お里帰り2
ラルクタル王国駐留軍司令部
2日前、本国から突然撤退命令が出された。出来るだけ速やかに本国へ帰投せよとのご達しだ。しかし常駐する戦列艦のおよそ半数を抽出され、輸送力は大きく落ちている。それでさえ、速さだけが取り柄の小さく、余剰スペースの殆どない二線級の戦列艦だ。これではピストン輸送をしても基地要員や魔道機械、書類などを運び出すには時間がかかる。
黒いゴシック様式の塔は、灰雲も手伝いいつもより禍々しく見える。その最上階から司令は灰色の空を物憂げに眺め、ティーカップを傾ける。
「久し振りに本国の紅茶が飲みたいものだ。」司令は味を誤魔化すために、カップに砂糖を目一杯入れる。苦い表情を浮かべ砂糖がジャリジャリする紅茶を飲んでいると、軽いノックとともに扉が開かれる。
「司令、B級以下の書類の焼却が完了しました。」煤で少し黒くなった軍服を身に纏い、参謀はきびきびと司令の前へ向かう。
「そうか、ご苦労。後は戦列艦を待つだけだな。」20隻程の戦列艦が本国から戻ってくるには数日かかる。それを後2回も繰り返す必要がある。
「はい。」
「まったく、戦列艦に輸送船の真似事など無理がある。」
「接収した船が根こそ沈みしましたからね。仕方ありません。」
「手元に5隻しかないというのは心許ない。」司令はがらがらの軍港を双眼鏡で見て言う。
「だからといって、他方面の駐留軍も大陸軍の穴埋めのため本国へ配置転換されていますから手放したがらないのでしょう。」参謀が言う。
「だが、本国にはまだ商船が残っているのだろう?それで我々を運んでもらえればいいのだが。」司令は、部下を試すような口調で話しかける
「エルヴィーラ海運のことですか?」
「ああ、そうだ。シェアは5位だったか。あそこは中型、大型船を計60隻は持っているはずだ。」
「今は1位ですよ。あそこは、貴族の分家が経営している会社ですからね。その縁で多くの貴族が株を持っているのでしょう。あそこにメスは入りません。」
「まったく、こんな状況だというのにな。」司令は苦笑しながら言う。そんな話をしていると、遠雷のような音が響く。
「雷か?」
「近いですね。」参謀がそう言うと、ドタドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。
「司令、緊急です!軍港にて、戦列艦が攻撃を受けております!」
「直ちに、全艦出撃させろ!」
「詳報が入りました!既に艦隊は全滅しております!」
「なんだと!早すぎるぞ!」司令がそう叫んだ瞬間、衝撃と閃光により司令の意識は途切れるのでだった。
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日本国 首相官邸
「総理、第三護衛艦隊群より連絡がありました。ラルクタル王国を不法占拠する武装勢力の討伐に成功したようです。」防衛相が報告する。
「そうか。死者は?」総理が問う。
「残念ですが、市民に紛れた敵により自衛隊員7人が…。」防衛相は言い淀む。
「また、マスコミに叩かれるな。」総理は本気で嫌そうな顔をする。
「これで残りの討伐以来は交渉中の件を含めてあと11件です。これから益々増えるでしょう。」外務相がリストを見ながら言う。
「多いな。」総理は率直な感想を言う。
「最近思うのですが、我々は何のために戦っているのでしょう?」財務相は疑問を口にする。
「それは、日本国民とその財産を守るためでは?自明のことかと。」防衛相が言う。
「しかし、この頃どうも手段が自己目的化しているような気がします。」
「どういうことだ?」総理が聞く。
「我々の目的はあくまでも日本国民とその財産を守ることです。他国を救うことではありません。」
「勿論だ。分かっている。だが、新しい世界には新しい友人がいる。食糧、資源、そして市場。それらがなければ、日本経済は立ち直れない。そして友人の増加は敵の減少に直結する。」
「分かっておられるなら結構です。ただし、これだけは覚えておいていただきたい。今の日本は召喚前の日本とは違います。日本には長期間戦争を続ける体力などありません。長期的な視座を持つことは大切ですが、足元を掬われては元も子もない。」財務相は膨れ上がる戦費と、召喚による混乱から来る不景気に頭を痛めるのだった。
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