決着編
「い。……なだ……ん」
なんだ、なんのことだ。なんだか、遠くから声がする。
そううっすらと過り、やがてクンと眉間が寄って。
「──……偵っ、気、してく……」
ハタ、と目が開く。
「や、柳田探偵っ!」
視界いっぱいに、『ちっちゃゴツい』男の顔面があって。
「ダアッ?! なっ、な、なあっ」
飛び退いた柳田良二は、そうしてその場から後退り。柳田良二の心臓がバクバクしている傍ら、ちっちゃゴツいそれは安堵にへにゃりと染まった。
「よかったァ! 起きなかったらどうしようかと」
「あ? えと、まぁ」
退いた先のアスファルトがゴツゴツしていたが、抱き留められていたらしい都築正義の筋肉ムッチリな腕の中よりはマシな気がした、柳田良二。スンと二の腕辺りを嗅げば、なんとなく都築正義のスーツの匂いが移っているような、そうでないような。
「土橋課長ぉー、柳田探偵が目を覚まされましたァ!」
都築正義の後方から、どすどす、とドラム缶様の躯体を揺らし、土橋課長が駆け寄る。
「ああー柳田くん! よかった、すまなかったね」
「い、いや別──」
突然、そこで記憶がキュルキュルと巻き戻る柳田良二。
「──おい都築っ。『
そう。
かたゆでたまご構成員の女が『
瞬間、柳田良二へ催眠弾を
後半部分が曖昧な柳田良二は、都築正義の隣で眉をハの字に肩をがっくりと落としている土橋課長を見て、「まさか」と悟る。
「してやられたよ。かたゆでたまごに『燈の御杖』を持ち去られてしまった」
「チッ、クソ……」
催眠弾のせいで力の入りきらない拳を、柳田良二は自らの左膝へ打つ。
「依頼人は?」
車内に居たはずの
「
「そう、か」
視線を落とし、座り込んでいたアスファルトから腰を上げる柳田良二。
「アイツ、土橋さんに変装したかたゆでたまごに『
赤茶けた頭髪をカシカシと掻く、柳田良二。わずかにその肩から申し訳なさそうな雰囲気が漂う。
「まァたワシに化けていたとは! クソ、かたゆでたまごめ」
歯噛みする土橋課長。傍らで、メモをしながら口角を上げる都築正義。
「課長、救急車へご案内しませんと」
「まぁそうさな。すまないが柳田くん、一応救急車も呼んであるから、診てもらってから事情聴取に付き合ってもらえるかね?」
「構いませんけど病院までは、別に……」
「ひたいを少し擦ってますし、催眠ガスも吸ってますしね。大丈夫、僕が付き添いますよ」
「テメーに付き添われるほど不安なこたねーよ」
「またまたぁ、そんなイヤな顔しないでくださいよう。ホラ、肩に腕かけてください」
「いいって、一人で歩けっから」
♧ * ●
同刻──枝依市上空。
「やったー! ルイーズ様の『燈の御杖』が戻ったァ!」
バサリ、小太りの変装を解く構成員の女──
「中身を確認しないことには、まだ安心できない」
土橋課長の変装をバリバリと解く構成員の男──
「まずは。このガーネットを夕陽に当てて──」
気取ったクールなまなざしを御杖のガーネットへ向けた響は、ヘリコプター内の窓から見える西陽に御杖の頭頂部をかざす。
「──色味の変化を確認する、と」
黒味がかっていた大粒のガーネットは、西陽を受け深紅の輝きを返してきた。反射角によって鮮やかさに濃淡が見られるのも、また美しさを物語る。
「キャー、マジに本物じゃん! ヤバ! 私のお陰すぎる!」
「ハァ、何を言っているのやら。御杖を渡されたのは俺だが?」
「なによう。私があの探偵を足止めした『お陰で』でしょーがっ」
「館の中で土橋課長と入れ替わる作戦を急遽変更したのは、俺の機転の良さだろう」
