自称魔王と社会人

波樹 純

非日常は突然

26歳社会人。独身で彼女はなし。

夢や目標なんてものはない。

ただ生きるために仕事をしていた。


その日も、いつも通りの平日のはずだった。残業終わりの帰り道、蛍光灯の下で、そいつと会った。

見た目は20歳くらいの端正な顔立ちの女性。ただ問題はその格好。


ファンタジー世界でありそうなマントを翻し、そいつは堂々と言い放った。


「私は魔王!!この世界を統べるものだ!!」


明日も仕事だ。面倒ごとはごめんだった。

だが、帰る場所がないといって、彼女は部屋に押し入ってきた。


スルーしてボロアパートに急いで入り、最後にドアを閉める直前に、間に足を入れられ、力づくでドアは開かれた。

目の前の彼女によって、だ。

流石に女性に力負けはショックだった。


「出てけってほら。明日も仕事なんだよ。ごっこ遊びならまた気が向いたら付き合ってやるから」

「人間ごときが子供扱いしよって……私は本物の魔王だぞ!」


その後の話は平行線。目の前の女性はその設定を曲げることはなかった。

隙を見て外に連れ出そうとするも、すごい力で動かない。


電子レンジやテレビを興味ありげに眺めているのを見て、いちいち俺が説明するくだりが何回かあった。

その度にほぉーと感心した様子のあとに、ゴホンと咳をうち緩んだ顔をなおす。


どうやら、キャラ設定が細かいところまで詰まっている演技派のようだ。


「……最大譲歩だ。明日朝飯食ったら帰れ」

「いや、待て!お前信じてないだろう!そもそも私がこの世界にきたのはな、天使のせいなんだ!」


設定を詰め過ぎではなかろうか。

寝袋を引っ張り出して、寝る体制を作り、自称魔王に普段自分が使ってるベッドで寝るよう指示。

今日は設定話を聞きながら眠りに落ちるとしようと決めた。


ーーーーーーーーーー


「おはようございます!そしてようこそ死後の世界へ!」


劇的に、美しく死んだ。

と思えば、笑顔の少女が立っていた。

背中に白い羽根と、頭の上に天使の輪っかをつけていた。


「おー……ほんとにいるのか、天使って」

「魔王に言われたくないですけど」


さて、前世ではお疲れ様でした。と、目の前の天使は続けて言った。

ほんとに死後の世界なのか、確認する暇もない。


「魔王さん、あなたは今から別の世界で別の命をもって生まれることになるんですね」


転生、というやつだろうか。死んでからすぐこの流れでは、実感もわかないが。

ただ、


「……一応聞くだけ聞いときます。今世でなにか後悔したこととかはございます?」


何故か最後の一文だけ、気を遣ったようにおそるおそる聞いてきた。


「……ん?」

「いや、言わなくてもわかります。いいんですよ。その後悔をこれからの転生先で糧にすればいいんです」


何を言っているのかこの天使は。


「だから転生先ではですねーー」

「後悔なんて無いぞ」


ハッキリと言った。勘違いされるのも心外だ。


「え?」

「私は戦争終結の為勇者と一騎討ちし、力及ばず死んだ。こんな誇り高い死に方に後悔なんてあるはずがなかろう。

配下の皆も私に付いてきて後悔なく、死んでいったはず。

だからこそ、未練などない」


『私』は『私』を貫いて死んだ。

転生先でも、それは変わらないだろう。

それらを伝えると、目の前の天使は急に考え込んだ。


「何かのショック……?それともメンタルの問題……?」


なにやらボソボソと呟かれているが、目の前の天使が何を考えているかはわからない。


「おい貴様ーー」

「そういうことなら予定を変えます。『生まれ変わり』ではなく、今の貴方として、違う世界に行ってもらいます」


天使がパチンと指を鳴らした。

同時に、自分の体が急に光りだす。

体が徐々に薄れていく。


「なっ」

「あ、見た目は人間にしときますから。そして魔法は基本使えません。

まあ、1つだけは使えるようにしときますが。その世界では魔法を使えば、あなたの存在は消えます。今回とは違い、次はその魂も消えると思ってください。」

「は?おい、ちょっと!それって使えるって言わないだろう!」


唯一使える魔法も告げられるが、その魔法は『私が使うことなんてない』魔法だった。

何か言おうにも、自分の口の部分はもう光となってかき消えていた。

残りの身体ももうほとんどのこってない。


「では、その世界で自分のことを色々見直して来てください。まあ誰かの自殺を止めたりとかしたら特典とかあるかもしれません」


あ?死にたいならば死ねばいいだろう。何故助けるのかわからん。


「期待は出来ないとよくわかりました。私心の声聞こえますからね?」


では、良い『人生』を。 

と、最後に聞こえた。


その顔はあまり良く見えなかったが、手を振っていたのは見えた。

何故か、少し悲しそうだった気がした。

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