国境侵犯

アンゴラス帝国とヒルメラーゼ共和国との国境近くに巨大な黒い船が10隻ほど浮かんでいる。その中でも一際巨大な船、戦艦アーノルドにて。


「アビゲイル石油精製所より、緊急!救援要請です。」司令のベネディクトに連絡員が報告を入れる。


「それは、確かか?」


「はい。」


ベネディクトはしばし黙孝し、意を決したように言う。


「これより、第12戦闘艦隊は邦人救助のため作戦行動に移る。」


「司令、これは命令違反です!」艦長が言う。


「考えたまえ。このタイミングで少数とはいえ一線級の艦隊を国境沿いに派遣させた上の意図を。こうなることを予測していたに違いない。独断専行により、アビゲイル石油精製所の救援にあたる。」かくして、ヒルメラーゼ共和国はアンゴラス帝国の国境を侵犯した。




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アンゴラス帝国統治以前、国という概念を持たず、部族単位で自然と共に生活を営んでいたダイナ。しかし、近年の資源採掘により、自然は徐々に失われつつある。熱帯雨林の開けた所に、巨大な塔がそびえ立っている。


植民地ダイナ 駐留軍司令部


「全く、とんだ貧乏クジを引いたものだ。」国境沿いに展開するヒルメラーゼ共和国を恨みながら言う。


「本当ですよ。今頃長期休暇で、本国のコーヒーを味わっていた筈ですのに。」


「司令!ヒルメラーゼ共和国艦隊を監視している竜騎士より通信です!共和国が国境を侵犯しました!」


「なんだと!」司令は震えながら愕然とする。


「本当なのか?」


「間違いありません。」


「全艦、出航させろ。攻撃はまだするな。本国に問い合わせる。」司令は、大急ぎで魔信を起動させるのだった。




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アンゴラス帝国 帝都キャルツ 王城


「お忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます。半刻前、ダイナ駐留軍司令部より、ヒルメラーゼ共和国艦隊越境の報がありました。現在、駐留軍艦隊50隻が向かっております。」軍務相、デクスターが言う。


「数百年ぶりの大戦になるやもしれませわね。」魔道相、アルクが言う。


「日本のために動員準備をしている大陸軍をそちらに向けては?」内務相、リジーが言う。


「失礼します。」外務相ケニスが入ってくる。


「遅かったじゃないですか。定刻を過ぎてますよ?」とアルク。


「ヒルメラーゼ共和国大使館に呼ばれていたものでして。」


「それで、なんと言ってきました?」


「そんな事実はないとのことです。」


「事実はない?なら国境を侵犯しているのは何なのですか!」


「不明です。」


「不明!貴方の仕事は何ですか!またもな報告を上げるようお願いしたいですわね。」


「ヒルメラーゼ共和国軍が公式に否定したのならば、攻撃許可を出してよいのでは?」リジーが言う。


「そうですわね。とっとと蹴散らしてあげなさい。」


「しかし、駐留軍がヒルメラーゼ共和国越境と…」デクスターの言葉は遮られる。


「そのヒルメラーゼが我が国の軍でないと言っているのです。何か問題でも?」廊下から足音が響き、ノック音が響く。


「何です?会議中ですよ。」リジーが言う。若い幹部らしき男が入ってくる。


「失礼します。緊急の案件でしたので。」


「続けなさい。」アルクが言う。


「ありがとうございます。ヒルメラーゼ共和国より声明が出されました。アビゲイル石油精製所より、救援要請がなされた事を受け、邦人保護のため越境する。尚、ヒルメラーゼ共和国はアンゴラス帝国へ敵対行動を取らないとのことです。」


「なんて勝手な事を!」アルクが言う。


「全くです。」デクスターが言う。


「取り敢えず、発砲許可は出すべきね。」


「いや、ただでさえ日本に手を焼いている状態でこれ以上敵を増やすべきではないかと。」


「ヒルメラーゼはともかく、日本は大陸軍さえ動員すれば一捻りの相手よ。数にもならないわ。」


「背後に敵を残しつつ、列強と戦う事はいかがなものかと。」デクスターが言う。そして時間は経っていく。


植民地ダイナより東 100km


黒い雲に空を覆われた曇天の中、アンゴラス帝国艦隊50隻とヒルメラーゼ艦隊10が対峙する。普段は威厳に溢れるアンゴラス帝国の戦列艦もヒルメラーゼ艦隊の前では、小さく見える。その小さな船の上で、司令は苛立ちを隠せないでいた。


