サンドール王国の終焉 3

サンドール王国 王城


華麗としか形容のしょうがない城の一室。そこは陶器の破片や、開かれた本が散らばっている。ローザが怒りのまま宰相に投げつけたのだ。


「まだ誰が私に弓を射たか、まだ分からないのか!」ローザは、新しくなった宰相を怒鳴り付ける。


「申し訳ありません!」宰相は、これ以上不興を買わぬようにすかさず頭を下げる。そのとき頭から床に血が滴り落ちた。


「王城内にまで、反乱分子がいるとは。しかも、この国で禁止されている弓矢を持っている。犯人は一人だとは限らん。既に何人もの反乱分子が武器と共に潜入しているかもしれん。」ローザは、ふと近衛騎士であるカルリーノを見る。鎧を纏い、背筋を伸ばし堂々と立っている。その姿は凛々しく頼もしいが、足りない物がある。


「カルリーノ。剣を持った相手と対峙した時、お前は私を守りきれるのか?」カルリーノが持っているのは剣でも槍でもなく、ただの金属製の棒である。反乱や暴徒の鎮圧が帝国の資金源(と娯楽)になっているため、衛星国の武器の保持はたとえ王と城を守る近衛兵であっても禁じられている。


「命に代えてもお守りします」カルリーノは自信有り気に答えたが、ローザの不安は晴れなかった。


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ツェザール領の公都であったアンゼルマは相も変わらず瓦礫に埋もれている。しかし司令部として使われている洋館の近くの瓦礫は撤去され、代わりに兵舎が建っている。


植民地ツェザール サンドール王国駐留軍臨時司令部


司令はツェザールがサンドール王国駐留軍の管轄から外れたことに対する業務上の手続きの煩雑さと毎日格闘をしている。そこに新たな仲間がやって来る。


「司令、サンドール王国から反乱討伐の願文です。」部下が蝋封のされた手紙を携え入ってくる。どうやらノックの音も聞こえないほど仕事に没頭していたようだ。


衛星国の王には、帝国への請願が認められている。ほぼ100%通らない形式上のものではあるが、認められていることは認められている。


「願文?反乱の討伐依頼ではなくか?」サンドール王政府からの手紙は討伐依頼ばかりであったので、司令は突然の願文を訝しむ。


「はい。読み上げます。『不幸なことにこの国では愚者達の相次ぐ反乱によって、神に選ばれ魔法を授けられた方々の尊い血が流れています。本来、我が同胞の不敬は我々自身が正すべきであり…』」


その手紙は、要約するとこのようなものであった。


帝国に反乱を鎮圧できる力がないのなら、王政府が軍備を持つことを許可せよ。さもなければ国力が落ち、貴軍への食糧提供が遅延もしくは途絶するかもしれない。


「本国に転送しろ。」


「司令、本当によろしいのですか?衛星国に軍備の保持を許可するなんて狂気の沙汰です。しかも脅しに屈するなどありえません。」


「だが、何もしないなら遅かれ早かれそうなる。今の我々に、それしか反乱を止める術はないのだ。」司令はかつて純粋に信奉していた帝国軍の力に呆れるのだった。


サンドール王国 とある森


雨が降りしきる森の中、背景に溶け込むかのようにその洋館は佇んでいた。煉瓦には亀裂が入り、花壇は人の腰まである雑草に埋め尽くされている。数十年、もしくは百年以上放置されたことが分かる。しかし、その地下室では多くの若者が生活している。


「お疲れ様です。」部屋の中の若者達が、ドアから入ってきた男達に挨拶をする。


「お疲れ様。おや、彼は?」アウグストは見馴れない青年を見据える。


「新しいメンバーです。彼も私と同じです。帝国に家族を村ごと…。」


「そうか、辛かっただろう。」アウグストは悲痛な表情を浮かべる。


「私も、ツェザールにいた家族と仲間を失った。必ず復讐を成し遂げよう。」アウグストは、彼の肩に手を置く。


「帰って来たばかりでなんだが、すぐにまた立たねばならない。留守を頼んだぞ。」そう言うと、机の引き出しから紙の束をひっ掴み鞄に入れる。


「はい!気をつけて。」若者が元気返事をする。勢いよくドアが閉まり、衝撃で天井から埃が落ちる。


「あの、さっきの人は誰ですか?」彼は嵐のように来て、去っていった男の素性に心当たりがなかった。


「俺達のリーダーだよ。知らなかったのかい?」


「えっ?しっかり挨拶するべきだったでしょうか?」


「別にいいと思うよ。あの人、そういうの気にするタイプじゃないし。」彼は地下組織のリーダー像として勝手に筋骨隆々とした目の鋭い男を想像していたため、少し拍子抜けし、あまり強そうとは思えないアウグストの風貌に不安に感じた。


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サンドール王国 ヴェルーナ地区


サンドール王国の最高峰メルツェーデナス山を望むこの地は、貴族や豪商の別荘が立ち並び毎冬には多くの人が訪れる。しかし、今は閑散期のため殆ど人の気配がない。その中の一軒、商業ギルド長の別荘も、外からは人の気配を伺うことができなかった。


カーテンが閉ざされた薄暗い部屋で、2人の男が鎮座していた。商人ギルド長のエゴンと職人ギルド長のバーニックである。


「まったく、ローザ女王には困ったものだ。」バーニックが言う。


「農民とは比較にならん税を納めているというのに。さらに、増税するとは、本当に面の皮が厚い奴ですね。」エゴンが言う。


外では聞かせられぬ不平不満を溢していると、軽いノックの後、小柄なメイドが顔を出す。


「エゴン様、バーニック様、アウグスト様がご到着されました。」


「通せ。」


「かしこまりました。」メイドは、踵を返して再び扉をくぐる。


「さて、何を要求しようか。選り取り見取りだな。」エゴンは、これから始まる密談を想像し、にやけた表情を浮かべるのだった。


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