「そんなの関係ないもん。ともかく、『燈の御杖』は私が持ち帰るんだからっ」
「お褒めいただくのは指揮官の俺だ」
「何もしてないんだからゴチャゴチャ言わないで」
「牛女、目立ちたがり、虚栄魔人」
「はーぁ? ミスターナルシスに言われたくないんですけどォ! しかも目立ちたがりと虚栄って意味被ってンのよ、バカ!」
「そもそもミスターナルシスってなんだ、バカ!」
「ご自身のことを世界一美しいと思ってるってことでしょバカっ」
「ハーン? 後先全く
「はー? 後先考えてないわけじゃないしィ! ちゃんと考えてっから、今こうやって立派に二足のわらじでやれてんですけどォ!」
「へーえ? 腕にそんな赤々と痣付いちまっても表の活動に支障がないわけですなァ?」
「うるさいなっ、こんなのすぐに消えるもん」
ヘリコプター内の言い合いは、本部に着いてからもしばらく続くご様子で。
♧ * ●
二〇時過ぎ──枝依中央警察署内、自動販売機前。
「被害届出さねぇだと?」
事情聴取を終えた柳田良二が声を裏返した。
「ええ。『欲する人に御杖が渡ったならそれでいい』だとか言って、全く譲らないんで。もうお手上げです」
げっそりとした様子の都築正義は、自動販売機に缶コーヒーをゴドゴドンと吐き出させていた。中腰に屈み、取り出したそれを柳田良二へと差し向ける。
「土橋課長もがっくりですよ。これで、この件での捜査は実質打ち止めになっちゃいましたから」
「へっ。なんともまぁ、後味のワリーこって」
嘲笑的に頬を緩め、缶コーヒーを受け取る柳田良二。
「僕はまだコソコソ動きます。簡単には退きませんよ」
「クッ。しつけーからな、テメーは」
「一途って言ってください。それに、しつこさで言えば、弟には負けるんですよ」
ふーんと鼻で溶かし、カシュとプルタブを開ける。
「俺も結局、顔覚えられちまってた」
ゴドゴドン、と自動販売機にペットボトルを吐き出させた都築正義。くるりとそのつぶらな瞳が柳田良二を見上げる。
「昼間
「そうですね。そうじゃなくても既に、奴らは柳田探偵のことを刑事ではない、と知ってましたもんね」
ぐぐ、と握られたペットボトルのキャップは、ギチギチと開けられた。
「柳田っつー名前もバレたろうぜ。散々呼ばれっちまったからなァ」
「そこはすみません」
「別に。時間の問題だったろーしな」
潤う両者の喉。ふはぁ、と漏れ出でる溜め息。
「なあ」
「はい?」
「お陰で散々な目に合ったんだ。今日は西区の俺の事務所まで送れ」
コボボボ、と喉へ流し込まれる、都築正義のペットボトル飲料。
「まぁ、今日くらいいいでしょう」
顔を見合う両者。
「電車ン中で寝ちゃいそうですもんね」
「まぁ」
にへ、と都築正義はいつものように快活に笑む。
「課長に言ってきます、すぐ戻るんで出入口ンとこ行っててください」
くるりと背中を向ける都築正義へ、柳田良二は「あ」と一声。
「おい、
「へ? なんでですか」
「クラウンって響きが嫌いなんだよ」
「ふーん? 道化師恐怖症かなんかです?」
振り返り訊ねられるそれへ、三秒間のシンキングタイム。
「……嫌悪症だな」
「フフッ! 大丈夫ですよ、道化師は乗ってませんし、そもそも
あははと笑みをなびかせ、行ってしまう都築正義。「そーじゃねぇっつーの」を深い溜め息に溶かした柳田良二は、左手の缶コーヒーを煽って、枝依中央警察署の出入口へと向かった。
♧ * ●
『燈の御杖』もとい、
これにて
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