「なんだ、あの大きさの船は。信じられん。まだ、発砲命令は出ないのか!」


「はい、まだ出ません。」


「ヒルメラーゼ艦隊の進路を塞ぐように伝達しろ!」


「了解!」




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ミサイル巡洋艦 ランスロット


ヒルメラーゼ共和国の最新兵器、ミサイルを惜しみもなく積めるだけ詰め込んだ船。それがランスロットである。


「艦長!アンゴラス帝国艦隊、進路を変えます。このままでは衝突します!」航海士が言う。


「衝突したところで沈むのは向こうの方だ。これはチキンレースでも何でもないのだよ。向こうが避けるか、向こうが沈むかしか選択肢はない。」艦長がニヤリと笑いながら言う。


「艦長、直進してきます。本当に避けなくてよいのですか。」


「構わない。総員対ショック用意!何かに掴まれ!」


船と船の距離はゆっくりと、しかし確実に近くなっていく。


「ぶっ、ぶつかります!」航海士がそう言うなり、衝撃が艦を襲う。


「状況知らせ!」


「火器管制レーダー破損!」


「18番ミサイル発射管に歪みが生じています。」


「衝撃に吹き飛ばされた乗組員が頭を打って気絶しました。」


ランスロットはほぼ速度を変えぬまま、大海原を往く。




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「戦列艦、マッティア転覆しました!」


「まだ、射撃許可は出んのか!こちらの船が沈められているというのに!」司令は憤慨する。


「はい、まだ出ていません。」


「くそっ!アンゴラス帝国をこけにしょって。」司令は拳を机に振り下ろす。


「砲撃用意だ!」司令は呟く。


「司令、しかし許可がおりて…。」


「国境侵犯を犯し、さらに戦列艦まで轟沈させた。これが敵以外のなんだというのだ!各艦に伝達、砲撃用意!目標、ヒルメラーゼ共和国艦隊!」司令はヒルメラーゼ艦隊をじっと見つめるのだった。




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ヒルメラーゼ共和国 第12戦闘艦隊旗艦 アーノルド


艦隊司令のベネディクトは頭を悩ます。


「まさか、本当にぶつかるとはな。」ため息混じりに言う。


「全くです。向こうが沈むという事は分かりきっていたでしょうに。」


「帝国人はプライドだけはたかいからな。」


「大した技術力もないですのにね。」


「アンゴラス帝国艦隊、進路を変えます。」航海士が言う。


「ようやく諦めたか。」


「帝国人にしてはまともな判断ですね。」司令と艦長は笑い合う。


「司令!大変です!帝国艦隊の大砲が発光しています!奴ら、撃つつもりです。」


「なんだと!回避運動を…」


「発砲しました!」その言葉と共に、艦は揺れに襲われる。


「被害状況は!」艦長が問う。


「内火挺昇降装置破損!」


「空海両用機関砲、融解してます!」


「ふぅ、そんなものか。まぁ、所詮は帝国の…」


「ドゴォーーン」突然、爆音が響き渡る。


「何事だ!」


「ランスロットが…」航海士は口ごもる。見れば、みるみる傾いていく最新鋭巡洋艦の姿があった。


「ミサイルが誘爆したのでしょうね。」


「応戦、全力を持って敵を叩きのめせ!全砲門発射用意。」司令は命令を下す。


「近すぎてミサイルが使えん事が悔やまれますね。」


「全くだ。」




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「よくやった!」戦列艦の上で、司令は燃え盛る敵艦を見て歓喜する。


「回頭180°、左舷砲門発射用意!竜母、全白竜発艦!」


「敵砲門こちらを向きます!」見張りが叫ぶ。


「あの数の大砲など当たりはせん。」


「敵艦発砲!」叫び声のような音がし、連続した砲火が友軍を襲う。穴だらけになった戦列艦は、なす術べなく海に引きずりこまれる。


「なんだと!なんて連射性能だ!」司令は敵の技術力に舌を巻くが、数が5倍も違うということを思いだし気を取り直す。


「回頭、完了しました!」


「どうやら、あの筒に当てると爆発を起こすようだな。弱点を晒すとは愚かなことよ。集中的に狙ってやれ!撃て!」


戦列艦より、幾つもの青白い光線が放たれる。そして、3度爆音が木霊する。


「素晴らしい、残りもとっとと片付けてやれ!」

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