サンドール王国の終焉 8

サンドール王国 城下町 路地


王都では活気がある方の通りでも、裏に回れば人1人歩いていることも珍しい。それが美しい女性とあらば、目立つのも当然だ。


「誰かと思えば、酒場の姉ちゃんじゃねえか。最近見ねえから寂しかったぜ。これから楽しいところに連れてってやろうか?」黒い眼帯をした男が下品な笑みを浮かべて言う。女性の足が少し速くなる。


「おい、無視すんじょねえよ。常連様にこんな態度とるなんて冷てぇじゃねえか。」男は女の肩を掴むとそのまま手繰り寄せる。


「あの店はもうやめました。だからもうあなたは常連客じゃ…」


「うっせぇ!てめぇ、何勝手に辞めてんだ!」眼帯の男はお気に入りだったウエイトレスの胸ぐらを掴み壁に押し付ける。


「何するんですか、止めてください!」


「静かにしろつってんだろ!」男は女の顔を力一杯殴る。女性は一瞬静かになったが、自身から流れ出る血を見て恐怖に陥る。


「キャーー!誰か!誰か助けっ…」眼帯の男は何回も女性を殴り付けるが一向に静かにならない。しかし20回を数える頃、ようやく静かになった。


「気絶した振りしてんだよ!俺は兵士だぜ、そんなもん見れば分かるよ。」男は女の腹に蹴りを入れる。その衝撃で仰向けに倒れていた体が上を向く。可憐だった目は白目を向き、扇情的だった唇は切れ、整っていた鼻は折れている。王都一番の美人と称された美貌は跡形も残っていない。


「マジかよ。手前が悪いんだからな。」男は女性にもう一回蹴りを入れると飲み直すために酒場を探すのだった。


翌日の朝、彼女の刺殺体が見つかると町中は大騒ぎとなり、酒場ではこの話で持ちきりとなった。町中の男達が嘆き悲しみ、大きな憎しみを心に宿した。そういった者達が反乱組織に加わるのは自然な流れであった。


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サンドール王国 とある森の洋館


少しは早めの台風に襲われ、それがこの幽霊屋敷禍々しさを倍増させている。しかし地下室の壁は厚く、雨音どころか雷鳴も聞こえない。


「なかなか思うようにメンバーが集まらんな。特に王都は。」反乱組織のリーダー、アウグストは頭を悩ませる。


「王都で暮らす人達は裕福な人が多いですからね。」食うに困らない人は、危険を犯してまで革命を起こすことなど考えないのかもしれない。二人して悩んでいると、ドアが叩かれる。


「アウグストさん、お客様が…。」


「失礼します。」


「おわっ!」アウグストは、案内役のメンバーの後ろから飛び出してきた小さな影に驚く。


「たしか君、どこかで…。」


「エゴン様の従者兼護衛をしておりますリタと申します。」リタは恭しくスカートを摘まみ、頭を下げる。


「ああ、あのときの。」アウグストはリタと名乗った少女に目を見据えられ、若干の恐怖を覚える。向けられている顔は笑顔そのものであるのに、不思議な違和感がある。


「エゴンギルド長より伝言を届けに参りました。王都でのメンバーの加入が目標に達したとのことです。」


「思ったより早かったな。」


「それでは、私はこれで。」


「待て、待て待て!」踵を返そうとするリタをアウグストは思わず呼び止める。


「何かご用でしょうか?」リタは不思議な物をみるような目でアウグストを見る。


「いや、そういうわけではないのだが。外はこんな天気だし、そうでなくても長旅で疲れただろう。雨が上がるまで休んでいくといい。」


「ありがとうございます。しかしお気遣い無用です。」


「そうか。ならエゴン殿に礼を伝えておいてくれ。」


「かしこまりました。」リタは長旅の疲れなど感じさせない足取りで館を後にするのだった。


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第3下級兵団 駐屯地


申し訳程度の装備しかない、殆ど人のいない訓練場にライアンともう1人の男の姿があった。


「はぁっ!」


「ぐぁっ!」簡素な鎧を着た男の手から模造剣が弾け飛ぶ。


「さすがライアンさん。本当にお強い。」


「あんたもこの短期間でよく腕を上げたもんだ。」


「ありがとうございます。」


彼との出会いもこの訓練場であった。一人で素振りをしていると、どうすればこんなに美しい型で剣を振れるのかと聞いてきた。所詮ここの人間は皆敵。何も教えるつもりはなかったが、情に絆されたの、彼が悪い人間ではないと思ってしまったのか自分でも分からないが、今の関係ができてしまっている。


「あんたは、なぜ軍に入った?」ライアンは何気なく聞く。


「えっ?」


「いや、ゴロツキばかりのこの軍にあんたがいるのが奇妙に思えてな。」


「それは、ライアンさんも同じじゃないですか。」ライアンは苦笑する。


「俺の親、役人だったんですよね。下級も下級で裕福ではなかったですけど。けれど反逆者どもは、見境なしに貴族や役人、そして家族を殺していったんです。俺はなんとか逃げ延びましたけど、家族は全員…。」


「そうか。」


「ライアンさんは…」男は質問を返そうとするが、その前に澄んだ鐘の音が5回響き渡る。これは確か。


「緊急集合の合図だ!急ぐぞ。」ライアンは質問を打ち切る口実ができたのを喜ばんばかりに走り出した。


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鐘の音がした直後に集合場所へ向かったライアン達であったが、規律の悪さのせいなのか全員が揃うまでにの20分はかかった。集合場所は館の礼拝室として作られたであろうこの部屋だ。かつての主がゴロツキ共で埋め尽くされているこの部屋を見れば憤慨することだろう。


説教台の上では騎士が登りざわざわ騒ぐ部下を静めようとしていたが、諦めたのかそのまま話し出した。


「ローミルダの町が農民の反乱により失陥した。これを第1から第4下級兵団により取り戻す。間者からの情報によると敵の数はこちらの2倍ほどのものの、装備は粗悪でまともな武器は持っていない。出立は明日の明朝だ。各員用意をしておくように。予想される移動時間は…」


耳をよく澄まさないと周りの喧騒に掻き消されて聞こえないほどの声だったが、確かに聞こえた。


「なんて言ってましたか?」


「戦争だ。」

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