ギャオーーーー!!


不思議な鳴き声らしき音しか聞こえなかった森に変化が起こったのは、ミサイルが発射される3分前のことだ。空気を揺らすかのような咆哮、それに続いて人間の怒鳴り声も聞こえ始めたのだ。


「どうした?」分隊長が言う。


「竜が一頭、暴れています。」暗視装置付きの双眼鏡を覗き込んでいた隊員が答える。


分隊長も双眼鏡を覗き込む。厩舎の柵を壊す竜の姿が映った。


「無線を」


「どうぞ!」通信機を持っていた隊員が手渡す。電波は早期警戒管制機により中継され目的地へと送られる。


「こちらα-3、こちらα-3!異常が発生!」分隊長は声を潜めて、しかしはっきりと言葉を発する。


「こちら、在ルザール司令部どうされましたか?」帰ってくるのは感情を感じさせない無機質な声だ。


「竜が一頭、厩舎より離れようとしています。」


「作戦が察知された可能性は?」


「いえ、竜はただ機嫌が悪くて暴れているように見えます。兵士も竜をいさめていますし。念のため報告しました。」


「作戦はこのまま継続します。変化があれば報告を。」


「了解。」分隊長は無線を切ると、再び竜へと双眼鏡を向ける。


「んっ?」


「どうしました、分隊長?」


「目が合ったようなような気がしてな。いや、何でもない。」距離はわりと離れている上、この暗さだ。しかし竜の燃えるような紅い瞳に睨まれたような気がして、心に引っかかる物を覚えた。


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「ギャオーーーー!!ギャオーーーー!!」竜は翼と足をバタつかせて暴れる。数分に渡りそれに耐えていたロープも、とうとう耐えられなくなり千切れてしまう。


「どうどうどうどうどう、よしよし良い子だからおとなしく…」


「ふざけんじゃねぇ、戻れ!」


「お前はもう黙ってろ、余計暴れるだろ!」二人の兵士は竜を諫めようとするが、全く効果はない。そこに、優美な服を着た男が現れる。司令部の当直士官だ。


「何だ!こんな夜中に騒がしい。お前達のような雑用には分からんだろうが竜騎士にとって、竜に乗ることは集中力が少しでも緩むと死ぬかもしれん繊細な作業なのだ。少しは気を付けたらどうだ!」


「いえ、竜が暴れてまして…」二人はあたふたしながら言い訳をする。


「馬鹿なこと言うな!竜にこの首輪とを着けている限り、竜騎士に絶対の忠誠を誓う。それこそ、命すら厭わずにだ。研修で習わなかったのか。短期訓練組はこれだから… 」士官は説教モードに入ろうとするが、そんな場合ではない。


「しかし、現に…」


「ギャオーーーー!!」


「うぁ!」士官は突然の咆哮に驚き、しりもちをつく。


士官は立ち上がると、わざとらしい咳払いをする。


「私は、応援を連れてくる。それまで竜を外に出すな。」そう言うと士官は、厩舎に背を向け一般兵の兵舎へと走って行った。


「えっ!それまで、二人でこいつを引っ張るのかよ!」


「もし、こいつが逃げ出したらどんな罰が待ってることやら。」兵士は唾を飲む。


「ギャオーーーー!!」しかし竜がたった二人の人間に止められるはずもなく、無情にも柵は壊される。


「ギャ!」


「グァッ!」必死で竜にしがみついていた二人の兵士は、3mほど吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「痛てて、ちくしょう。」眼前には真っ黒な闇、そしてその隙間には星が控えめに輝いていた。


「はぁ、こんなにも星がきれいなのに俺は何をしてるんだろう。」英雄になるどころか、雑務さえこなすことができていない。そんな自分が嫌になる。


「ギャオーーーー!!」


「田舎に帰ろうか。兵士になるって言ったとき、親にも兄弟にも猛反発されたしな。」


「現実逃避するな!」相方の兵士がよろよろ立ち上がって、竜へと向かう。


「あっ、流れ星!」


「だから、現実逃避を…グァッッ!!!」再び衝撃が彼らを襲い、吹き飛ばされる。しかし今回は、彼らが二度と起き上がることはなかった。こうして懸命に危険を報せようとしていた竜の努力は徒労に終わった。


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「何事だ!」竜の鳴き声とは比べ物にならない爆音のせいで、基地内の全ての者が叩き起こされることとなった。大抵の者が眠たそうに目を擦っている。


「厩舎が爆発しました、おそらくニホンによる攻撃かと。」冷や汗とともに一気に目が覚める。


「馬鹿な!ニホンは、夜に敵を攻撃する手段を持っているとでも言うのか!」司令は目を見開くが、彼には悲観にくれる時間すら与えられなかった。


「総司令部より、緊急連絡です!」司令部と言うにはこぢんまりとした木造の建物に、魔信担当の兵が転がり込んでくる。良報でないのは、その表情をみれば明らかだ。


「第一臨時基地、第四臨時基地、、第五臨時基地、第八臨時基地が攻撃を受けたとのことです!」


「ギャオーーーー!!」


「同時にか!」


「おそらく。しかし詳細はまだ入ってきておりません。」司令の怒鳴るような声に、びくつきながらも通信士は答える。


「そうか。こちらの状況はもう総司令部に伝えてあるか?」


「シューーン、シューーン」


「はい。通信長が魔信室で…」


「司令、続報です!全ての首都外縁竜基地群、及び防衛線竜基地群が攻撃を受けたようです!」魔信室にいたはずの通信長も司令部へ駆け込んでくる。


「全てだと!」


「はい。全てだと聞いております。」


「生存した竜は?」司令は希望にすがるべく、質問する。しかしなんとなくその答は分かっている。


「ギャオーーーー!!」


「他の基地の情報は、まだ入ってきておりませんが。おそらく…」通信長は言いよどむ。


「しかし、煩いな。何の音だ…。」司令は窓の外に目を凝らすが、そこには炎があるだけだ。


「司令、大変です!竜が暴れています。」またまた、司令室に兵士が転がり込んでくる。しかし、今回は珍しく良い報せだ。


「生存した竜があったのか。良かった。」司令は、胸をなでおろす。


「いえ、そうではなくて制御用の首輪が爆発で外れて暴れているんです。」


司令は硬直する。


竜の首輪は二つの魔法回路が仕込まれている。それらは、竜自信の魔力を駆動力として竜が死ぬまで半永久的に稼働する。一つは、思考制御魔法。竜騎士に絶対の忠誠を誓うようになる。プライドが高く、人に懐かない竜に必要不可欠な物だ。単に竜騎士の指示をきくだけではなく、自分で考えて行動をとったりもするようになる。二つ目は、強すぎる魔力を封印する魔法。魔法生物の代表格である竜の魔力は本来、人間に制御できるような代物ではない。これを制御するためには多すぎる魔力を封印し、人間が扱える程度に落とし込む必要後ある。


目が馴れたのか、灯りが増えたのか、窓の外の光景が先ほどよりくっきりと見える。燃える瓦礫と兵士の中央に、炎の光を反射し、神々しいまでに輝いて見える銀色の竜がそこにはいた。


奴隷のように人間にこき使われ、人間が勝手に始めた戦争で多くの仲間を失い、人間に意思すらも奪われてきた竜が自由意志を得た今、とる行動は一つであった。


「司令、お逃げください!竜がすぐそこまで…ヒッ!」


竜から放たれた白い炎が司令部を取り囲む。誰も逃さないということなのだろう。炎の輪は少しずつ小さくなっていき、建物を、人を呑み込んでゆく。輪が消えたとき、そこに動く物は何も無かった。



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