サンドール王国の終焉 9
サンドール王国 とある森奥
雨の多いこの地域には珍しく空には雲一なく、どこまでも青空が続いている。常に不快な湿気に曝されている地下室もこの日ばかりは快適に過ごせる。
「アウグストさん、ライアンから報告です。」机の上で居眠りしていたアウグストは、名前を呼ばれシャキッと起きる。
「寝てました?」
「いや、寝てない。」
「変なところで寝たせいで、寝癖がすごいことになってますよ。」アウグストはすかさず頭に手を当てる。
「嘘です。やっぱり寝てたんじゃないですか。」部下はケタケタと笑う。
「王都に対反乱用の部隊なんてできただろ。その戦力の見積りをしていたら朝になっていた。数の上では優勢だろうが、おそらく装備は相手の方が上だろう。新規メンバーの訓練も計画せねばならんし困ったことだ。」アウグストは頭を抱える。
「それについてなのですが、ライアンから報告がありました。第1から第4下級兵団が明朝よりローミルダへ動くようです。」
「ならば王都に残る兵力は…」
「近衛兵と第5下級兵団のみです。」
「この勝機を逃すわけにはいかんな。ライアンが待機組だったら工作が容易だったのだが贅沢は言えん。今日の夕方にここを発ち王都に向かう。用意をするように全員に伝えてくれ。」アウグストは一転変わってキリッとした表情で言う。
「了解!」
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サンドール王国 ミュルンハルヘン街道
数百年単位で軍を持っていないサンドール王国に、用兵に詳しい者などいない。それどころか用兵の書は焚書され公式には一冊も残っていない。こんな状況で兵站などという問題を考える人はおらず、食糧は現地調達することとなっていた。
「ヴアーーーー!」
「助けっ…」村人の悲鳴や嗚咽が村を埋め尽くすが元山賊の軍隊は躊躇なく村人達を殺していく。
「隊長!部隊に与えられているのは食糧の強制調達権だけのはずです!村人を殺していいなんて誰も言っていない!なのにどうして!」ライアンは部隊長に詰め寄るが部隊長は静かに答える。
「仕方ないだろ。元々山賊あがりの連中だ。憂さ晴らしをさせてやらんといつ爆発するか分からん。」
「だからといって!」
「だったら君がなんとかするかね?」部隊長は獣のように暴れている男達を指差す。
ライアンは今すぐ兵とは名ばかりの山賊を殺してしまいたい衝動に駆られたが、くれぐれも大人しくするように言われたことを思いだし拳を震わせながら衝動を静める。
「くそっ!」ライアンは拳を力一杯木に叩きつけるが、鈍い音が響くだけだった。
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サンドール王国
王都へ通じる街道の関所には、異様に長い商隊が待機している。その隊列に門番が歩み近づく。
「通行証を見せろ。」
サンドール王国において、一般的に国民の自由な移動というものは認められていない。それが認められているのは貴族もしくは高い金で通行証を買った裕福な商人やその部下に限られている。
「どうぞ。」金持ちのボンボンといった雰囲気の男は通行証を手渡す。
「んっ?これは期限が先月までじゃないか!これでは通せんぞ。」
「まぁまぁ、ならこれではいかがです?」ボンボンは気取ったように懐から小さな袋を取り出す。
「これは…。こんなに貰ってもよろしのですか?」袋の中を覗き込んだ門番は恐縮したように背筋を伸ばす。
「ええ、もちろんです。ただ非常に急いでまして、早く門を開けていただけると助かるのですが。」
「はっ、はい!失礼しました!」門番が慌てて門を開けると、車列はゆっくりと進み出した。
後に見えていた門が見えなくなったころ、ボンボンは堅苦しい服を床に脱ぎ捨てる。
「すっごく似合ってましたよ、アウグストさん。」男はにやけるのを我慢しようとして歪な表情を浮かべる。
アウグストは王都につくまでの間、弄られ続けるのだった。
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サンドール王国 王都
王都の夜は他の中世の街のように早いが、一部例外もある。商人ギルド長のエゴンが居を構えるこの地区は裕福な者しかおらず、この時間でも殆どの家に灯りがついている。むしろ消したりなんかすれば妙な勘繰りを受けてしまう。
王都は昼のうちに一足先に向かった反乱組織の連絡員は、エゴンの屋敷にいた。
「エゴン様、アウグストより連絡です。本日の夜中には王都に到着するようです。」
「私の悲願がとうとう叶うときが来たのか。くくく、ことあれば平民風情がと馬鹿にする貴族連中の慌てふためく様が目に浮かぶ。」連絡員は人の良さそうな顔の裏から読み取れる残酷な雰囲気に一瞬たじろぐ。
「私はこの後、王都の組織のメンバーに召集をかけます。エゴン様は職人ギルドのバーニック様にありったけの武器を持ってくるようお伝えていただきたい。」
「分かった。アウグストと生きて再開できることを心待にしているよ。」連絡員は一礼すると急ぎ足で部屋から出ていく。
「さて、君も自分の仕事を始めなさい。」エゴンの横にいる小柄なメイドは、コクンと頷くと部屋から出ていった。
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