終わりの予兆
日本 東京 首相官邸
前庭の木に僅かな葉だけが残り、芝生もみずみずしさを失っている。それはまるで、終わらぬ戦争に疲れたこの国の現状を示しているかのようだ。居並ぶ閣僚達の顔も同様にやつれていた。
「先日、航空自衛隊の行った強行偵察により、敵航空基地の特定に成功しました。資料8ページを覧下さい。」防衛省幹部が説明する。
「地図に示してありますように、軍港の背後に6、軍港と首都の中間付近の敵防衛線に7、首都の市街地に2、敵首都外縁に7の航空基地が確認されています。」
「これで、本当に全部なのかね。」環境相が訝しむ。
「首都の市街地、及び軍港の周辺の基地の一部以外は全て同じ形状、大きさをしています。おそらく、我々との戦闘のため突貫工事で作ったからだと思われますが、衛星写真、及び航空写真により確認したところ、これと同一の建物は見つかっておりません。」
「防衛省では、2つの作戦を検討しております。1つは、戦闘機で飛行中の敵航空機に対し反復攻撃を行い、敵戦力が減少したところで上陸を行う作戦です。この作戦のメリットはリスクが少ないことですが、その反面、時間とコストがかかります。そして、攻撃できるのは飛行中の敵航空機に限られるため、敵が基地に籠ることを選択した場合こちらから打つ手がなくなります。」防衛相が発言を引き継ぐ。
「さずがに同じ手を何度も繰り返せば、敵も学習するだろう。他は?」二つ目が本命であることが総理には察せれれた。
「もう一つは空挺部隊を潜入させ、敵航空基地を叩くと同時に上陸する作戦です。敵首都の市街地、軍港周辺は、建物も人も多く潜入は難しいですが、防衛線の後方の基地、及び敵首都郊外の基地は周囲は森林であり、潜入することは可能だと思われます。」
「本当に可能なのか?一歩間違えれば大惨事だぞ!」総務相は異を唱える。
「敵の対空陣地、防衛施設は防衛戦前方に集中しており、後方には見受けられません。敵の航空機?と言っていいのか分かりませんが、その性能を鑑みてもオスプレイでの回収は容易です。念のために護衛は付ける予定ですが。」
「分かった。少々リスクの高い作戦ではあるが、これ以上、戦争を続ける余裕は日本にはない。許容しよう。」総務相はまだ納得していないようではあるが、押し黙る。
「私からも報告があるのがよろしいでしょうか?」農林水産相が控えめに手を挙げる。
「構わんよ。」総理は頷く。
「主食に関しては、不景気で生じた大勢の失業者が農業に雪崩れ込んだことや、各国からの輸入でひとまず解決いたしました。魚に関しても、こちらでは領海という概念がありませんので、漁獲量は転移前と比べ物なならない程に増加しています。」
「それはよかった。一山越えたな。」
「しかし、転移する場所が悪かったのか、この世界の特徴なのか分かりませんが日照時間が十分でなく、生鮮食品の生育に悪影響が出ています。このままでは、国民の栄養状態に大きな悪影響が生じかねません。米を精米しないで玄米として食べるように国民に呼び掛けてはいるのですが、それでも根本的解決には至りません。」
閣僚達は知らないが、召還されてくる土地は基本的にいい環境の場所から埋まっていくため、日本が召還される頃には気候のいい場所は残っていなかったのだ。
「国交を樹立した国に技術供与して生産量を増やすか、いや、それだと時間が掛かりすぎる。」
「今は肥料の備蓄はありますが、それが尽きると農作物の収量は半分以下に落ち込むかと思われます。カリ鉱山の開発が急務です。」農林水産相は陰鬱な表情を浮かべる。
「同盟国へは調査団を派遣しているのだが、芳しい報告もないしな…。分かった。海上にも、調査範囲を広てみよう。」
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ルザール王国 航空自衛隊駐屯地
いつもならば、管制塔から見えるものは夜闇に蛍のように浮かんだ滑走路灯火のみ。街頭も、街明かりもないこの国の夜は暗いのだ。しかし今日は作業用の照明で明るく照らされている。舞台の主役のようにスポットライトを浴びているのはV-22、オスプレイである。15機のそれは3列にお行儀よく並び、離陸の時を今か今かと待っていた。
「壮観だな。」煙草に火を着けながら管制隊隊長が言う。
「しかし、よくこんなにかき集めてきましたね。」管制官が言う。
「それだけ、この作戦は重要なのだろう。」
管制官はゆっくりと頷く。
「給油が終わったら離陸だ。今のうちに用はすましとけ。忙しくなるぞ。」
「分かりました。失礼します。あと、ここ禁煙ですよ?」
「馬鹿言え、お前がいない今、喫煙所に行くわけにはいかんだろう。」
いつものことなのだろう。管制官はため息一つ洩らすと、管制室から出ていった。
作戦開始時刻は、もう少し先である。それはひどくもどかしく、不安だけが積み重なっていく。それを晴らしてくれるのは、煙だけであった。
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