サンドール王国の終焉 4
アウグストはメイドに、高価な調度を根こそぎかき集めたかのような統一感のない部屋に案内された。そこには膨らんだ蛙を彷彿させる男と、鷲のような目付きをした男が鎮座していた。
「お久しぶりですエゴン様。バーニック様は初めましてですよね。」アウグストは、見覚えのある不思議としか形容できないエゴンのシルクハットを見つめる。
「覚えていてくれたのかね。久しぶりだ、アウグスト君。ツェザール公爵は、残念だったな。」エゴンは覚えられていたことが嬉しかったのか上機嫌になり、残念そうな素振りを一つも見せずに言う。
「お気になさらず。」
「昔話に花を咲かせるのは結構だがこの立場となると色々忙しいものでね。急かすようだが、本題に入ってもらおうか。」本題から逸れつつある会話にバーニックが水を指す。
「失礼しました。バーニック様は近頃、産地不明の剣や槍が出回っているのをご存じですか?」
「ああ、質は著しく悪いがな。おそらく帝国と君達が値を吊り上げているせいで、一山当ててやろうとギルドを退会した職人が作っているのだろう。」
「職人ギルドでは、武器の生産は?」アウグストは、期待の眼差しでバーニックを見る。
「女王から、近衛騎士団と反乱鎮圧用の武器の制作依頼を受けた。材料が運び込まれれば、すぐに生産を開始する。」
「しかし、衛星国の武器の保持は禁止されていたのではないですか?
「帝国の許可が下りたようだ。駐留軍がそれだけ弱体化しているということだろう。」
「そのいくらかを、融通していただけませんか?」
「さっき言った野良職人のせいでギルドも目をつけられている。この前も、ギルド本部と工房に抜き打ちで帝国兵の検査が入った。鉱石と武器の管理は徹底されている。どれだけ鉱石を使用し、いくつ武器ができたかも報告しなければならない。横流しは難しい。」バーニックは降参だというように手を降る。
「ツェザールの銅鉱山に知り合いがいます。管理されているのは鉱石と武器だけで、工房自体に常に兵がいるわけではないのでしょう。」
「それならば、可能ではあるな。だが、リスクが大きすぎる。」
「はい、無理を承知で申し上げています。もとより、そのつもりでこの会談に臨まれたのではないですか?」アウグストはにこやかな表情を浮かべる。
「正直に言って、今の王政にはついていけん。税のこともあるが、船が止まったせいで資材の輸入も製品の輸出もできないでいる。現状を打破したい。」
「協力していただけますか?」
「革命に成功した暁には『サンドール王国内の全ての職人は、ギルドに登録しなければならない』という法令を作ること。これが条件だ。」
「ありがとうございます。」アウグストはうやうやしく頭を下げる。
「お待たせ致しました。率直で申し訳ないのですが、エゴン様には資金援助をしていただきたい。」
「知っての通り私は商人だ。ただでは動かないよ。」
「エゴン様は現在、王政による重税に喘いでいらっしゃるはずです。」
「取れる時に、取れるだけ取るのが商人です。貴族付きのお坊ちゃんには、品がなく思えるかもしれませんがね。」エゴンは不自然なほどにっこりとした表情を変えずに言う。
「革命後の減税ですか?」
「それもありがたいのだがね…。資料を読ませてもらったよ。何でも全ての国民に一票ずつ与えて、王を決めるだとか。」
「はい、そうですが。」
「正直に言って、それには賛同できない。国の王を選ぶには、それなりの教養が必要となってくる。高級役人の家系に生まれ、仕官することを運命付けられた君には分からないかもしれないが、誰しもが素養を持ち合わせているわけではないのだぞ。」
「しかしそれは、教育によって改善を…。」
「教育を施した子供が、大人になるのにどれだけかかると思っている?その間に、大衆への人気取りだけで当選した王が国を潰したらどうするつもりだ?」
「それは…。」アウグストはあまりもの正論に反論できずに黙る。
「革命後、20年間は30万バール以上の納税者にのみ投票する権利を与えるという条件ならば支援を考えてもよい。」
「ですが、20年後それが履行される保証はないのでは?」
「貴族からの支援は順調に集まっているのかな?君達が行脚しているのは、父王に近い、つまり現王から遠く疎まれている領地と財産の殆どを接収された貴族だろう?なけなしの金の殆どを武器の購入に当てて、今にも底を尽きそうなのだろう?どうするべきか、よく考えなさい。」
アウグストは、渋りに渋った挙げ句背に腹は代えられないと条件を飲むのだった。
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