届かない空
アンゴラス帝国 デザイル軍港 上空
眼下を埋め尽くしていた船は瓦礫へと変わり果て、かつての威容は夢のように消散している。
「まったく、何だって言うんだよ。」寒空を飛ぶ竜騎士は変わり果てた軍港を見て、独りごちる。
「大陸軍がやられたっていうのも納得だな。だが、船ばかりを狙ってるということは、竜への攻撃手段がないのかもしれん。」竜騎士隊の隊長は部下を安心させるように言う。
「野蛮人のくせに帝国を虚仮にした代償を払わせてやりましょう!」新人の竜騎士が意気込むが、ベテラン達は苦笑いを浮かべる。伽噺のような英雄譚がならぶ帝国新聞を鵜呑みにでもしたのだろう。新しく配属してくる兵士は、理想と現実のギャップに苦しみ絶望するか、それでも目の前の現実を無視して帝国の勝利を無邪気に信じるかの二通りだ。どうやら彼は後者のようだ。
「絶望されるよりは、使い物になるだけましか。」隊長が呟く。
「隊長、今何か光った気が…。」
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デザイル軍港 司令部
凶報が舞い込むことが慣行となった司令部の面々は疲労と不安、そして焦燥感により青ざめた顔をしている。末端兵ならともかく、司令部付きの士官は自分達の置かれている状況を楽観的に捉える者などいないからだ。そんな中、さらに悪い知らせがやってくる。
「司令!魔導探知機より、第18銀竜部隊の反応が消失しました!」
「とうとう、竜への攻撃も始まったか。上げれる銀竜は全て上げろ!総司令部へ連絡し、防衛線からも援軍を要請しろ!」司令は指示を飛ばす。
「第二一銀竜部隊、第二四銀竜部隊の反応も消えました!」後ろからさらに伝令兵が現れる。
会議室から魔法通信機が並ぶ司令室へと一同は駆け込む。
「見張り兵からの連絡によると、敵機20が基地へ向かって飛行中だそうです!」
「対空魔導砲陣地、全員配置につきました!砲撃を開始します!」
幾筋もの砲火が青空へ向かって放たれる。しかし、鉄竜は想定されていない程の高高度を飛んでいたため、砲火はその領域に届く前に空気中に分散していく。
「各竜舎より、銀竜が発進中。進捗率20%です。」
「敵機、間もなく基地直上!」司令部にざわめきが広がる。
「何だと!早すぎるぞ!」
「敵機、通りすぎました。北へ向かって飛行中!」
「狙いはここではなかったのか、まさか!」
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第二防衛ライン 司令部
首都防衛のために大急ぎで建造されたこの司令部は、装飾華美なデザイル司令部と異なり、武骨で華やかさに欠けている。この基地の状況は酷く、未だに必要数の布団すら届かない。そのせいで体調を崩し風邪気味の者も多い。
「司令!デザイルより緊急連絡です!」
「どうした?」食事中だった司令は、持ち上げた肉を口に運ぶか皿に置くか迷っているようだった。
「敵の鉄竜がデザイルを通過!こちらへ向かってきているとのことです。」司令は肉をフォークごと床に落とす。
「何だと!デザイルには300以上の竜が配備されていたはずだ、全滅させられたのか?取り敢えず、全ての竜を上げろ!歩兵は防壁ゴーレムの後ろに隠せ!」
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眼下を見下ろせばどこまでも続く魔導砲の砲列、兵舎、そして各種ゴーレム。それは永遠に続くかのような錯覚を覚えさせるのに十分だ。
「敵はたったの20です。そんな戦力で、この防衛線を突破しようなんて馬鹿げてますよね。」
「だが、敵は実際にデザイルを突破している。」
「敵の早期発見が出来ずに初動が遅れただけじゃないすか?それに防衛線を空からの攻撃するとしてこれだけの数ですよ。少し戦力を削ぐことはできても、ほとんど無意味ですよ。」
「そうかもしれんが、そうでないのかもしれん。油断するな。」
「隊長、第十四竜騎士隊が敵機を発見したとの報が…。」
「どこだ!」
「上です!」言われた通りに空を眺めると、幾つもの小さな影が浮かんでいた。銀竜の高度限界近くの遥か上空を。
「そりゃ、突破されるわけだ。」おそらく、デザイルでは戦闘すら起こらなかったのだろう。
「我々にあいつらを攻撃する手段はないか。」魔導砲から、そして竜から空へ向かって光が放たれる。しかし、それらが届くことはなかった。
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帝都キャルツ 帝城
敗戦続きで難しい顔が並ぶことが恒例となった、御前会議であるが今日は少しばかり雰囲気が異なる。一度睨まれればオーガすら逃げ出すと(部下の間で)評判の魔導相アイルがニコニコとしているのだ。
「何か変なものでも食べたのでしょうか?」
「一周回ってこっちの方が怖いな。」軍務相デクスターと内務相リジーは小声で囁き合っていると、渦中のアイルが資料を配り始めた。
「長年の努力、そして此度の研究資金の増額により、魔導省はとうとう革新的な兵器を開発するに至りました。」アイルは誇らしげに言う。
魔導省にパイプのないデクスターとリジーにとっては、予期しない報告だ。
「それは、どのような兵器ですか?」アイルとはあまり仲のよろしくないリジー達ではあるが、この戦況を覆すことができるとあれば大歓迎だ。
「今まで白竜、銀竜ともに搭乗人数は1人でありました。しかし、今回開発した蒼竜は2人を乗せることができるのです。」
「「………。」」
「どうです、驚きすぎて声も出ないでしょう?」
「なんというか、まぁ、すごいことではあるのかもしれませんけど…」リジーとデクスターは顔を見合わせる。
「けどなんです?」アイルは2人を睨み付ける。デクスターはブルッと震えるが、リジーは資料が並んでいる机へと歩み寄り、何かを拾い上げる。
「話は変わりますが間諜からの資料によりますと、敵の大型の鉄竜100人以上の輸送ができるようです。」
「リジー、何が言いたい?」アイルはみるみる不機嫌になっていく。
「いえ、ただの事実の指摘です。深い意味はありません。」
「貴方ねぇ、もっと…」
「失礼します!」
アイルは文句を言おうとするが、ノックもなしに扉が開け放たれ中断を余儀なくされる。
「何事ですか、会議中ですよ。」魔導相アイルは苛立たし気に兵士を睨む。
「南より、敵の鉄竜が20騎出現しました。デザイル、防衛ラインを突破さてキャルツへ向かっております!」
「何ですって!」
「そんな馬鹿な!一体何機の竜を配備したと思っているんだ!」デクスターは狼狽する。
「竜が飛行、戦闘できない領域を飛行してきたとのことです。」
「軍部の無能が!何をやってんのよ!」
「これは技術力の問題です!」
「こんな時に争うな!そんなことより、我々は地下へと避難するべきではないのか?」皇帝が口を開く。
「そうですね。こんな馬鹿放っておいて、行きましょう。」アイルは資料を装飾でゴテゴテした鞄に放り込むと席を立つ。
「馬鹿は貴女でしょう。」アイルの物言いに辟易しながらリジーとデクスターもそれに続くのだった。
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