家に帰るまでが遠征

アンゴラス帝国


「酷いな」分隊長は目の前で繰り広げられている惨状に眉をひそめる。


「そうですね。いくら、敵とはいえ見るに耐えません。」スコープごしに見えるのは竜に炎の玉や、炎の渦を浴びせる兵士達。そして、それを意に介さず、逆に兵士を燃えかすにしたり、喰らったりする竜の姿だ。竜は食事をするために人を喰らっているわけではないようで、あちこちに腹の部分で真っ二つにされた死体が転がっていた。


「オェ!」同じく双眼鏡を覗き込んでいた兵がえずく。


「吐くなよ」


「どうします?」


「我々の任務は厩舎の破壊までだ。機材は持ったな。撤収だ。」


「しかし、向かってきてますよ。」


「なにっ!」基地内の兵士をあっという間消し炭に変えた竜は、第三分隊へ向かって歩いていた。羽がボロボロだから飛べないのだろう。


「制圧しろ!」7つの銃口から百を越える弾丸が放たれるが、それは竜の硬皮に弾かれ、火花が飛び散るだけだった。


「駄目です、効いてません!」


「山中、柴田、てき弾だ!残りは、牽制しろ!目か口を狙え!」弾丸が一発、目に命中する。


「ギャオーーーー!!」しかし、致命傷にはならなかったようで、目から血を流しながらも分隊に向かって咆哮をあげる。


「てき弾、撃ちます!」そう隊員が叫ぶのと、竜が炎を放つのはほぼ同時であった。竜から放たれた炎は意思を持ったかのように3つに別れ、3人の隊員を盾代わりにしていた大木ごと、炭へと変えた。一方、てき弾は一発が炎に巻き込まれ爆発、もう一発は竜の足に命中し、それをズタズタに引き裂いた。


「ギャオーーーー!!」竜はあまりの痛みに咆哮をあげる。


「目標に命中!効果はあるものの、限定的です!」


「畳み掛けろ!」今まで、小銃を撃っていた隊員もてき弾を装着する。


竜は何かを察すると白い炎を吐き出す。それは白色のカーテンのように隊員と竜の間に揺らめく。


隊員がてき弾を放つが炎に巻かれ、竜にたどり着く前に爆発してしまう。


「前からはだめだ!俺と加藤は後退しながら、敵を引き付ける。柴田と如月はそのすきに回り込んで、後ろから撃ち込め!」


「しかし!」危険だと言う前に命令が飛んでくる。


「早くしろ!」


「はい!」2人は竜の視界から外れるようにできるだけ身を低くし、走って行く。


分隊長はその反対側に走りながら、小銃を撃つ。効果が薄いことは分かっているが、あくまで牽制のためだ。


白い炎が消えると、竜は足を引きずりながらも分隊長へ向かって歩く。その姿は執念に取り憑かれているかのようだった。


竜は炎を吐くために、大きく口を開ける。


「今だ、撃て!」銃弾は見事に竜の口内に命中し、竜はつい顔を動かしてしまう。炎の軌道が大きく逸れ、明後日の方向に飛んでいく。どうやら、あまりにも見当違いな方向に撃ってしまうと補正が効かなくなるようだ。


竜はまた炎を吐こうと口を開ける。しかしその都度口を撃たれて、なかなか吐き出せない。


「なんか、全然学習能力ないですよね。所詮、蜥蜴の仲間ってことですかね。」加藤が言う。


「いらんこと言うな!集中しろ!」


「はい!」


この会話が聞こえていたのか、いないのか、竜が傷だらけの前足で口を覆う。口を狙おうにも足が邪魔で先ほどのようにはいかないのだ。


「隊長、どうしましょう?」


「炎を撃つ直前に、手をどかすはずだ!その一瞬を狙え!」分隊長が言う。しかし龍に手をどかす気配がないまま、口から漏れでる光の明るさが増していく。嫌な予感が頭をよぎる。


