思いやりを知ったあなたは
気が付けば半年が経っていた。
俺の休日は、マオに振り回されっぱなしだった。キャンプや釣り。山登り。テニスやダーツ。ボーリング。
気が付けば奴は家の合鍵も持っていた。こわい。
マオはテレビに影響されやすいらしく、それで知ったものを見てみたい、やってみたいとすぐ言い出した。
いつも半分無理矢理連れて行かれてはいるが、なんだかんだ、マオが楽しそうにしてる姿を見ると、こっちもつられるように、一緒に楽しんでしまっていた。
本日は遊園地だ。
天候は雨の降りそうな曇天ではあるが、マオはそんなこと気にもせず、子供向けのヒーローショーが始まるのをワクワクしながら待っている。
マオの仕事は順調らしい。謎の馬鹿力が素晴らしく有効活用されてるらしく、その素直で無邪気な性格から、年配の方からも可愛がられているようだ。良い職場らしい。
周りの人のことを思いやるということを、そこで色々学んでいるようだ。
ただ、俺はというと。
『お前は将来、どうなりたいんだ?』
昨日、上司から叱られた。
大手の取引先とのトラブル。自分のミスで起きたものだった。その際に色々な言葉を投げられたが、一番効いたのがその言葉。
営業でモノを売り、数字を達成する。達成出来なければ鬼のように叱られる。
こんな日常。世間でいう、社会人でいう、『当たり前』の世界。
学生の頃とはまるで違った。
優しさなんて無い世界。
そこで生きていかなくてはならなかった。
上の人間の心無い言葉に何度も傷ついたし、優しい人ほど病んでいった。
誰かが傷つくのを見るのも嫌だった。今でも、それは変わらない。
でも、何もできなかった。
再就職出来る保証もない。俺に辞める度胸はなかった。でもそこで上の立場になりたいという欲求なんてない。夢も、目標も、なりたい姿もないまま、ただの日々の浪費。
そんな自分の胸に、その言葉はグサリと刺さった。
自分には何もなかったから。
子どもが無邪気に笑っている姿を見て、羨ましくなった。
「いいよなあ、子どもとか、学生ってさ」
勝手に口から出て来た。
自分の環境に嫌になっても、辞める度胸も勇気もない。そんな人間の愚痴は、
「社会人の苦労も知らず、無邪気に楽しく、毎日過ごしてる」
自分で口に出していて、あまりに醜かった。
「現実なんて知らないから、夢や目標も自由にもてる。楽な期間だよほんと」
そこまで言葉を吐き出してから、自分が最低で、恥ずかしい発言をしたという事実に、激しい嫌悪感が走った。
大人にも子供にも、皆悩みや苦悩はある。その内容や大小に関係なんてない。本人はその問題に、必死に向き合っているのだから。そんなことわかってるのに。
成長してきたマオに、失望されたかなと顔を見ようとした直後、
「んむっ」
「美味いだろ。疲れた時には甘いモノってやつだな」
クレープを口に突っ込まれた。クリームの甘味が、嫌な感情を少し溶かし、脳を冷静にしてくれた。
「で、どうした?マコト」
成長速度とは、こんなにも早いものなのか。いや、これは元々のマオの性格なのだろう。いつも無邪気で素直。でも、こちらが真剣になった時は、マオ自身もそれに向き合ってくれる。彼女のそういうところは、本当に尊敬できる。
そして、自分に将来なりたい姿がないことをマオに伝えた。が、
「それは必要なことなのか?」
そう、返ってきた。
周りの子どもの喧騒が、自分の耳に入らなくなった気がした。
「そんなもの無くていいじゃないか。休みが楽しいから頑張る。仕事でやりたいことがある。それぞれに生き方があるのではないか?」
……………俺は、見えていなかった。
夢や目標も、なりたい姿も、『なくてはならないもの』ではない。
人生は、人に言われて歩むものじゃない。
もっと、自由なものなんだから。
ショーの開幕のベルが鳴った。
それでもマオは続ける。
「安心しろ。私は知ってる。お前が頑張ってるってことくらいな。だから、焦らなくてはいいだろう」
自分の努力を知ってくれている人がいるだけで、こんなに嬉しいのだということに。俺はこの時初めて気が付いた。
「何が自分の幸せかなんて、自分にしかわからん。まだわからなくても、それは自分のペースで見つけていいものだろう。その中で辛いことや悩ましいことは勿論出てくるだろうが……」
あぁ、なんで、
「だからこそ、そんな毎日がいい日になりますようにという意味をこめて、君達は出会ったときに『おはよう』というのだろう?」
人間でもない奴のほうが、理解してくれてるんだろうか。
まあ、これはマコトや職場の人達と過ごしてるうちに思ったことだけどな!と、照れ隠しにマオは笑った。
その凄さに、本人は気付かない。
ヒーローショーが始まった。
MCの女の人が喋る直前、気になった事を聞く。
「ちなみに、マオに夢はあるのか?」
決まっているだろうと、目の前の彼女は笑った。
「世界征服だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます