめて言う。


「僭越ながら陛下、そもそも竜騎士自体が不足している状況です。竜だけ作っても使用できません。」軍務相デクスターが申し訳なさそうな表情を浮かべながら答える。バイルの表情は益々憔悴したものになる。


「しっかり、教育くらいしときなさいよね。」高飛車な態度でアイルが言う。御前会議でこのような態度が許されるのは、単に彼女の優秀さのせいだ。


「魔導省が絶対の性能を保証していた竜が、ここまで無力だと思いませんでしたので。」舌打ちが聞こえたような気がするが、デクスターは話を続ける。


「新たな竜騎士の育成も始めてはおりますが、早くてもあと一年はかかるかと。竜騎士は他の兵科と異なり育成に時間が掛かり」しかし、それは早速ドアを叩く音により中断せざるを得なくなる。


「会議中に失礼します。」衛兵に通されたのは清潔そうな軍服に包まれた若い士官だった。


「また、凶報か?」内務相リジーは士官の顔色から推察する。


「はい、残念ながら…」士官は懐から紙を取り出すと、報告を始める。


「昨日の夜、13ヶ所の仮設竜基地からの定時連絡が途絶しました。そして今朝の5時頃、第8竜基地の生き残りにより基地の壊滅が確認されました。それから時間差こそあるものの、昼間までには13ヶ所の基地の壊滅が判明しました」


「なぜ、定時連絡が途絶えたときに連絡しなかったのよ!」アイルは熱い紅茶が入ったカップを、士官に投げつける。白い服と紙が茶色く汚れる。


「ヒッ!えっと、正規教育を受けた兵は防衛戦へ派遣されているため、後方の基地は新兵ばかりで定時連絡が遅れることも稀にあるそうです。」不運な士官は焼けるような熱さを感じながらも、今は我慢しなければもっと酷いことになることを知っているため発言を続ける。


「遅れてたら、定時連絡にならないでしょう!同時に途切れたのでしょう、不審に思わなかったの?」アイルは詰問を続ける。


「魔信の通信距離の影響で、定時連絡を受ける担当官は区域ごとに異なり管… 」


「もう、いいわ!」


「すると、帝都の竜は…」リジーが誰ともなく呟く。


「はい。親衛竜騎士団、教導隊、そして研究部隊のみです。」デクスターがそれを拾う。ちなみに親衛竜騎士団は儀礼用の部隊であり実戦向けではない。研究部隊は言わずもがなだ。


「デザイル軍港の竜は無事なのか?」バイルが心配そうに言う。


「はい。攻撃を受けたとの連絡はありません」デクスターが答える。


「そうか」


バイルは何か考えた後、少し間を置いて再び語りだす。


「このままでは帝都が無防備になる。デザイルの竜の一部を呼び戻す」


「分かりました。厩舎の再建の完了次第、速やかに…」


「今すぐだ!」


「しかし竜はデリケートな生き物です。すぐにストレスで…」


「呼び戻せと言っているんだ!」先程のアイルの声とは比べ物にならないほどの大きさの声が、室内に響く。


「分かりました。君、デザイルに連絡しておいてくれ。」デクスターは火傷を擦っている士官に言う。


「畏まりました。失礼します。」士官は逃げ去るかのように、走り去っていった。


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内務省 執務室


帝城ほどの装飾はないにしても、派手すぎないデザインが重厚感を醸し出す大臣の執務室。分厚い壁に囲まれたこの部屋に2人の男がいた。


「本当は昔みたいに家に招きたかったのだが、子供が乱入しそうでね。」リジーは戸棚に仕舞ってあるワインを手に取る。ポンッ、と小気味のいい音が鳴り、コルクが飛ぶ。


「まったく定時連絡が遅れて、さらにそれが日常化しているなんて、うちの軍は何をやっているんでしょうか。少し前ならこんなことはありえませんでした。」


「まぁ、そう言うな。平時の五分の一の時間で教育してるんだ。魔信なんて滅多に使うもんじゃないしな。真っ先に教育課程から省かれるだろう。」リジーは2つのグラスにワインをなみなみ注ぐ。


「陛下も何を考えておられるんでしょう。あれほど取り乱されることは、今まで無かったのですが。」デクスターは御前会議での皇帝の様子を思い出す。


「何も考えていないのさ。」リジーは皮肉まじりに鼻で嗤う。


「それはないですよ。あんなに疲れた顔をしておられましたし。」デクスターは皇帝のやつれた顔を思い出す。


「皇帝は昨晩からアイムバーク伯爵のご子息の誕生日パーティーに出席なされていた。疲労はこのためだろう。」


「しかし陛下が取り乱されたのは、国を憂いてらっしゃることの裏返しでは?」


「それなら、昔から取り乱されていてもいいはずだ。陛下が少しおかしく、怯えるようになられたのはニホンの竜が帝都に飛来してからだ。」


「まさか。陛下が自分の身だけを案じてらっしゃるとでも?ありえませんよ。」デクスターはいつもの皇帝の威厳ある振る舞いを脳裏に浮かべる。


「元々の近衛部隊は、私の息がかかった部隊と入れ替わらせてある。逐次情報が上がってくるが、酷いもんだぞ。これが貴族社会では普通なのかもしれないが、金で爵位と役職を買った身には分からんことだ。」リジーは机に備え付けられた引き出しから報告書の束を取り出すと、デクスターに投げる。そしてギリギリまで注がれたワインを一気に飲み干す。


デクスターは報告書の表紙を捲ると嫌そうに顔をしかめる。


「私のような田舎貴族にも分かりかねます。」


「それもそうか。しかし、こうして二人で飲むのは何年ぶりだろうな。」毎日のように飲み明かしていた昔が懐かしい。


「まだ、一年も経ってませんよ。」


「そうだったか?」


「そうですよ」


「まぁ、今年は悪いことばかりだったが来年こそはいい年になるように。乾杯。」リジーは気取ったようにグラスを持ち上げる。


「リジーさん、グラス空っぽですよ。」


「ああ、そうだった。」


「私が入れますよ。肝心なところで、締まらないんですから。」


執務室に不似合いな快活な笑い声が響く。しかしそれは外に漏れることなく消えていくのだった。

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