嵐の前
アンゴラス帝国 デザイル軍港
帝都に最も近い国内最大の軍港、デザイルは船の光で埋め尽くされていた。本来の収容能力を遥かに越える船の群れに、湾自体が船で埋め尽くされているかのような錯覚を覚える。
「はぁ、不味いな。」見張り兵は味のしない固い軍用食を、クチャクチャ噛みながら海を見つめる。収容能力がパンクしているのは、船だけではない。人もそうだ。かつてない規模の軍の動員に兵站がパンクしているのだ。少しでも兵站を軽くするため住民10万人に避難命令を出し追い払ったが、70万を数える兵と軍属と比べると焼石に水だ。それだけの食糧を運ぶだけのゴーレム車が手配出来るはずもなく港の兵士には悪名高い戦闘食A-120しか届かない。
「なら俺が食べてやろうか?」一緒に塔に括りつけられている同僚が言う。
「結構だ。」見張りは伸びてきた手を払い、A-120を口に放り込む。ムシャムシャと咀嚼し、水で一気に流し込む。季節は既に秋。夜風が骨に染みる。
「竜がいるんだから、俺達がここで震えながら海を眺める理由なんてない気もするな。」月に影を作る竜を眺めながら見張りが言う。
「それを言い始めたら、わざわざ敵がこんなところを攻撃すること自体がありえない。」
「何でだ?」
「見ろよ、この数の戦列艦を。おまけに対艦、対空魔導砲陣地、そして最新鋭の銀竜まである。」
「だけどよ、相手は大陸軍艦隊を一個壊滅させてんだぜ?」
「でも敵の本土の近くで、下準備に時間を掛けずにだろ?だが今回は違う。陣地からの砲撃支援も、龍の支援も受けられる。それに、艦隊が壊滅したのは魔導生物のせいだって言うじゃないか。いずれにせよ、敵は大陸軍のせいで満身創痍なはずだ。ここまで遠征するような力は残ってねぇよ。」
「それもそうだな。」すっかり安心しきった二人は海を眺める作業に戻るのだった。
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アンゴラス帝国 王城
「それは本当なのか!」皇帝バイルが珍しく声を荒げる。
「はい、ニホンはルザール王国の港を改修、そして基地建設を行っております。」内務相リジーが断言する。
「とうとう、ニホンは我が国へ侵攻するつもりなのでしょう。」軍務相デクスターが言う。
「それが分かっていながら手をこまねいているとは、軍はよっぽど臆病なのですね。」魔導相アイル馬鹿にしたように言う。
「今まではこちらがニホンに派遣して敗北を喫しています。考えなしの出撃は愚策です。基本的に戦闘は守側が有利ですし、デザイル軍港とその周辺を要塞化していることは大きなアドバンテージになります。」デクスターが反論する。
「それに加えて、艦隊を派遣するとしても守備のための艦も残す必要もあります。敵の具体的な戦力が分からない以上、戦力の分散は得策ではないですね。」リジーも駄目押しをする。
「敵の出撃も近い。警戒レベルを最大に上げておけ。」皇帝バイルが言う。
「はい。必ず帝国を守りきります。」
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日本 東京
小さなテレビに東京の夜景を背景としたスタジオが映し出される。
「こんばんは。今日もニュース24hourのお時間がやって参りました。それでは早速、今日のニュースを見ていきましょう。」女性キャスターが原稿を読み上げる。
「本日未明、新テロ特処法反対の署名活動を行っていた、戦争を繰り返さない会の会員が大阪駅前にて、右翼系団体、日愛会構成員3名の襲撃を受けました。会員6名が負傷し、会長の斎藤隆さん(74)及び田中十蔵(89)さんが意識不明の重体です。犯人は3人とも駆けつけた警官に現行犯逮捕され、日愛会本部にも家宅捜索が行われる模様です。今回はコメンテーターに憲法学者の高橋俊彰さんにお越ししていただいております。高橋さん。今回の事件はどのように捉えるべきでしょうか?」
「平和のために活動を行っていた人々が、このような形で亡くなられるのは、非常にいたたまれない事件です。せめてこの事件が暴走しつつある政府と国民感情に楔を打つことになればと思うばかりです。太平洋戦争以降、戦争を行ったことがないことは日本の誇りです。その誇りを胸に…」
「大将、すまんがチャンネル変えてくれ。」
画面が切り替わり、黄色い蝶ネクタイをした裸の男が、自らの股間を隠すお盆を回転させる光景が映し出される。
「お客さんは賛成派で?」居酒屋の大将は酔っぱらいに声をかける。
「俺はなぁ、あの日の地獄を目の当たりにしたからよー分かる。戦争をする意思があろうと無かろうと、戦争は向こうからやって来んだよ。国の役目ってのは経済だったり、インフラだったりあるけどよ、国民の命を守ることが一番大事な仕事だろ?それを邪魔する奴は自殺志願者と馬鹿だけだ。死にたいなら一人で死ねばいい。」
「お客さん、八丈島のご出身で。それはお気の毒に。」
「こんな頓珍漢なこと抜かす奴を何でテレビに出すんだか。一言文句を言ってやら。」
八丈島の元住民を含む視聴者の嵐のようなクレームに、スポンサーからの難色、何より視聴率の低さにより、マスコミの反戦論調は徐々に弱まっていくこととなる。
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ルザール王国 森の奥の村
高い秋の空にはポツポツと雲が漂っている。空を自由に彷徨う様に少年は憧れを感じる。
「いつまでもサボってないで、肉を干すのを手伝いな!」母親に言われて、少年は渋々立ち上がる。緑麦の収穫も終えて、後は厳しい冬を越すため保存の効く食糧を少しでも多く確保するのみだ。と言っても今年はニホンの人達から食べ物を分けてもらえたおかげで、少し余裕があるのだが。
「はーい、今いくよ。」少年は空を見ることのできない退屈な冬が嫌いだった。少年は名残惜しそうに空を見上げる。すると空に線のような今まで見たことのない形の雲が平行に幾つも並んでいることに気が付く。線が続く先を見てみると…
「何だあれ!」雲の先端で、矢じりのような形をした物が雲を作っていた。
「雲ってこうやって出来てたんだ。」少年は一人で納得する。
「こら!手伝えって言ってるだろ!」
「待って、母さん。もうちょっと、ほら、あれを見てよ!」
「また、雲が動物の形に見えるとか言うんでしょう?もう聞き飽きたわよ。」母親は呆れた表情を浮かべる。
「違うよ、雲が…」
「そら、また雲の話だろ。」母親は少年の首根っこを捕む。
「お願いだよー!」少年はじたばた手足を動かすも、圧倒的な力の差に成す術なく連行されるのだった。
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