「まさか、自分の足ごと燃やすつもりじゃないだろうな。」あり得ないとは思いつつも、龍の血走った目を見ると冗談とは切り捨てられない。しかし幸いなことに彼の予感が当たることは無かった。目の前から爆音と衝撃がが響いたからだ。


「目標、制圧しました!」


分隊長と、加藤は胸をなでおろす。竜の頭は完全に潰れ、腹からは内臓が露になっている。


「よくやった!」分隊長は、現れた二人の隊員の肩を叩く。


「痛いですよ。」


「元気そうでなによりです。」


「さぁ、三人の所に戻ろう。手当てをしてやらんとな。」


不慣れな土地だが、竜の足跡のお陰で迷子にはなりようがない。隊はもと来た道を戻るのだった。


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「浅井、山中、里山!」分隊長は炎を浴びた三人に駆け寄る。ゆらゆらと揺れる炎が森を仄かに照らす。しかしそれが映し出すのは見知った顔ではなく、焼け焦げた黒い塊であった。


「返事をしろ!」分隊長は地面に膝をつく。分隊は人数も少なく、仕事中だけでなくプライベートもまさしく家族のように付き合ってきた。それを失う動揺は、訓練や経験などでは取り除けない。


「隊長、皆を連れて帰りましょう!」如月が言う。


「だめだ!作戦は大幅に遅延している。日の出まで時間はない。」


「しかし…」


「黙れ!生きていたならまだしも、死んだ人間のためにリスクは取れない。」


「そんな言い方することないじゃないですか!」


「「了解!」」如月は反論しようとするが、仲間の声に打ち消される。


「おい、お前らっ!」如月は、隣にいた柴田の胸ぐらを掴む。しかし、加藤によって引き剥がされ逆に胸ぐらを捕まれる。


「隊長が、どんな気持ちで言ってるのか分からねぇのか!」


「浅井さんと一番付き合いが長いのは、隊長なんだ!感情だけで動くなら、猿でもできる。どうすることが正しいか、足りない頭で考えろ!」そう言うと加藤は如月をほっぽり出し、分隊長に歩み寄る。そして、分隊長だけに聞こえるように言う。


「本当、損な役目ですよね。同情します。」


「代わってくれるか。」


「遠慮しておきます。」加藤は冗談じゃないというふうに、首を振る。


分隊長は黒こげになった遺体の上で、炎を反射し光る金属に手を伸ばす。


「絶対、迎えに来るからな。」分隊長は認識票を握りしめ、誰にも聞かれぬように呟くと隊をまとめて帰路に着くのだった。


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不気味な森を通り抜け、オスプレイの待機場所に到着する頃には、まだ太陽は上っていないものの、東の空が徐々に明るくなってきていた。


「隊長、なにしてたんですか!もう帰投予定時間を2時間以上オーバーしてますよ!」斎藤と山中は苛立ち混じりに帰還した隊員を迎え入れる。


「竜と戦闘になって、通信機も壊れ連絡がつかなかった。すまなかった。黒田の様子はどうだ?」分隊長はキャビンの中央に寝かされている男をみやる。


「オスプレイまでは顔色もよく問題ないように思えたのですが、1時間程前、急に意識を失いました。一応、できる処置はしたのですが…」黒田の呼吸は荒く、汗も川のように流れている。


「本当にすまないことをしたな。機長、出発してくれ。遅れてきてなんだが、急いでくれると助かる。」


「分隊長?まだ、帰ってきてない人がいるようですけど?」


分隊長は静かに首を振る。


「そんな…嘘ですよね。俺、そんなの嫌です!黒田だけでも、不安で押し潰されそうだったのに、俺、俺っ!」斎藤は泣き崩れる。


オスプレイは緩やかに浮き上がる。その窓からはまだ燃える建物と森が見える。それはまるで、戦友への送り火のようだった。

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