解放の夢

サンドール王国 ヌーヒヌムノ軍港


美しい山々に囲まれたヌーヒムノは、かつて美しい町だった。しかし、今は帝国の軍事関連施設によって景観は破壊されている。その内の一つ、何度も増改築が繰り返されたことが分かる複雑に枝分かれした桟橋の上で帝国兵が整列していた。


「司令、本国への栄転、昇進、そして勲章の授与、おめでとうございます。」幕僚達はピシッと揃った敬礼をする。


「まさか、この年で本国に戻れるとは思わなかったよ。」司令は苦笑する。一度、辺境に飛ばされれば余程のことがない限り本国復帰はありえない。


「たかが、反乱を抑えたくらいで栄転とは昔ではあり得んな。負けている軍では、高級将校と勲章が増えるというのは本当らしい。」


「我々は負けてなどいません。」護衛として来た若い兵が口を挟む。幕僚達は彼を睨むが、司令は柔和な笑みを浮かべる。


「だが、勝ってはいないだろう。このごろ、他の衛星国や植民地でも規模は小さいが、反乱や蜂起が起こるようになってきた。どれだけ臭いものに蓋をしようと、少しずつ漏れていく。時間は我々に味方しない。勝てない時点で負けだ。」


「しかし、今回の反乱は鎮圧できました。野蛮人の反乱など恐れるに足りません。」


「もう殆ど残っていない、ゴーレム搬送型輸送船を使ってな。」出撃しては減っていく自国の艦隊を間近で見てきた若者は押し黙る。


「帝国兵ならば見たいものだけを見ようとするな。現実を見ろ。」司令はそう言い残すと輸送船へと乗り込んで行った。


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サンドール王国 駐留軍 司令部


主を変えた司令室では、男が考えこんでいた。


先月、軍と政府の高官に知らされた内務省からの報告。日本がヒルメラーゼ共和国の上を行く科学文明を持っている可能性。そして前任者からの報告。それらの情報が真実だとすれば、一体どうやって戦闘を行えばよいというのか。しかし、北部衛星国が悉く離反するもしくは試みる一方で、この国の軍港は帝国北部において唯一の大規模な艦隊が駐留ができる港となっていた。ここを失うわけにはいかない。


「困ったものだ。」新しい司令はそう呟くと、冷めた紅茶に口をつけた。


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サンドール王国駐留軍は戦列艦の数こそ多いものの、先の戦闘で全ての竜を失いその哨戒能力を大きく下げていた。一応、哨戒のため船を何隻か出してはいるが、空から見ることに比べて効率は著しく悪い。それに加え、複雑な地形により視界が遮られる。


それらの理由により、第一、第三護衛艦隊群は易々とサンドール王国近海に進出することができた。


「敵艦隊をレーダーに確認!」


「作戦を開始する。」


「了解!」


サンドール王国 ヌーヒムノ軍港


「ファ~~、今日も良い天気だなぁ。」見上げれば雲一つない青空に、青い鳥が飛んでいる。灯台の上で見張りをしている若い兵が気楽に言う。


「真面目にやれ!」すかさず、上官に怒られるが若い兵はまだのんびりした表情だ。


「そうは言っても、この数ヶ月何も起きてないじゃないですか。空は鳥しかいない。海は穏やか。敵に立ち直れない程の被害を与えたのでしょう?もう、来ないのではないですか?」


『敵の戦力は健在だ。それに比べてこっちは満身創痍。敵はいつ来るか分からんのだぞ!』と言いたかったが、箝口令に違反した場合最悪の場合死刑、よくても牢屋行きだ。隊長と呼ばれた男はどのように言うべきか考え込む。


「隊長?あれを!」若い兵が震える手で空を指差す。


「どうした?」隊長も空を見上げる。暫く目を凝らした後、光を帯びた、丸い物がこちらへ向かってくるのを見つける。それらは、一目散に戦列艦に突き刺さり、爆発を起こす。


「司令部に連絡だ!急げ!」二人は魔信へと駆け寄るのだった。


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サンドール王国 駐留軍 司令部


引き継ぎの手続きを済ませるため、膨大な書類の決済を一心不乱に続けてはや三日。しかし、書類は無くなるどころかむしろ増えている気さえする。司令は仮眠をとろうと執務室から私室へ向かおうとするが、ドアが勢いよく開け放たれ頭を打つ。


「司令、ヌーヒムノ軍港より緊急です!攻撃を受けている模様で…。司令、どうなされましたか?」


言いたいことは沢山あったが、飲み込んで指示を飛ばす。


「上陸許可を出している海兵を呼び戻せ。すぐに出港させろ!」


「了解。」


司令室には、参謀や伝令兵が続々と集まってくる。


「軍港より、続報です。戦列艦が100隻以上が撃沈されたようです。」


「100隻だと!こんな短時間でか!あり得るわけがない。」司令は狼狽する。


「監視所より連絡。敵艦隊を捕捉。数は10隻。」


「直ちに戦列艦をそいつらに向かわせろ!」


「了解。」


「司令、敵艦隊が発砲を開始しました!」


「海兵の召集、間に合いません。」


「今の状況で出港させることはできるか?」


「出港自体は可能ですが、乗組員が少ないと魔導砲の稼働率が著しく低下するかと。」海兵上がりの参謀が答える。


「このまま、むざむざとやられるよりはましだ。直ちに全艦を出港させろ!」


ヌーヒムノ軍港


また、砲撃の爆音と悲鳴が響き渡る。既に半分以上の船が燃え、煙と熱が視界を覆う。


「魔導機関稼働開始。いつでも出港できます。」航海士が言う。


「出港命令はまだか?」


「はい。まだ、命令は発令されておりま…。いえ。たった今命令を受領しました。全艦出港。敵艦隊を撃沈させよとのことです。」通信士が答える。


「全速前進!」


「了解、全速全…グァ!」


竜による哨戒能力の消失は、帝国艦隊に出港の遅延をもたらした。そして大半の艦は出港することなく、出港できた艦も射程距離内に敵を捉えることなく海へ沈んでいった。










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