大陸へ 2

アンゴラス帝国 デザイル軍港より20kmの海域


デザイル軍港とは十分な距離があるにも関わらず、かつて戦列艦であった木片が海面を覆っている。そんな茶色い海の真ん中にポツンとある黒い塊の群れ。デザイル軍港攻略のため派遣されている第三護衛艦隊群だ。その後方には輸送艦おおすみ、しもきたが続く。今回はルザール基地に配備された戦闘機の活動圏内であるため、既に出撃超過気味であった空母の派遣は見送られた。


かつて護衛艦の主砲はミサイルからの防衛のみを目的としたものだったが、召還前の状勢下において島嶼防衛における艦砲射撃の必要性から発射速度を犠牲にしてでも威力と射程距離を伸ばす必要があった。その結果がMk.45・5インチ砲である。第三護衛艦艦隊群においてはあたご、しらぬい、ふゆづきが装備しており、従来の護衛艦と比べて強力な艦砲射撃を行うことが可能だ。


そんな護衛艦の1隻、あたごのCICは緊迫感に包まれていた。勿論、作戦中なのだから当たり前なのではあるが、その空気は前回の戦闘のものよりも重い。


「少し肩の力を抜け。」艦長は砲雷長の肩に手を置く。


砲雷長はそこで、自分が緊張しすぎていることに気付く。


「申し訳ありません。」


「謝る必要はない。訓練通りにやればいい。」艦長は不格好な笑顔を見せる。艦長なりに自分を励ましてくれようとしていることが、なんとなく伝わる。


「はい。」今回の目標はレーダーに移るようなものではないので、照準は手動で合わせる他ない。しかし自動的にシステムが定めた目標への攻撃を承認するのことと、自分で照準を定めて敵を攻撃することは違う。勿論、民間人を虐殺した敵に同情を抱いているわけではないが、なかなか割り切れないものだ。しかしそれでも、撃たないわけにはいかない。我々には、国民を守る義務があるのだから。


カメラとリンクしたモニターを見ながら、ゆっくりと主砲を動かす。ターゲットと大砲が重なる。


「照準、よし!」砲雷長は先ほどの迷いを感じさせないような、活発な声で言う。


「撃て!」轟音と振動が船を突き抜ける。


三隻の護衛艦から吐き出された砲弾は、わずかに弧を描きながら、正確に魔導砲陣地へと飛んでいった。


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デザイル軍港 司令部


「第一、第二魔導砲陣地壊滅!」


「対空魔導砲陣地も壊滅しました!現在、敵は歩兵部隊への攻撃に移っています。」敵艦隊出現の報告からまだ半刻足らずだというのに、基地は地獄と化していた。それでも、司令部が無事なのはその壮麗さから軍事施設だと認識されていないせいだろう。


「やはり、射程距離の差はどうしようもないな。」司令は自嘲気味に言う。


「第十四歩兵部隊が撤退を初めました。」


「第十三歩兵部隊、第十五歩兵部隊も撤退を開始!」


「撤退だと!そんな許可出した覚えはないぞ、直ちに止めさせろ!」副官は憤慨し、通信士に命令を出そうとする。しかしその前にそれは遮られる。


「いや、彼らの判断は正しい。海の近くでやりあうのは得策ではない。他の歩兵部隊にも撤退命令を。」副官は司令の言葉に再び司令の正気を疑う。


「しかし本国はここが防衛の要であり、何があっても死守しろと…。」


「ならば、なぜ本国はさらに後方に防衛戦を作っている?それに無駄死にさせても意味はあるまい。」副官は反論が見つからず、黙ってしまう。


「銀竜の状況はどうなっている?」ふと思い出したように司令は訪ねる。


「はい?残存12騎のうち10騎は基地に、2騎は兵舎区画の間に着陸しましたが。」通信士が、紙に写した通信履歴をまさぐりながら答える。


「それらは無事か?」


「はい。現在、待機中です。」


「やはり、敵は飛んでいる竜しか狙えんのかもしれん。」司令の言葉に士官達は息を飲む。しかし敵に対する考察は、ここで打ち切られることとなる。


「敵の竜9が接近中!」


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先ほどまで竜が翔んでいた空には、ひゅうがより発艦した5機のコブラ(AH-1S)、4機のアパッチ(AH-64D)、そして1機のOH-1 が巨大な回転翼を回し飛行していた。 自然界には存在しないであろう飛び方をするヘリコプターは、異世界人にとって奇妙に映ることだろう。


そのうちの一機のコブラの操縦席から、機長は複合ガラス越しに港町を見る。


湾岸都市デザイルはほぼ用を為さなくなった軍港が中心に存在し、その周辺に黒レンガで作られた街が存在する。さらにその外縁にあるのが日本との戦闘のために遽きょられた帝国軍の陣地群である。その陣地の中に異様な物が並んでいるのが、上から見るとよく分かる。


「機長、何でしょうかあれは?」


「城壁のようだが。」


平な陣地の真ん中にポツンと、レンガ造りの壁のようなものが突き刺さっている。その後ろには大勢の兵士が並んでいるのが見える。


「遮蔽物のつもりか?」そういえば地球でも、大砲が主流となった大航海時代にも石造りの砦はあったなと思い出す。臆病な海賊が活躍する映画からの知識ではあるが。


「機長、城壁が動いてます!」


「なんだと!」城壁の下半分が真ん中で割れ、それがを足となり、一歩を踏み出す。


「信じられんな。」ここが異世界だということを忘れ、自らの常識に囚われていたことを軽く後悔する。


「どうしますか?」


「どうせ全ての歩兵に対処するだけの弾薬はないんだ。士気を削ぐためにあいつを狙う。」


「了解!」発射速度毎分750発を誇る2M197三砲身ガトリング砲がゆっくりと歩くレンガを向く。そして動物の咆哮を連想させる甲高い音とともに、弾丸を吐き出す。瞬く間にゴーレムは煙に包まれ見えなくなる。


数秒後、煙が晴れるとバラバラになったレンガの残骸が現れるはずだった。


「嘘だろ!」しかし煙から姿を現したのは、あちこちに抉りとられた跡があるものの、歩きを止めないゴーレムであった。


「対戦車ミサイルを使え。」


「了解!」射撃手がスイッチを押すと、推進機が点火されミサイルは真っ直ぐにゴーレムに向かって飛んでいく。


しかしその直後、コックピットを光の筋が掠める。


「おっと、危ねぇ。まだ対空砲が残ってたのか!」戦列艦から下ろされた対空魔導砲のうち陣地に入りきらない分は、半ば放置されるようにあちこちに分散配置されていた。その大半は艦砲射撃により破壊されたが、適当な配置が功を奏し被害を免れているものもあった。


ヘリは回避運動を始める。コブラに搭載されている対戦車ミサイル、BGM-71 TOWは射ちっ放しができるアパッチのそれとは違い、着弾までターゲットを正面に見据え誘導しなければならない。結果として、ミサイルはゴーレムに命中しなかった。


「脅威度の高い目標を発見。攻撃します。」防御力皆無の対空砲に7.62mm弾の雨が降り注ぎ、瞬時に制圧される。


「仕方ない。あれはアパッチに任せるか。俺達は対空砲を狙う。」


「了解!」


敵の対空砲の火線の数は決して多くないし、狙いも定まっていない。よほどのことがなければ当たることはないだろう。

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