魔王の証拠

「おはよう」


自称魔王の話を聞いて眠りこけ、起きて挨拶をしてみるが反応はない。とりあえず即席のご飯を作ってそのまま仕事に向かった。


そして今日は仕事が思いの外早く切り上げられたものの、時間はもう夜の九時。

我が家の電気は、まだついていた。

ため息混じりにガチャリとドアを開けると予想通り、


「おそいぞ人間!!餓死させる気か!!」

「お前も人間だろ!あと朝飯食ったら帰れ!なんでいるんだお前!」


まあ、用意してたのは一食分だけだから、こうなるのも無理はないけど。

有無を言わさず飯を作る流れになり、結局夕飯や風呂が終わったのは11時半。


「ちなみにこれはなんだ」

「学生時代に描いてた風景画だ。引っ張り出すな」


油断も隙もない居候だと思い、押し入れにまたしまう。


「だが、やはり飯を作るのが美味いな貴様」

「そりゃどうも」

「私も作ろうと思ったが、なかなか難しくてな。包丁で何度も指を切った」


帰ってきた時に台所で食材と少々の血が散乱していたのはそういうことだろう。察してはいた。


「というか……少々の血?」


目の前の彼女の指を見た。傷なんてどこにもない、まっさらな指。


「指……どこが切れてんだよ」 

「ん?あぁ……自然治癒だ。……なんだ?その顔は。そうだな、証拠を見せよう。私が魔王とわかれば、この家に私をおくがいい」


何故そうなるんだと思ったが、こちらが何かを言う前に彼女は立ち上がり、台所にあった包丁を手にとる。

と、同時に、


「!おいっ!!」


ザクッッと。

自分の腕を切った。切り落としたというわけではないが、その傷はかなり深かった。


が、直後、その傷が徐々に治っていく光景が眼前に映った。


「……は?」


みるみるうちに傷は塞がり、ついには綺麗に無傷の状態に戻る。

ありえない現象だった。


「見たか?これが私の生まれ持った体質、自然治癒!頭でも潰されない限り、全ての傷は治っていくのさ」


フフンと威張る彼女。

だったが、俺は


「なんでそんなことした?」

「ん?それは勿論魔王だという証明のためーー」

「やめてくれ」


勘弁してくれと、そう思う。


「傷はほんとに治るみたいだけどな。痛みはあるんだろ?」

「こ、こんなものはなんでもない!」


強がりだとわかった。包丁の刃を自分の体に立てる時、その顔が一瞬歪んだのが見えた。どんなに早く治っても、そこに痛みは生じる。

傷が治る彼女の正体はわからない。

けど、そんなことどうでもいい。


身体であれ心であれ、誰かが傷つく姿をみるのが嫌いだった。


自分の眉間にシワが寄っていくのがわかる。出て行けと、全部誰かに放り投げてしまえばいいものの、そうできる度胸もない。


「い、いやその……今のは……」

「……わかった。認めるよ。魔王だと」


認めなければまたこんなことをしでかしそうだ。

それにしても、魔王の証明が馬鹿力と自然治癒とは。こんな地味な証明でよいものなのか。


俺の一言で、焦った彼女の表情も戻った。

この子もこの子で単純すぎる。


「ということは!私はここに住んでいいわけだな!」

「しばらくはって意味な。そういえばお前、名前は?」

「?魔王だ。名などないぞ?」

「……わかった。じゃあ『マオ』って呼ぶぞ。俺は桐島真(きりしままこと)。『マコト』でいいから」


これでいよいよ本格的に、厄介事を連れ込んでしまった。


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